同人誌:アルファの宰相閣下と番うことになったオメガな魔術師さん

同人誌情報
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『shuffle! x parallel!
 アルファの宰相閣下と番うことになったオメガな魔術師さん
 ft.「とあるアルファと魔力の相性が良いらしい」universe』

 「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん」の二人がファンタジー、オメガバース世界である「とあるアルファと魔力の相性が良いらしい」世界にいたら、というパラレル世界の話です。
ファンタジー、オメガバース、アルファ×オメガの固定CPになります。

※ネーベル、クレフのゲスト的な登場はありません。あくまで今作では「とあるアルファ」の世界観のみとなります。

【書き下ろし】


・アルファの宰相閣下と番うことになったオメガな魔術師さん(約6.5万字) …… 

「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん1」の出来事がパラレル世界で起きた時の話です。
話の流れは「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん1」(国王襲撃事件まで)とほぼ同一ですが、世界が違うことで色々と差異はあります。

この話単体でもまったく読めないことはないとは思いますが、既シリーズで出ている情報は描写を短縮している箇所がありますので、先に本編をお読みいただくことをおすすめします。

《通販について》

紙版(とらのあな)→https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031177537

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・BOOSTについては電子だとお礼のペーパー同封したりもできないので、基本的に支援のお気持ちだけで十分です。
頂いた分は普段の小説執筆のための事務用品やソフト代、参考書籍代などに有難く使わせていただきます。

 

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[R-18] #13 【新刊/電子書籍】アルファの宰相閣下と番うことになったオメガな魔術師さん | 宰相閣下と結婚する - pixiv
『shuffle! x parallel!  アルファの宰相閣下と番うことになったオメガな魔術師さん  ft.「とあるアルファと魔力の相性が良いらしい」universe』 「BOOTH 創作BL回」合わせの新刊です。 「アルファの宰相閣下と...

本文サンプル

 周囲は静かだった。

 生命の気配がしない土地は彼の特色を示すかのようだ。泉に近寄って、足先を浸す。

 ちゃぷん、と白い波紋ができることを確認して、ほっと息を吐いた。色の薄い足先を水に埋めると、浸す度に黒が纏わり付く。影を振り払うように、途切れなく足を動かした。

「今日は、ご機嫌ななめのようですね」

 声は周囲の闇に吸い込まれていった。

 返事が遠い。機嫌はかなり悪いようだ。

 黙ったのは返事を待ったからではない。逆鱗に触れたくなかったからだった。

『────触れられぬ河を増やされたとて、観ることしかできぬ』

 諦めの滲んだ声は、彼にとっては珍しい響きだった。全ての面白いものに首を突っ込んで、指先で掻き回す存在が何かを諦めている。

 この世に神が一柱ではないとはいえ、自分の周囲は彼の意思で回っている。その存在が、何かを見逃そうとしている。

「痛快ですね」

『何が痛快なものか』

 未だ不機嫌そうな存在に手招きをすると、大きな身体が肩に寄り掛かった。

 何かを観ているであろう彼は、時おり怒ったり顰めっ面をしたり、唇を緩めたりしている。楽しそうだ、という指摘は口には出さなかった。

 

 

 

 いつもと同じように、朝が始まった。

 簡素な寝台から身を起こし、手を伸ばして眼鏡を拾い上げる。視界の中で像を結んだ景色は、普段と変わりなかった。窓の外からは鳥の声がやかましく届き、祝福とはほど遠い。

 窓硝子の中の自分と視線が合う。暗褐色の髪と緑色の瞳。三十年と少し付き合った色はもう見慣れていた。瞼は腫れぼったく、長く眠った所為で身体もだるい。

 誕生日とはいえ平日だ。朝から王宮内の職場である魔術式構築課に出勤しなくてはならない。帰宅後に家でのんびり良いものでも食べて、重ねた年を祝うのがいいだろう。

 ぼうっと外を眺めていると、呼び鈴が鳴った。ぎょっとしつつも、寝間着のまま玄関まで駆ける。

 俺の足音を聞きつけてか、扉の前で聞き覚えのある声がした。

「おはようございます。ロア様……ロア・モーリッツ様ー。お届け物です────」

 起きているか、だとか言葉を続ける配達人は顔見知りだ。貴族であるモーリッツ家の荷物を担当しているだけあって、身分がしっかりした番持ちの人間でもある。

「はいはーい。すみません、こんな格好で。さっきまで寝てて……」

 頭を下げつつ、差し出された荷物を受け取る。両親からの贈り物であるようだ。さらさらと署名をすると、配達人は朝早くの来訪を謝罪して帰っていった。

「何だろ……」

 届けられた箱を開けると、実家で好んで食べていた果物がいくつも詰まっていた。日持ちして、手掴みで食べられるところが好きだ。

 手紙も同封されており、玄関先に置きっぱなしにしていたペーパーナイフで封筒の上部を切る。

『ロアへ、お誕生日おめでとう────』

 筆まめな父らしく、体調を気にする文、近況を伝える文が流暢な言葉で綴られていた。甥や姪を含めた家族は変わりないようだ。文脈が変わったのは、手紙も半分を過ぎた頃だった。

『これまで仕事、仕事、と雷管石を受け取ろうとしなかったね。このままだと受け取りさえしない気がしたので、雷管石をそちらに送ることにした。好きに使ってほしい』

 俺は眉を跳ね上げる。無意識に込めてしまった力で、くしゃりと手元の紙に皺が寄った。

「雷管石は高価なものなのに……。配達人経由で渡すか!?」

 しかも箱の底、果物に埋もれていた。腕を突っ込み、雷管石の入った小箱を取り出す。しっとりとした布地で包まれた小箱を開けると、中には本当に大きめの雷管石が入っている。

 果物で釣って送りつけでもしなければ、息子は受け取りすらしない、と思われていたのだろうか。否定する言葉を思い付かないところが痛かった。

 この世界の性別には、男女と組み合わさるように、アルファとベータ、そしてオメガの三種類が存在する。その中でもアルファ、オメガの性を持つ者は少数であり、特殊な体質を持っている。

 アルファは肉体的に強く、国の中でも高い地位を持ちやすい。オメガは子を宿す性質から魔力を多く有す傾向にあり、魔術師として優れた資質を持つ。だが、オメガには周期的な発情期があり、その時期が生物的な弱点となり得るため、国が制度を整えて保護をしている。

 アルファとオメガの間には、一対一の番という関係性が存在する。番になることで発情期を共有して負担を軽減し、オメガはアルファの庇護の元で安定した生活が可能となる。

 アルファ、そしてオメガに対して番の関係を仲介しているのが神殿だ。双方の魔力が籠もった雷管石を鑑定士が選り分け、相性の良い相手を紹介する役目を持つ。

 俺自身はオメガであり、神殿が仲介する性に該当する。父は『番を探す気があるのなら。雷管石に魔力を込めて神殿に預け、魔力相性の良いアルファを探せ』と言いたいのだ。

 雷管石の表面に光が差し込む。石を見下ろし、俺は長く息を吐いた。

「番なんて、考えたくもなかったんだがなぁ……」

 一人ごちても、送りつけた父には届かない。

 例えば雷管石に魔力を込めて神殿に送ったとして、番わされる相手はどう思うのだろう。やせっぽちでちょっと腹も弛んで、自分では若いとも言えない。職場と家を往復するような面白みのない男、のどこを見初めるというのだろう。

 それなのに、手元の雷管石を放り出せはしなかった。誰かからの贈り物を捨てられない気質を、父には見抜かれているのかもしれない。

 布の台座から、雷管石を持ち上げる。

「これにどう、魔力を込め……────うわぁッ!」

 びり、と指先が痺れる。雷でも伝ったかのような心地だった。

 身体から魔力が引き出され、石に吸い取られていく。唖然としている間に、石の中から自身の魔力を感じ取れるようになっていた。見た目には何も変化がないはずなのに、雷管石が魔力に染まったのが分かる。

「魔力に染まった石、が、できちまったな……」

 あとは、神殿にでも預けてしまえば父の目論見どおりだ。指先で摘まみ上げた石を、窓からの光に透かす。

 放り捨てるには、あまりにも綺麗すぎた。

 溜め息を吐いて、小箱に石を戻す。神殿に預けるかどうかは、もう少し悩むつもりだった。高額な宝石を送りつけられて、それを無にすることを決断できるほど肝は太くない。

 小箱を果物の上に積み、食卓の近くへと運んだ。手紙は返事を書くことを忘れないように机の上に置き、小箱を重し代わりにする。

 魔術師の制服であるローブに着替え、いつも通り牛乳を温める。いつも通りのパンの味を噛み締め、いつも通り牛乳で喉を潤した。新聞を読み終え、閉じたあたりで出勤には丁度よい時間になる。

「いってきまーす」

 誰も聞いていない挨拶をして、家を出た。堀の近くをのんびりと歩き、門番に挨拶をして王宮の敷地内に入る。

 職場は王宮の建物内にはない。少し良くしたくらいの小屋と呼ぶべき建物は、敷地内の庭にぽつんと建っている。外観は王宮の敷地には不釣り合いで、物置に間違えられることもあった。

 扉に近付き、結界を一時的に解除すると、『ぱぱっぱらぱぱぱー』としか音で表現できない、場違いに軽快な音楽が流れた。

 声を張るには朝から考えることが多すぎた。結果、挨拶らしからぬ、ぼんやりとした発声になる。

「おはようございます」

「「おはようございます」」

 先に来ていた部下からの返事を聞きつつ、自分の席に座った。

 職場には人数ぶんの机が並び、その上には魔術機が置かれている。画面と釦の付いた装置で、魔術式の入力を簡略化する為の相棒のような存在でもあった。

 課長代理、という役職に与えられるにしては粗末な机は、少ない予算をやりくりするための苦肉の策だ。机の端をうっかり押すと傾ぐ。

 背後から小さめの足音が近付いた。横から机に珈琲が差し出される。

「ありがと」

 机の上に余っていた飴を手渡す。

「いえ。代理は、なんか元気ないですね」

 受け取りながらそう言ったのは、部下のシフだった。

 彼とは一緒に仕事をすることが多く、色々と作業を押し付けたり押し付けられたりしている関係だ。他の部下よりは気安いかもしれない。

「……あぁ、朝っぱらから、親からの荷物が届いてな」

 ふぅん、と部下は椅子に座って、自分のカップに口を付ける。視線はこちらを向いており、解放するつもりはなさそうだ。

 構われるうちが花、と言葉を続ける。

「神殿に預けないか、って雷管石を送りつけられた」

「代理ってまだ神殿に石を預けてなかったんですね。らしいですけど」

 声音が変わらないことにほっとしながら、まだ湯気が立っているカップに口を付ける。砂糖も入っていないその液体は、ただ苦いばかりだった。

「シフは預けてるのか?」

「預けてないですけど」

「じゃあ一緒だろ」

「代理の方が年上だし、預ける機会もあった筈でしょう。一緒じゃないです」

 頑なに否定され、そう、と引いて唇を湿らせる。目の前の部下は、カップを机に置いた。

「預けるつもりはないんですか?」

「番に対して夢がある訳でも拒否感がある訳でもないんだが、仕事にかまけて機会を逃した、って感覚かなぁ……」

 一定の年齢までは、神殿に雷管石を預けようか迷っていた気がする。だが、それを繰り返すうちに、今更、と考えから逃げるようになった。

 目の前の若者にはその感覚は伝わらないようで、首を傾げる。

「機会を逃した、んなら、先送りしたら更に逃してることになりません?」

「……まあ、そういう考えもあるか」

 部下の言い分は正しい。この身体は、今がいちばん若いのだ。

 うぅん、と頭を捻っていると、前の方から珈琲を啜る音がした。ふわりと立ち上る湯気は、ほわほわと周囲に広がる。

「単純に興味本位で申し訳ないですけど、代理の番の想像が付かないので、見てみたいなとは思います」

「本気で興味本位だな」

「まあ、代理相手ですし。でも、預けてみて見つからなかったら今まで通り、見つかっても別に番うことを強制される訳じゃないでしょう。自分の番候補、って見てみたくなりません?」

 好奇心が有り余って知らないことがあることが耐えられない、という俺の性格をよく分かっている。

 自分の番候補は、本を捲って知ることができる類のものではない。神殿に雷管石を預けて、鑑定士に相性の良い相手を探してもらわなくては知り得ないことだ。

「好奇心を擽るのが上手いな」

「こう言ったら代理、うずうずするかなって」

 シフの言うとおり、俺は知りたい、という知識欲に支配されていた。別に会ってみて上手くいかなかったのならそれでいい。相手が俺にがっかりしたのなら、会うのをやめればいいだけの話ではあった。

 珈琲を引き寄せると、眼鏡が曇った。眼鏡を外して、布で拭い、掛け直す。元の視界よりも目の前が綺麗に見えた。

「まあ、じゃあ。預けてみるか」

「やったー! 相手が見つかったら紹介してくださいね」

「え。いやだ」

「……本気っぽく言うのやめてくれませんか」

 部下は、冗談だろう、と服の裾を引くが、唇を緩めてそっぽを向く。ぐいぐいと引かれる感触をくすぐったく感じながら、慎重に珈琲を口に運んだ。

 過度ではない酸味が、心地よかった。

 

 

 

 預けるだけなのだから帰り道でもいいだろう、と珍しく早く終わった仕事の帰り道に神殿へと立ち寄った。受け付けていない、といわれれば帰るつもりだったが、夕方のその時間、神殿の受付に事情を話すと部屋へと通された。

 中央に机があるくらいの小さな部屋は、密談をするのに適しているように思われた。魔術ではない妙な気配が、この部屋において内側に指向する力を掛けている。部屋の用途から推察するに、防音関係の神術のようだ。

 居心地の悪さに、そわそわと椅子に腰掛ける。窓の外を眺めると、緑の多い庭が広がっていた。

 神殿が奉る神は農業神だ。教義に従って神官たちは農業に携わり、培った技術を教え広めている。

 物珍しく眺めていると、背後で扉の開く音がした。

 立っていた人物を見て、最初に感じたのは『白い』だ。髪も肌も全身が白く、両の目だけが赤く色づいている。ぞっと背筋に寒気が走ったのを、息を通して落ち着ける。

 俺は、彼の容姿を知っていた。

「ルーカス……大神官」

「はい。初めまして、ロア・モーリッツさん」

「ええと、……どうしてここに?」

 大神官は扉を閉め、黙ったまま歩くと、俺の向かいに腰掛ける。足音、椅子を引く音すら静かで、本当に生きているのか疑わしく思うほどだった。

 手を膝の上に置くと、俺に向かって微笑みかける。彼の気質が分からないままで、薄気味悪ささえあった。

「稀に、鑑定士の眼を持つ神官がおります。私もそうです。今回は、雷管石を見せていただこうと思いまして」

「ルーカス大神官、が直々に……なんだか、すみません」

 持ち込んだ小箱を机の上に置く。箱の蓋を開くと、大神官は目をおおきく見開いた。赤い瞳に、窓からの薄い光が入り込む。

 目の前の唇が震えたような気がしたが、きゅっと閉じた仕草で分からなくなる。

「色に見覚えがあるので、すこしお待ちいただけますか?」

「色……?」

「いえ、視え方の話なので、お気になさらず。最近、預かった石の中に心当たりがありまして」

「はぁ……。じゃあ、待っています」

 はい、と大神官は作り物じみた笑みを浮かべると、座ったばかりの椅子から立ち上がった。また静かに退室する。

 俺は小箱の中身を自分の側に向ける。色、と彼は言っていたが、自身の魔力を感じるばかりで、透き通った石にしか見えなかった。

 持ち上げて光に透かしていると、やがて大神官が戻ってくる。茶化したような仕草で扉を開け、顔を覗かせた。

「相性の良い石の持ち主が、ぜひ会いたいそうなのですが、構いませんか?」

「え。今から?」

「はい。すぐ近くにいるので来るそうです」

「わ、分かりました」

 相手が来るまで待っているよう言われ、浮いた尻をまた落ち着ける。

 仕事帰りに来てしまったため、服は仕事着のままで、髪もほつれている。いちど結い紐を外し、手癖で髪を整えた。鏡もないのに結び直せばかえって悪くなる、とそのまま結い紐は手首に軽く結ぶ。

 すぐ近くにいる、とはいえ移動には時間がかかるだろう。鞄から魔術書を取り出し、ぱらぱらと捲り始めた。中身に没頭できる訳もなく、ただ緊張を落ち着けるためだけに指先を動かし続ける。

 扉を叩く音がした時には、びくりと背が跳ねた。本を閉じ、雑に鞄に戻す。

「どうぞ」

 声を掛けると、バン、と勢いよく扉が開いた。飛び込むように入ってきた男と視線が合う。

 濃い金髪に青の瞳。軽く見上げることになる身長と、何度、王宮で見ても惚れ惚れとする美形。

 目の前で息を切らしているのは、ガウナー・ハッセ。自国の宰相閣下だった。

 いるはずもない人物が入ってきたことに唖然としていたが、はっと気を取り直して声を掛ける。

「宰相閣下。こんばんは、……ええと。どうしたんですか?」

「あぁ、気を取り乱して。すまない」

 申し訳なさそうにすると、宰相閣下はしかめっ面に戻り俺の前に腰掛けた。そろそろと顔を見上げ、なんで目の前に座ったのだと困惑する。

 俺が口を開く前に、目の前の男が声を発した。

「私が、君の番候補だ」

「…………は?」

「ルーカスから連絡を貰った。私の魔力を込めた雷管石と、相性のよい魔力を持つ者が神殿を訪れた、と」

 俺が自分に向けて指さすと、目の前の宰相閣下は深々と頷く。

「君は、ロア・モーリッツだな。魔術師の」

「はい」

「口は堅いか?」

「貴族家に生まれたので、口は堅い方かと」

「ああ……モーリッツ家の出だったな。愚問だった」

 ふむ、と宰相閣下は身体の前で手を組んだ。

 顔は国政の場で大鉈を振るっていく表情そのままで、何を言われるのかと内心びくつく。だが、それすらも問えずに押し黙った。ぺらぺらと喋って銀よりも、口を噤んで金の方がいいに決まっている。

「私は、今は番や子を持つ余地があることを示さない方がいい、と思っている」

「反国王派が、貴方を持ち上げたがるからですか?」

 俺の問いに、宰相閣下は瞼だけを動かした。否定しないということは、概ね間違ってはいないのだろう。

 前国王時代の特定の貴族への優遇を、すべて断ち切ったのが現国王である。貴族の間の格差は減り、民への税も領地ごとに差があったものが均されつつあった。面白くないのは、前国王時代に甘い蜜を吸っていた者達である。

 前国王の妹の血は、宰相閣下に流れている。前国王の妹は、仲の悪い国王陛下に比べれば、まだ反国王派に対しては穏健な態度を取る。

 だから、彼を祭り上げれば、またあの時代に戻れるかもしれない。そう思っている反国王派もいるだろう。この様子だと、望みは薄そうだが。

「ああ。私が子を持たなければ、サウレ国王とは比較する舞台にも上がれない。だから、神殿に雷管石を預けて番が見つからない、と嘯きつつ、本当はルーカス個人に石を預かってもらっていた。神に遣わされた番がいたとしても、無闇矢鱈と他に知られないように」

「……そういうことでしたら、俺は口を噤んでこのまま帰りますよ。何なら、こちらの雷管石もルーカス大神官に預かってもらっても構わない。尋ねられたら『番は見つからないようだ』と言います」

 名案だと思ったのだが、宰相閣下は頷かなかった。それどころか、左右に首を振る。

「そうしたら君は、別のアルファと番うだろう」

「……はぁ? 俺は、すぐ相手が見つかるようなオメガじゃないですよ。というか、なんで宰相閣下がそれを気にするんです」

「仕方ないだろう。君は私の番として相性がいい相手だ。出会った瞬間から、匂いも、顔も、話し方だって気になって、独占したくて仕方がない」

 どうやら、アルファらしい独占欲が、俺に対しても働いてしまっているらしい。また曖昧な相槌を打って、彼の主張をまとめにかかる。

「宰相閣下は……」

「ガウナーだ」

「…………ガウナーは、俺を番候補として好意的に見ている、と。だからこそ、ここで関係を解消して、俺が別のアルファのところに行くのは我慢ならない」

「そうだ」

 出会ってすぐの相手にここまでの感情を抱いてしまうとは、アルファの本能は厄介極まりない。宰相を相手にげんなりした気持ちになるとは思わなかった。

 首を傾げ、ガウナーが矛盾したことを言っているのだ、と示してみる。

「他人には公言しないのに、自分は独占したい、というのは。ちょっと勝手すぎませんか?」

「私もそう思う。ただ、公言しない、というのも期限付きではあるんだ。……今更ですまないが、遮音結界は張れるか?」

 神術の結界らしきものはあるが、効果がはっきりとは分からない。念のため魔術を重ね張りすることにした。

「やってみます」

 指先に魔力を灯し、空中に指を滑らせる。神殿内で結界を張ることができるのか疑問に思ったが、問題なく結界は動作した。

 どうぞ、と手のひらで先を促す。

「少し先の話だが、隣国の国王夫妻が我が国へ訪れる予定がある。その式典の警備を恙なく行うため、事前に演習の予定が組まれているんだ。間諜からの話をまとめると、その演習時に国王への襲撃が行われるらしい」

「分かっているのなら、事前に対応すべきでは?」

「実行するかはその時まで分からないし、疑惑だけで薄い証拠を集めて投獄したとしても、長くは置けない。それなら、実際に襲撃を行わせ、捕らえることで、反国王派の多くを牢に送り、長く牢に留め置いて力を削げないかと考えている」

 狙ったとおりの結果が伴えばいいが、国王を一時は危険に晒すことになる。だが、彼がこう決めていると断言している以上、国王も同意しているのだろう。

 宰相閣下は、机に指を突いて力を込めた。指の先が白む。

「反国王派が捕らえられれば、君と番おうとも影響は少ないだろう。だから、それまでの間だけ、君との事を黙っておきたいんだ」

「そう、ですか。俺は構いませんけど。性格が合わなくて番うことにならないかもしれませんし」

「それはないだろう」

「……なんで言い切るんですか」

 呆れたように言う俺にも、ガウナーは自信ありげに否定してくる。まあ、俺と彼との関係が、その襲撃事件まで進まないのならそれでいい。

 宰相閣下と番になるだなんて、あまりにも荷が勝ちすぎている。先送りできるだけ先送りして、狙うは自然消滅だ。

 アルファが感じている衝動は、オメガの俺には感じなかった。匂いもよく分からないが、これは動揺しすぎて、匂いを感じる余裕がないのかもしれない。

「運命とは、そういうものだ」

 俺は腕組みして、椅子に背を預けた。ぎい、と傾いだ椅子の脚が揺れ、二人の間の空白を音で埋める。

 これ以上話していても詮ないか、と仕事の癖で話を切り上げにかかる。

「ひとまず、はお互い番候補であることは黙って、これまで通り生活する、で構わないですよね」

「………………」

 むっとしたように目の前の眉が顰められた。悪いことを言っただろうか、と自分の言葉を反芻するのだが、思い当たる節はない。

 ただ黙って、相手の言葉を待った。

「周囲には黙っておくが、君にはできる限り私の傍にいてほしい」

「……無茶なこと言ってる自覚はありますよね」

「勿論だ。だが、君が手元から離れる、と考えただけで苛々する」

 指を組み、低く唸るように言う様は獲物を抱え込んだ野生動物のそれだ。アルファの性質が強いであろうと予想はしていた。だが、仕事上はその性質を向けられることはなかったし、番がなかなか見つからない宰相閣下を心配する声もあった。

 番候補として矛先を向けられると、項がぞわぞわする。

「せっかく見つかった私の番を少しの間だけでも放っておいて、その間に他のアルファと番われては敵わない」

「アルファって難儀ですねー……」

「その難儀なアルファの、番候補が君なのだがね」

 茶化すと、少しだけ唇が緩んだ。その様は春の雪解けのようで、瞳の色が柔らかな光を孕む。

「しばらく公表はできないが、君と仲を深める余地を持たせてくれ。仕事上でも、家に来るでも、建前はいくらでも作る。……それと、これから食事に誘いたいのだが」

「外で食べるのは、不味いんじゃないですか」

「だから、屋敷に招待しようと思ってな。腕のいい料理人がいる」

 持ち上げた掌が、こちらに伸ばされる。そろそろと伸ばした手を、その上に重ねた。擦り合わせた皮膚から、魔力が伝う。

 彼の魔力は心地いい。相性がいいと言われた理由がわかった気がした。

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坂みち // さか【傘路さか】
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