A5サイズ二段組76ページ予定
web再録
・君の番になろうとは思わないので(約3.2万字)(R18)
・小さくたって未来のアルファ(約0.5万字)
・フィナンシェ/マドレーヌ(約0.4万字)
・仲間外れはやだ(約0.3万字)
・キスをする日(約0.2万字)
web再録分は、web版から大きな変更はありません。同人誌収録時の修正箇所はwebに適用済です。
書き下ろし
・ちいさな契機(約0.8万字) …… 本編直後にマネージャーと会う話
・運命の道すがら(約1.1万字)(R18)……本編後の発情期話
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頂いた分は普段の小説執筆のための事務用品やソフト代、参考書籍代などに有難く使わせていただきます。
「ちいさな契機」サンプル
鹿生さんがのらりくらりと俺を家に帰してくれなくなって、同棲が始まったと思ったら今度は子を授かった。ここ数ヶ月で人生は激動だ。
流石の鹿生さんも互いの両親への報告だとか、婚約だとかに駆け回っていたが、ようやく挨拶回りも落ち着いている。
とはいえ、俺の体調が落ち着くまで、婚約も言葉だけ、という形になる。自分で望んだこととはいえ、子どもだけではなく番も得てしまい、あまりにも大ごとに発展してしまった。
そして、これまで鹿生さんの芸能活動に俺が関わることは少なかったのだが、正式にマネージャーから挨拶を受けることになった。ゆっくり時間を設けたかったが忙しすぎて、今日は鹿生さんを迎えに来たついでに、俺にも挨拶、といった形だ。
マネージャーはスーツを纏った長い黒髪の美人で、はっきりとした目鼻立ちをした女性だった。
「はじめまして、鵜来爽子です。鹿生さんとは長年の付き合いで、子どもが生まれるとき少しのあいだ離れた以外は、ずっと私がメインで担当させて頂いています」
自然に差し出された手を、慌てて取る。長い指先は、優しく俺の手を握った。丸い爪が皮膚を引っ掻くことはない。
「よろしくお願いします。水芳世津です」
「世津さん、とお呼びしても構いませんか?」
「はい。……爽子さん」
俺がおずおずと名前を呼ぶと、爽子さんはにっこりと、誰にでも伝わるような笑みを浮かべた。言葉は明瞭で、普段から喋り慣れている人の声だ。
「お二人の婚約を発表するのはもう少し先になりますが、念のため私がしばらく付きまといますので。なにか困ったことがあったらお知らせくださいね」
「付きまとう……?」
近くにいた鹿生さんに視線を向けると、大人しく俺達を見守っていた彼が口を開く。
「時間が合う時には、買い物だとか、車で送ってくれるそうだよ」
「そんな……、風に対策しなきゃいけないものなんですか?」
爽子さんに尋ねると、彼女は、ううん……、と歯切れ悪く頭を傾けた。
「叶は、別にアイドルのように売っているわけじゃなく。……ない筈、なんですけどね…………。この顔ですから、良く言って『追っかけ』のようなものも全くいなかった訳じゃないんですよ」
「……あぁ。…………えと、気持ちは分かります!」
「なんでそこを力を込めて言うかな……?」
なんだか、もやっとしたものが胸に生まれたのが分かった。そして、追うべきではない感情なのも理解していた。
誤魔化すように、鹿生さんの顔がいい、という事実に態とらしく同意すると、本人からげんなりしたような声が上がる。爽子さんは目を開き、面白そうに俺達のやり取りを見ていた。
「今、そういった熱烈なファンがいるかといえばおそらく否。……なんですが、体調のこともありますし、念のため、日頃から世津さんに付いていられる人間を増やしておこう、という事になりました」
「そういうこと。外出までぜんぶ妨げたいとは思わないけど、おれがいない事も多いだろうから、気軽に爽子さんを頼ってくれると嬉しいかな」
買い物も、基本的には鹿生さんが気を遣ってくれている。突発的にどこかに行きたい時に、爽子さんに声を掛ければいいだろうか。あまりにも頼りすぎで気が引けるが、俺が把握できない事情を知っている二人が望むのなら、受け入れるつもりだ。
「事情は分かった。けど、俺、あんまり人を頼るのは得意じゃないから、爽子さんの人となりを知りたいというか。……もう少し時間をとってお話とかしたい……です」
どの程度のペースで頼るのが最適なのかも計りたいところだった。
反応を窺うように彼女の顔を覗き込むと、彼女はまたにっこりと笑って、俺の手を取った。そして、ぶんぶんと縦に振られる。
その時の笑顔は仕事人のそれではなく、どこか少女めいていた。
「是非! スケジュールをお伺い……、えーっと。聞いてもいい?」
「うん。ちょっと待って……────」
隣で携帯を突き合わせる。
普段の味の好みと、特殊な今の味の好みを聞かれ、爽子さんおすすめの洋菓子店の低カロリーおやつを食べよう、という話になった。きゃっきゃと甘味の話題で盛り上がる俺たちを見ながら、置いてけぼりの鹿生さんが口を開く。
「ええと、おれは……?」
「世津さんが寂しくないよう、叶が仕事の日を選びますので」
「そりゃないよ、爽子さん……」
マネージャーが現場にずっと付いているのだと思っていたが、サブ担当のような形で数人付いているそうだ。
日程は、メイン担当である爽子さんが現場に行かない日を指定される。仕事は大丈夫なのだろうか、と気には掛かったが、彼女が案として出した日は承諾した。
「事務所から書類を持ち込んでも構わない? 同じ空気ばっかり吸っていると気が滅入りそうで、ついでにここで作業したいの」
「うん。俺は近くでのんびりしてると思うけど、嫌じゃないなら」
「助かる。……そうだ。叶の宣材写真とか見たかったら、持ってくるけれど」
「見たい!」
ありがとう、と手を取ってぶんぶんと振り返す。いえいえ、と返事をする爽子さんを近くで眺めていたはずの鹿生さんは、いつの間にかむすりとしていた。
普段は見ない表情に驚いていると、俺の視線に気づいた爽子さんが、にたり、と唇を歪める。
「番が自分以外の人間と喋ってるのが嫌、だなんて鹿生さんにも人間らしい所があったんですね」
「煩いよ」
鹿生さんは俺と爽子さんの手を引き剥がすと、自分のマネージャーを促して玄関へと出て行った。長々と話してしまったが、そういえば鹿生さんを迎えに来たのだった。
俺はゆっくりと二人を追いかけ、玄関で出て行く様子を見守る。見送りを期待して向けられた瞳に、ひらひらと手を振った。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
鹿生さんは余所行きに整えられた姿で、綺麗な手を振った。追って爽子さんも軽く頭を下げる。
「お見送りありがとう。またね」
「うん、また」
番は新しくできた知り合いとの挨拶が気に入らなかったようで、爽子さんの裾を引いたまま出て行ってしまう。くすくすと笑いながら騒動の余韻を味わった。
静かになった玄関で、ふと、頭の隅においやっていた事が思い起こされる。
調べようともしなかったが、彼は芸能人だ。これまで彼に恋するようなファンがいたのだろうし、週刊誌は彼の浮名を流すこともあっただろう。彼が人の扱いに慣れていることは、初対面の時も察するものがあった。
「…………考えたくないな」
こてん、と玄関の壁に頭を預ける。あーあ、と漏れる声を隠さないまま、鹿生さんが溜め込んでいる映像媒体が仕舞われた部屋に向かった。
今日はどれを見よう、と気分を上げてタイトルを辿るのだが、とても恋愛映画を見たいとは思えなかった。
「運命の道すがら」サンプル
里沙が育っていくうちに、いつごろ発情期が戻るのか、という検査を定期的に受けていた。まだ戻らない、という結果が出ているうちに里沙にとっての祖父母に預ける機会を増やし、最近では一人でもお泊まりができるようになってきた。
祖父母は里沙にメロメロで、病院を継いでくれないだろうか、だとか言っていた事はどこへやら、将来はすわ芸能人か、いや、好きなように生きてくれれば、とまた好き勝手なことを言っている。
とはいえ一人息子との大喧嘩には懲りたらしい。好意であれ自分の希望を押し付けないよう気を遣っているようで、その点は助かっているところだ。
病院の検査で、そろそろ発情期が戻ってくる程度の数値が出たのは、二週間ほど前だ。隆さんは育児休業中で仕事の調整もなく、俺は発情期が定期的に来ていた頃と同じように仕事を畳んだ。
番も得て、年齢も重ねた。昔ほど長期に渡っての発情期にはならない筈だが、一泊、では終わらないだろう。
そんなある日、朝起きると、覚えのある熱っぽさに気づく。念のために隆さんに匂いの変化を確認して貰うと、僅かに発情期の匂いがするという。確定だろう、とある種の懐かしさに、両手で身を抱いた。
隆さんはすぐに両親に連絡を入れた。連れてきても大丈夫、と両親の言葉を俺に伝言すると、里沙を抱き上げ、お泊まりセットを持って家を出て行った。
俺はその間に、冷蔵庫を開けて簡単な料理の作り置きを始める。大きなフライパンで、大量の材料をざかざかと炒め始めた。
発情期のあいだ、料理を作るというのは手間でしかない。出来上がった料理を保存容器に詰め、広い冷蔵庫に並べる。
「ただいま」
「あ、おかえり」
手のひらを拭って、彼の前で腕を広げる。思った通り、大きな身体が傾いで胸元に納まった。
少し時間をかけて戻って来た隆さんは、日用品の補充と、手に簡単に食べられる食品類を提げていた。育休中に家事を担っている彼が選んだ品に、文句の付けようもない。
俺が冷蔵庫を開いて、作り置きの料理を見せると頭を撫でてくれる。
「昼は刺身と、海鮮サラダにしようと思ってね。少し待っていて」
俺をソファに追いやると、白身魚の柵を買い物袋から取り出した。今から作るのなら昼食といった時間で、隆さん曰く、まだ俺の匂いは強くないようだ。
ソファに座った俺は、携帯を取り出して両親に里沙の様子を尋ねる。隆さんが送っている間は目を覚まさなかったようだが、今は起きており、祖父が本を読んでいるようだ。
ご機嫌、という報告にほっと胸を撫で下ろした。
「里沙、ご機嫌だって」
「良かった。あの子、ぐずる時は我が強いからなぁ」
「誰に似たんだろうね」
「世津だね」
はは、と隆さんは笑い、カシャカシャとドレッシングを掻き混ぜる。ちぎった葉物に薄く切った魚の身が載り、掛けられた液体が彩りを添える。
小鍋にはスープができあがっており、立ち上る匂いが鼻先をくすぐった。
「隆さんってさ、俺を我が強いと思ってる?」
「思っているよ。何せ親と大喧嘩した上で、アルファを番に連れ帰ってきた。普段は大人しいけれど、こうと決めたら力技で何でも解決する子だ」
コトコトと鍋の蓋が揺れる間に、番の機嫌が良さそうな声が混じった。きっと、幸福はこういう音をしている。普段はもっと騒がしい室内を懐かしみながら、携帯を眠らせた。
何でも無い話題を振って、料理の片手間に返事がある。ソファの背に身を預けたまま、終わりのない会話を続けた。
そして、料理の完成が告げられる。
「美味しそう……! 俺が隆さんを養い続けたら、もっと料理がうまくなるんだろうな」
「ありがとう。まあ、いずれ仕事には戻ってしまうけれどね」
食卓に並んだ皿に向かって手を合わせる。向かいに座っている隆さんも同じようにして、いただきます、と言った。
二人だけの食事は久しぶりで、里沙が生まれる前を思い起こさせた。
「こんなに静かだっけ?」
「里沙が煩いとは思わないけれど、確かに物音は少ないね」
珍しい環境での食事を楽しむのだが、今日はやけに匂いが鼻につく。食事の匂いを感じるのはもちろんなのだが、合間に目の前のアルファの匂いがするたび胸が鳴る。
少しは欲も治まるかと思いきや、あいだを空けた所為で貪欲さを増している気配すらあった。
番の手作り料理は美味しかったのだが、集中しきれないのを勿体なく思う。
テーブルの上の皿が空になると、隆さんがまとめて片付けていく。手伝おうと背を追うのだが、発情期による体調の変化を理由に休まされてしまった。
「それを言うなら、隆さんだって……!」
「アルファの発情期は、オメガが誘い水だからね。まだおれは動いても問題ない。それに、世津よりおれの方が身体が強い自信はあるよ」
不本意、を隠さないままソファへと戻った。俺が感情を隠さない様を見せても、隆さんはさらりと受け流す。手際良く流し台を片付け、布巾で水気を切った。
休憩するためにソファに近寄ってきた隆さんに対し、クッションを抱きしめてみせる。抱き付いてやらない、という意思表示は、見慣れている相手には伝わったようだ。長い腕が伸び、クッションを抜き取られる。
「世津はこっちだろう」
はい、と手を広げて見せる番に、眉を下げた。おずおずと近寄ると、背を抱かれて引き寄せられる。指先が頬に伸び、指の背を擦り付けた。
ただ拗ねているだけなのは、お見通しのようだ。
「懐かしいなぁ、この時期の世津の匂い。初めて会った日に知った匂いだから、印象深くてね」
「そっか。あの時の……」
初対面の男にフェロモンを与え、発情期に引き込んだのだ。いま考えれば、とんでもない事をしたような気がする。頬に触れた指を捕まえて、指先を引っ掛けた。
逃れるように戯れる動きに合わせ、追ってまた指を絡める。
「匂い、する?」
「まだ本格的に匂うまではないかな。仕掛けて強めてもいいけど」
「数時間を縮める必要があるとも思えないし、……それはいいや」
二人きりの空間で、戯れるだけの時間も欲しい。
ぽつぽつと話をして、映画でも見ようか、と話が纏まった。スクリーンを下ろし、リモコンで画面を操作する。隆さんも家にいる時間が長いからか、インターネット経由で映画を見られるよう契約がされていた。
新しいものから古いもの、大規模に公開されたものからB級と呼ばれるようなものまで。普段、長時間は眺められない画面をゆっくりと操作する。
隣で茶々を入れてくる隆さんが、『この監督は以前に仕事をして……』だとか『この俳優はこういった演技が上手くて……』だとか教えてくれる。叶隆生の休日、に同席するというのは、余暇にしては贅沢な時間の使い方だった。
あまりにも俺が視る映画を悩んでいることに、助け船が入る。
「世津はどんなジャンルが見たい?」
「……発情期、にちなんで……こう、いやらしい感じのとか見たい」
「濡れ場があるような? ……ジャンルは……ホラーやサスペンス、が欲しそうな顔じゃないね」
「スタンダードに恋愛もの、かな」
隆さんは立ち上がって、映像媒体を仕舞ってある部屋に入っていった。しばらくすると、手に映画のパッケージを持って帰ってくる。
メジャーそうな表紙だったが、あからさまに裏表紙の男女は絡み合っている。
「映画自体は面白いんだけど、上映当時、ぼかしやモザイクなしで上映されてね。配信では流石に規制されているんじゃないかな?」
「これ、アダルトビデオとは違うんだ?」
「役者や流通は映画と同じだった筈だよ。今よりも色々と緩かった当時だからこそ、撮れた作品だろうね」
ふうん、とパッケージを受け取って裏返し、あらすじに目を通す。
「やっぱり、配信版じゃないほうがいいの?」
「監督が映したかった画には、ぼかしは入っていなかっただろうからね。それに、個人的には隠されている方が気になる、というか。異質なものに見えてくる」
「確かに、変な気になり方するかも。じゃあ、これ見よ」
俺が塗れ場ありの映画をあえて見たい、と指定する事は少なく、このパッケージを持ち出されたのも初めてのことだった。
隆さんの手でディスクがセットされる。戻って来た手によって、再生、のボタンが押され、見慣れない会社のロゴが流れていくのを面白く見守った。