収録内容
過去作「君の番にはなれなくていいです(web掲載)」のweb再録+書き下ろしです。
【人物ビジュアルデザイン協力】もきち
【web再録】
・君の番にはなれなくていいです(約2.7万字)(R18)
・happily ever afer(約0.2万字)
・厚氷を踏むが如し(約0.2万字)
web再録分は、web版から大きな変更はありません。同人誌収録時の修正箇所はwebに適用済です。
【書き下ろし】
・隠しごと二人ごと(約2万字)(R18)……結婚後の発情期話
通販について
紙版(とらのあな)→https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031116395
電子書籍版(楽天Kobo電子書籍)→https://books.rakuten.co.jp/rk/d0ba0329739e3b5d92e13f3eebd6c5d2/
電子書籍版(BOOK☆WALKER)→https://r18.bookwalker.jp/de25195ab1-0d69-4d86-b039-cd76e29cefc3/
電子書籍版(メロンブックス)→https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=2117078
電子書籍版(BOOTH)→https://sakamichi31.booth.pm/items/5150067
・BOOSTについては電子だとお礼のペーパー同封したりもできないので、基本的に支援のお気持ちだけで十分です。
頂いた分は普段の小説執筆のための事務用品やソフト代、参考書籍代などに有難く使わせていただきます。
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本文サンプル
最近、誠さんの様子がおかしい。
忙しくて緊張した結婚式を何とかこなし、楽しかった新婚旅行を経て、私の名字も須賀へと変わった。
緋居田、朝背、それから須賀。流石に、これ以上の名字の変化はない筈だ。
卒業後は須賀グループのどこかで働くことになる私は、おそらく他の大学生とは別の目標を抱きながら大学生活を送っていた。
何でもない日常、と呼べる日々。それなのに、誠さんが何となく変なのだ。
まず、時おり何か考えているように黙り込む。私が近づいて眺めていると、少し経ってからこちらの存在に気づく。
はっとして誤魔化すように笑うのだが、どこか態とらしい。
他にも、最近は私を置いて、一人で本屋に出掛ける。
買ってきた本も、自分の部屋には置いていないようだ。何処に置いているのだろうと思っていたら、本屋からの帰宅後、圭次さんの部屋に出入りしている姿を見かけた。
疑問に思いながら圭次さんに探りを入れたところ、話の途中で何かに気づいたようで黙ってしまった。本人に聞いて、と言われたが、本人に聞けるのものなら既に聞いている。
屋敷のセキュリティ上、私は須賀家の一員だ。こっそり圭次さんの部屋に入ることは簡単だが、別に泥棒のような真似をしてまで知りたい訳でもなかった。
気になるが、問い詰めるほどでもなく、かといって全く気にならないといえば嘘になる。慎重に聞き出す機会を探っているところだ。
「…………発情期の最中なら、ぽろっと、口を滑らせたり……?」
携帯電話のカレンダーの確認中、近い日付に印が付いている。
この期間は、二人で別荘へ行こう、と予定を立てているところだった。ついでに、ほんの数日だけ休暇として日数を伸ばし、発情期後の休日を過ごすつもりでもある。
須賀の屋敷は賑やかで寂しくなる余地はないが、二人きりで身の回りのことをこなす機会も少ない。庭でバーベキューだとか、花火をしてみたりとか、二人っきりの予定を立てるのは楽しかった。
けれど、その予定も殆ど決まり切っている。誠さんの妙な行動とは結びつかなかった。
「発情期で、い、いやらしいことして……。疲れているときなら、聞ける、かな?」
よし、とこっそり拳を握り締める。
自分に夢中にさせて、体力を無くさせて、思考能力を奪ったあかつきには、最近の行動の理由を聞くのだ。
けれど、それまでは番の様子はあのままだろう。独り、こっそりと溜め息を零した。
発情期を心待ちにする私を見て、誠さんは不思議そうにしていたものの、別荘行きを予定していた日の前日夜にいつも通り取っ捕まった。
本当なら、別荘に行って翌日に発情期が始まる、を予定していたのに、私の匂いが予定外に強まってしまったらしい。
幸いにも互いのその日の予定は終わっており、出発予定を繰り上げ、車で夜間移動と相成った。途中、別荘近くのスーパーマーケットに寄り、私が要望した食べ物なども誠さんが買い出ししてくれる。
車に戻り、大量の食べ物を積み込む誠さんに恐縮していると、お土産、とこの周辺の観光情報誌を手渡された。店頭のラックに、どうぞお取りください、と大量に置かれているものだ。
「発情期の後で体調がよければ、この辺りを観光してもいいな」
大きな掌が伸び、私の頭を撫でる。
密閉された車の中は、番のにおいですぐに満たされた。抱き付きたい衝動を堪える。
「はい。一緒に、行きたいです」
最近は、すこし番との距離を感じていた。長い時間、一緒に過ごせるのが楽しみで仕方ない。
シートベルトを締めると、車はゆっくりと動き出した。別荘はすぐそこで、少しの上り坂をスマートに登っていく。
ちらりと隣を見ると、ハンドルを握る左手の薬指には、お揃いの結婚指輪が光っていた。視線を下ろし、膝の上で重ねた自分の手元を見る。
自分の手元は暗く、光が分からなかった。
「結婚指輪の形、慣れた?」
番を追う私の視線は、逆に追われてもいたようだ。
左手を右の手のひらで包み込み、触れた指輪をくるりと回す。
「未だ慣れないです」
「はは。俺も」
しっかりと減速した上でハンドルが切られ、最小限の振動で曲がり切る。
居心地のいい車内のはずが、ずっと揺れているように感じるのは何故だろう。夕方をあっさり通り過ぎた視界は、ただ暗くなるばかりだ。
「そうだ。大学では、ファッションとか右手の薬指、みたいな人はいるんですけど、私のはそんな感じじゃないから目立つみたいです。番持ちで結婚してる、って珍しいみたいですよ」
「確かに。うちの親、結婚が早くてさ。普段はあんまり疑問に思ってなかったけど、授業参観とか明らかに若いんだよな。うちの両親」
「…………そっか、旦那さま……。じゃなくて、優征さんはともかく、圭次さんは……」
「そう。年齢不詳な顔をしてるだろ。一緒に出かけると、高校だか大学時代くらいからは『ご兄弟ですか?』『デートですか?』って聞かれんの。正真正銘、血の繋がった親だよ」
ふ、と隣で笑いを零すと、誠さんは苦い顔をしていた。
これから彼の顔立ちが変化していくのかは未知数だが、おそらくは彼が言う親父……優征さんに近づいていくのだろう。
「深代は…………」
その先の言葉が切られ、ある程度の沈黙の後で問い掛ける。
「授業参観、ですか?」
「……話しにくかったら、別にいいぞ」
番は、私の家庭環境のことを知っている。須賀家が間を取り持ってくれて、結婚式に父を呼ぶこともできた。
けれど、幼い頃から父は仕事人間だった。会社が破産した後も、会社の建て直しを経ていなければ、家族間で連絡も取らないような関係に成り果てていただろう。
父は、私の結婚式の終盤まで表情を変えず、けれど最後に涙腺を決壊させた。隣で困ったように涙を滲ませる母は、式が終わった後に、何度も誠さんに礼の言葉を述べていた。
「母は、よく来てくれましたよ。でも、緊張してたな。あんまり覚えてないです」
「俺も緊張してた。親父の前で授業の回答を間違えようもんなら、後から関連書籍を買ってこられるし」
「でも、別に買ってきた本、読まなくても怒らないんじゃないですか。優征さん」
「ぜんぜん怒らない。けど、不思議なもんで、あんまりにも放置されてると一ヶ月後とかには読みたくなるんだよな」
誠さんも優征さんも、揃って書店に出入りする習慣がある。
買った本が被ると、どっちが先に買ったかで仲良く言い合いをして、たいてい隣にある圭次さんのご実家か、仲のいい明月家、高嶺家に被りが引き取られていた。
おそらく、好きな本が被りやすいのだ。だが、それを誠さんに言うと多分いやそうな顔をする。
「優征さん、歴史小説お好きじゃないですか。だから、短いやつ貸してください、って言ったら、歴史は全てが繋がっているから短くない、って言って。でも……」
「新撰組? 明治維新? あと何だ、戦国?」
「新撰組です」
「だと思った。でも短くないだろ」
「短くはなかったですけど、面白かったですよ。今度は明治維新を借りるんです」
分からない箇所を調べながら読んだところ、借りる期間が延びてしまった。だが、確かに優征さんはせっつきも怒りもせず、感想を述べると目を細めて聞いていた。
父に不満がある訳ではないが、『父』が増えると価値観も増える。目新しくて、眩しくて、時には、荷を肩代わりしてくれる。
「親父に気を遣わなくていいよ。雑に扱え」
「ふふ。楽しい方ですよ」
「深代が優しいから図に乗るんだって」
車はゆったりと道を進み、別荘の敷地に入る。
まずは別荘の出入り口付近に車を寄せ、買い込んできた荷物を下ろした。私も匂いが変わっているそうだが体調は悪くなく、預けられた食材を冷蔵庫に収めていく。
誠さんはカーポートに車を停め、重たい飲み物などをキッチンへと運んだ。少し前に清掃を入れたらしい別荘は真新しく、これから二人暮らしを始めても十分な広さがある。
これまた広い冷蔵庫は、食材を詰め込んでも余裕があった。
「あ、アイス。これ私も好きです」
「知ってる。だから買ったの」
「好きって言いましたっけ?」
「言ってないけど。基本的に舌が質の良い物を食べ慣れてるから、当てやすい」
言われてみれば、父の会社の破産まではお金に困ったことはなく、それから須賀家の美味しいご飯を堪能している。
味はシンプルなバニラアイス。小さいアイスのカップを持ち上げ、しげしげと眺めた。
「飲み物、片付けてきた。ピザそっちだっけ?」
アイスを冷凍庫に入れ、扉を閉める。
「はい。あります、温めましょうか」
私は途中で買い求めたピザを、販売時の容器から移し替えた。ついで買いされていたチーズを悩みながらトッピングし、オーブンの設定をする。
開始、とボタンを押すと、内部に橙色のランプが灯った。
「あとはサラダと、ジュースと。後でケーキも食べよう」
「誠さん、ケーキも食べるつもりなんですか?」
「食べるし、深代にも食べさせる。どうせ発情期中は体重落とすし」
肩を抱かれ、額にキスされる。
ついでとばかりに大きな掌で腰を撫で、番は食べ物を抱えてダイニングに向かっていった。
むう、と唇を尖らせ、温まったピザを皿に盛って後を追う。
「美味そうな匂いだな」
料理が揃った食卓を囲み、二人で手を合わせる。
誠さんは香辛料の瓶を持ち上げ、取り分けたピザの切れ端に振り掛ける。
「屋敷で作るピザも美味しいですけど、チーズましましのジャンクさは、この時期だけのお楽しみですね」
カップラーメン、スナック菓子に炭酸ジュース。二人しかいないからこそ買い求める味は、言い様もない特別感がある。
私はピザにオイルを垂らし、味が濃くなった切れ端を口に運んだ。
「ハンバーガーとかも食いたいな。明日、宅配頼んじまうか」
「いいですね。私もたくさん食べたい訳ではないんですが……あの手のご飯。あんまり、須賀家では出ないですよね」
「健康管理も仕事の一部だから、多く出すのは難しいんだと」
「ああ……、納得です」
私と誠さんはまだ余裕だが、優征さんや圭次さんがたくさん食べたら、お腹を壊してしまうかもしれない。
注がれたグラスを受け取り、しゅわしゅわした飲み物を喉に流し込む。直ぐに脳に届いてしまいそうな、純粋な甘さだ。
私の皿の上に、ピザの切れ端が載せられる。
「もっとお食べ」
「食べます。けど、一旦、そこまででいいです」
食べる枚数を宣言して、残りはアルファの大きな胃に任せた。
誠さんはサラダを平らげ、ピザの皿を空にする。二人で皿を洗って片付け、買っておいたチーズ類を食べよう、とリビングへ運ぶ。
誠さんは別荘に、いくらかゲームを持参していた。
デジタルからアナログまで様々な品の中で、今日やろう、と持ち出されたのは小さなブロックだ。
端っこは掠れて傷も出来ており、昔から遊んでいる物であることが分かる。じゃらじゃらと大量のブロックを机の上に広げた。
ソファに並んで腰掛け、低いテーブルの上を眺める。
「なんか、須賀家ってよくゲームしてますよね。トランプとか、双六とか、花札とか」
「する。お手伝いさんが付き合ってくれるから子どもの頃からよくやってたけど。普通、そんなに大人数でゲームしないらしいな」
「そうですね。緋居田の屋敷では、あんまりなかった気がします」
今日は私の昔の屋敷を模して建築しよう、と売られた家の写真を持参していた。近くに置いていた小さなアルバムを持ち上げ、該当のページを開くと、屋敷の前に立つ幼い私がいる。
写真をまじまじと見つめた誠さんは、こちらと見比べてくる。
「うわ。可愛いな、深代」
「今は可愛くないですか?」
「比べられないくらい、どっちも可愛いよ」
からかうような口調ではないそれに面食らっていると、後頭部が捕まって額にキスをされた。
放っておけばそのまま繰り返される。相手の頬を押し退け、アルバムを捲った。
「……俺に対して、強くなったな」
「誠さんに遠慮しても始まらないんですもん」
「そっか。嬉しい」
また近づいてくる唇を、今度は両手で遮る。
接触を許しすぎると、発情期が始まる前に体力を無くしてしまう。普段だって、誠さんの方が働いて疲れているはずなのに、夜の誘いも盛んだ。
小さなブロックを拾い上げ、写真と色を合わせて積み上げる。私よりも誠さんの方が慣れていて、ひょいひょいと造形していく。
「昔から、けっこう遊んでました?」
「遊んでた。今でも楽しいよ」
「へえ。良いお父さんになりそうですね」
がしゃん、と誠さんの手からブロックが落ちた。積み上げていた壁も倒れ、まっぷたつに外れる。
大きな手が我に返って壁を立て直し、二つに割れた接合部をくっつける。
「私、何か嫌なこと思い出させました?」
「そういうんじゃないから気にするな。茶色のブロック、もっと欲しい」
「あ。はい。これを……」
茶色のブロックを掬い上げ、彼のほうへと寄せる。
何故か口を閉じ、黙々と作り上げ始めた誠さんを不思議に思いつつも、私も手を動かす。次第に夢中になってブロックを積み、屋敷らしきものが出来ていった。
「────完成!」
「やったー!」
両手を挙げてみせた誠さんに気付き、パン、と手を打ち鳴らした。
携帯電話を取り出し、カメラのレンズをブロックで作った屋敷に向ける。写真を撮っていると、向かいでポーズを取っている誠さんがいた。合わせてシャッターを切る。
こちらに向けて広げられた掌に、携帯電話を預ける。向けられたレンズに笑みを浮かべた。何度も角度を変え、撮影の音が鳴る。
「何でたくさん撮るんですか!?」
手を伸ばして携帯電話を取り返そうとすると、彼は身を引きつつ、その姿さえも撮られた。
「愛らしいから」
「じゃあ私も撮ります! 誠さんが愛らしいので!」
慌てて妙な事を言ってしまったかもしれないが、向かいにいる番は嬉しそうに私に携帯電話を渡した。
撮られた枚数分、撮り返していると向こう側から手招きされる。
「折角なら、二人で撮ろう」
「いい…………ですけど」
隣に座り、腕の長い誠さんに携帯電話を預けると、空いている手で肩を抱かれる。
トン、と柔らかい体温が触れ、レンズを見る間もなくシャッターが切られた。慌てて音の出所を見ると、何度も撮影音が鳴る。
「また、たくさん撮りましたね……?」
「撮りました」
諦める様子のない番の様子を察し、身を寄せて表情を作る。楽しそうに撮影を繰り返す様子に、そういえば須賀家のアルバムは多かったな、と思い出した。
借りたアルバムのページを捲る度に、誠さんが育っていく。もう今では撮れないそれらが、私にはとても眩しく映った。
「この屋敷、売ったんだよな……勿体ない」
彼の視線は、モデルにした屋敷の写真に向けられている。
「はぁ……。でも、お金を借りていて返す当てがあるのに、返さない事は良くないです」
「深代は誠実だもんな。けど、ほら。思い出が残ってたらなぁ……、って惜しんだっていいだろ。綺麗な屋敷だったんだし」
私はアルバムに手を伸ばし、屋敷の写真を視界に入れる。
もしも、父の会社が潰れなければ、私はきっと父の意に沿う相手と見合いをして、あの屋敷はそのまま、変わらない日々を過ごしたのだろう。
けれど、そうだったとしたら緋居田と須賀では事業規模が違いすぎて、誠さんは先ず見合いには出てこない相手だ。
「私は、……屋敷は無くしてしまったけれど。誠さんと、だ……優征さんと、圭次さんと、もっと大きな須賀の屋敷を手に入れましたよ」
「…………そっか。そう言ってくれるなら良かった」
半分は冗談で、須賀の屋敷は私のものじゃない、と言い返されるかと思っていたのに、誠さんはあっさりと言葉を肯定する。
「あの」
「何?」
「後半は冗談で……須賀の屋敷は、私のものだとは思っていません」
真面目にそう言うと、誠さんは口元に手を当て、私から視線を逸らしつつ静かに笑った。
頭の上に掌が乗せられ、髪を掻き回す。
「はは。本当にかーわい」
「からかわないで下さいよ……!」
「からかってないよ。いずれ深代のものになるんだから、別に気にしないって」
抱き込まれて頭を撫でる手はただ優しくて、久しぶりに独り占めする番にトクトクと心音を刻む。
相手の背に手を伸ばして、きゅっと抱き返す。この人と一緒に過ごしていたら、私は酷く我が儘になってしまいそうだ。