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web再録
「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん5」~隣国の王子滞在編~(約4万字)(R18)
書き下ろし
「宰相閣下と魔術師さんと巡る輪」(約3.3万字)(R18)
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「宰相閣下と魔術師さんと巡る輪」サンプル
※作中に攻めFあります。
—–
伸びのびになっていた『互いに婚約記念として装飾品を贈り合おう』という約束が再び持ち上がったのは、リベリオ王子の一件も落ち着いた頃のことだった。
二人で一組、の装飾品だと使う宝石の色に悩むだろう、と、一人が一組の揃いのものを用意し、互いに贈り合うことに決める。
数が多くて困ることもないだろうし、婚約記念の装飾品を作る工房に指名されれば、彫金師の名も世に出回るはずだった。
ガウナーに訪ねてみたところ、彼の方は昔からハッセ家がお抱えにしている工房に依頼したいと言う。そちらは昔から名のある工房のようだ。
それなら、俺の依頼は質が良いが名前が知られていないような工房への箔を付けるために使いたいな、と考えるようになった。
とはいえ、質が良い工房は高位貴族が既にお抱えにしていたり、国民向けに手広く商いをしているような工房ばかりである。
いくらか王都の小規模な工房を見て回り、質は悪くないのだが決め手に欠ける状況が続いていた。
その日も工房を併設している装飾品店を見て回る予定だったのだが、朝からニコのお散歩欲が最高に達してしまった。俺の足元をうろうろと歩き回り、外出の準備をしている俺の横にべったりくっついて離れない。
準備を済ませて、半日の仕事に出掛けようとしていたガウナーは、その様子を見て屈み込み、ニコの頭を撫でる。
「外出の前に、少し運動をさせてやったらどうだ?」
「天気いいしなあ」
ナーキア地区で暴れ回り、防衛課との間で模擬戦を繰り広げている暴れん坊は、今日も体力を持て余している。
こっちは引き受けた、とガウナーの脚に突っ込んでいるニコとの間に割り入ると、伴侶に背を捕らえられ額にキスを落とされた。
むっと唇を尖らせ、眼鏡を引き抜く。近くに下りてきた首に縋り付き、んー、っと過剰なほど頬に吸い付いてやった。ちゅ、と余韻を残しながら離れ、頬に残った唾液を袖で拭う。
「……熱烈だな」
「早く出たいだろうと思って気を回したのに、キスなんてするから仕返し。ベレロが馬車用意して待ってるんだろ」
「はいはい。いってきます」
「ん。いってらっしゃい」
ちょんと唇を触れさせて去っていく伴侶に、反省の文字は見えなかった。
俺なんかは使用人とはいえ待たせることに焦ってしまうのだが、ガウナーはそれも含めての仕事といった態度で、貴族らしいといえばらしい。
自分の任を十全にこなしているからこそ、他人の職務もある程度を任せる。この屋敷の使用人たちはその要求に応えられる人物たちばかりなのだから、屋敷の主人としての態度はそれでいい筈なのだ。
眼鏡を元に戻しつつ、残した体温の余韻を味わう。
我に返ったのは、お散歩に行きたいニコがきゅんきゅんと声を上げ始めた時だった。はいはい、と返事をして、準備をした鞄を持ち上げる。
どうせなら、ニコに少し店の前で待ってもらって、工房部分ではなく店舗だけを見て回る予定にしよう。それなら散歩だって兼ねられるはずだ。杞憂かもしれないあの視線だって、いつまた降り注がれるか分かったものではない。
玄関まで歩いて行くと、途中で洗濯物かごを抱えた執事のアカシャが通りがかる。
「ロア様、お帰りは遅いですか?」
「え、っと……。昼食は外で食べるけど、昼くらいには一度帰ると思う」
俺の行動を把握してもらわなければ、予定外が起きたときに対処できない。だからこうやって執事である彼は、几帳面に予定を尋ねてくる。
「では、お昼寝のご予定は?」
「毛布なら洗っていいよ。助かる。要るときはニコのを借りようかな」
勘違いかも知れないが、ニコがくう、と困惑気味に鳴き、その場でとと、と足踏みしたように見えた。
難解だったらしい冗談に困惑したのは、目の前の執事も同様だ。
「……眠る時には寝台をお使いくださいね。ニコ様も毛布を取られたくないようですし」
笑顔で制され、苦笑しながら頷いた。
アカシャは洗濯かごを運び終えると、玄関で運動用の軽い靴を履いている俺の所に戻ってくる。見送りなんていい、と言っても、長年の癖は抜けませんので、と都合が悪くなければこうやって玄関に立つのがアカシャだ。
玄関扉を開けると、外の日差しが差し込んでくる。
「わ、良い天気。洗濯日和だな。──いってきます」
アォン、と声を揃えるニコに、柔らかい笑みと言葉が降った。
「お散歩日和でもありますね。いってらっしゃいませ」
丁寧な見送りに手を振って返し、扉を閉めて庭を歩く。屋敷の敷地を抜けると、からりと乾いた道路に脚を踏み出した。
ニコの尻尾はふさりふさりとご機嫌に揺れており、いつもよりも早足で先導する。途中、いつも通り仕事場の方に曲がろうとするかと思ったが、当然のように市街地側へと進んでいった。
「あれ? 行き先分かったんだ」
言葉尻を上げて言うと、ニコは俺をちらと見て、ぱかりと口を開けた。揺れている舌の隣、口角は弧を描いている。当然、とでも言いたそうな得意げな表情だった。
朝早くの市は終わった時間のようで、街並みは適度な騒がしさを保っている。
朝食中の人、買い出しの荷物を抱えて歩く人、呼び込みをする人。伴侶が守りたがっている営みの縮図がそこにはあった。
大通りを抜けて細い道に入り、工房が建ち並ぶ一角に入る。以前見て回った範囲を思い出しながら、まだ通っていない道に入った。
見知らぬ道が物珍しいのか、ニコはきょろきょろと盛んに視線を巡らせている。
ふと、その耳がぴくりと動き、興味を引かれたように歩き出した。
目的地もないことだし、のんびりと俺もその後に付いていく。長く歩いてニコが辿り着いたのは、古びた店の前だった。
店先には一部に細工が施されていた角灯が下がっており、それが店の看板であることを察する。
『クレーニー工房』
角灯の一面には、そう彫り込まれていた。隅には小鳥が添えられており、繊細な加工によって今にも動き出しそうにすら見える。顎に手を当ててじっと見つめていると、視界の端で扉が動いた。
「おや? ご興味がおありですか」
「あ……はい。他の作品も見せていただけますか?」
「らしくない造りではありますが、こちらが店です。どうぞ」
店主らしき作業服姿の男性は、扉を大きく開くと中へと促した。俺がニコに視線をやると、軒先で腰を下ろす。
若い店主はその様子を眺めると、目元の丸眼鏡を押し上げた。
「礼儀の分かるお連れ様も、ご一緒で構いませんよ。硝子が入っている品は表には置きませんので」
「お気遣いありがとうございます。……ニコ、入っていいって」
言った途端、ァオ、と小さく声がした。地面に下ろした尻尾ごとぴょんと立ち上がり、軽く駆けるように寄ってくる。
くすりと笑う店主の声と共に、店内に入る。
横目で見ていると、ニコは靴泥を落とす為に置いてある敷物に丁寧に脚を擦り付けていた。店主は慣れた手つきでニコの頭を撫でる。
木造の店は年季が入ったもののようで、柱は飴色に彩度を落としている。かなり昔の張り紙や、子どもの頃に流行った置物がちらほらと見受けられた。
対して作品の置いてある棚は新しく、手頃な価格帯の装飾品に値札が添えられていた。店自体は古くからあるようだが、作品が置かれている場所はこの店主の手によって整えられている。
作品自体も古くから定番の意匠は勿論のこと、挑戦的な図柄もいくつかある。古い物をそのまま作り続けるのではなく、新しいものを取り入れる姿勢を好ましく思った。
そして俺の見間違いでなければ、あからさまに細かな線を惜しげなく使うような、理想のために手間を惜しまない作風が見て取れる。安価な作品には値段を落とすために安い石を使っているが、細工の方は変わらず惜しげもなく入っている。
店主がいるのを忘れて、食い入るように見てしまった。これまでどの工房でも感じなかった、求めていた物がようやく噛み合ったような心地だ。
「……。ここの工房は、細かい模様を彫るのが得意みたいですね」
「ええ。造形よりも、彫る方を売りにしています。葉なら葉脈、羽根なら毛の一本まで細かく彫り込むような」
「ああ。でもこの素材に、こんなに細かな模様の品をこの値段で売っていたら、元は取れないんじゃ……」
あはは、と図星を言い当てられたように、店主は苦い顔をした。
「代々、商い下手といいますか。立地も悪ければ評判も悪い、店頭に並べている品は客寄せ用の値付けをしています」
事情を初対面の俺にはっきりと言ってしまうところがまた、商い下手なのだろう。だが、犬を店に入れることを許し、表情豊かに正直に話す店主の人柄を嫌いにはなれなかった。
表通りから離れていて立地は悪いのだが、この人柄に客が付けば、落ち着いた隠れ家としての価値になる。
「評判が悪い、ってことはないだろ。俺は技術には詳しくないが、こんなに細かな模様はなかなか見ない。いい出来だと思うよ」
つい敬語を崩してしまって、ああ、と気まずげに声を漏らす。店主はその表情の苦みを和らげ、俺の言葉を許した。
「大丈夫、言葉遣いにとやかく言うような場所ではありません。────お客様はご存じないのでしょうが、先代……私の師に当たる人物は、腕が良く、貴族からもよく注文を受けるような人物でした」
店主が手招きをして、店の奥に案内された。勧められた椅子に腰掛けると、近くの机の上に、小さな箱を出してくる。
そっと蓋が開かれると、そこには鳥が彫り込まれた指輪が一対、布の間に鎮座していた。指輪の幅を図柄のために広くすることもせず、狭い隙間に翼を広げた鳥が彫ってある。
思わず口から声が漏れた。
店頭の商品も素晴らしかったが、比較にならないほど鳥の細工に生命を感じる。本物を元に彫ったのであろう羽根は、いまにも動いて飛び立ってしまいそうだ。
「師匠が亡くなった奥方の為に作った指輪です。師匠の作品は本人の指示であらかた金に換えてしまいましたが、これだけは私の一存で残しました」
「作品といえど、手元に残しても良かったんじゃ……」
「いえ。そういう訳にはいかなかったんです」
店主は言葉を切ると、喉が渇きませんか、と呟いた。
同意すると、お茶の用意をしてきます、と言って俺の手元に古い雑誌を置き、いったん更に奥に引っ込んでいく。
俺がニコを撫で回しながら雑誌に目を通して待っていると、やがて店主がお茶を運んできた。ニコにも汲まれた水が差し出され、本人は嬉しそうに舌で水面を叩いていた。
俺は礼と共に茶を受け取り、穏やかな店主を見上げる。瞳の色は炎の色に近く、髪色は炎から生まれる灰の色だ。
「あの、そういえば名乗ってなかったなと思って。俺はロア、必要があって一から装飾品を作ってくれる工房を探してる」
「ロア様。私はリィギッドと申します。クレーニー工房の『自称』五代目です」
「自称?」
「工房を続けているのは、私が勝手にやっていることですので」
俺が真っ白な茶器を持ち上げて首を傾げると、リィギッドは唇に笑みを浮かべる。彼は近くの椅子を引き寄せると、盆を傍らに置き、そこに腰掛けた。
ゆったりとした動きは上品に見えるが、作法が染みついているという類のものではなく、穏やかな気質が表れている。
カップからはふわりと柔らかい香りが漂っていた。
「私が師事している頃はまだこの工房は豊かでした。師匠がいて、奥方がいて。こんな表通りからは離れた店にも、よく客が訪れていた」
茶器を持つリィギッドの指先は荒れていて、傷痕が残ってしまっている部分もある。穏やかな顔立ちには不似合いな傷だったが、彼が持つ空気はそれさえも調えて包み込んでしまうようだった。
店自体が喧噪からは遠く、言葉を切ると水を飲み終えたニコの息づかいすら届きそうだ。
「少し経って、私は修行を積むため、ミャザにある別の店に働きに出ました。元はあちらの出なので……」
「あ、そうなんだ。俺も旅行でミャザへ行ったよ。いい土地だよな」
「ええ、暖かくて過ごしやすい土地です。……その頃の私は、ある程度の彫金ができるようになり、師匠の技術だけでなく別の技もクレーニー工房に持ち帰りたいと考えていたんです」
ここまで話しても彼は俺の名前に対して、まったく反応を見せない。
名前と立場を知っていて気を遣っている可能性もあるが、それにしても装飾品を欲している理由が婚約だから、と察したのなら言葉にするはずだ。
カップの取っ手に指を滑らせつつ、素性を伝えるか迷った。だが、まだ依頼段階になった訳でもなく、少し様子を見ようと決める。
「あれ、じゃあ。師匠さんは……?」
俺の言葉に、リィギッドは口の端を下げた。工房からは音がせず、師匠は工房にも店にもいないことは分かる。
リィギッドの師匠も、その奥方も、大事にしていた筈の店にはいないのだ。
「私が修行に出ていた間に、奥方が病で亡くなりました。そして、師匠はまともに依頼がこなせなくなっていました。心に病を患ってしまったのかもしれません。クレーニー工房への依頼は減り、それでも、長い付き合いの依頼主から小さな依頼を貰っては食いつないでいたようです」
けれど、とリィギッドは言葉を切った。一瞬の静寂がその場を浸す。
「それも長くは続かなかった。作品に打ち込めないほど心が疲労し、商売敵からはこれ幸いと技術を追い抜かれ、そして段々と貧しくなっていく。そして、私が知った時には、師匠は同業者の組合から、依頼を受けることを禁止させられていました」
「え……?」
思い当たったのは、評判が悪いという理由、だ。工房主が依頼を受けることを禁止されるような原因を作ったともなれば、客足も遠のく。
「依頼主が前払いした金を使い込み、返せなくなったんだそうです。作品の材料を買わず、食材と、溜まった支払いと、そして酒に金を回した。期日に完成した作品もなく、前払い金を返す当てもない。結局、依頼主には組合が一旦建て替えてくれて、作品を処分した金と私の蓄えを合わせて組合に金を返しました」
カップから出る湯気はか細く、今にも消えてしまいそうだ。
冷えてしまわぬうちに、そっと口を付けた。リィギッドと視線が合うと、彼は萎れた口元を態とらしく持ち上げる。
「ですから、折角来てもらって申し訳ないのですが、うちの工房はあまりそういった……。一から装飾品を作るような大事な依頼には、向かないと思います。記念品にしては縁起が悪いですし、誰かに贈るのなら、相手も工房名を知って気を悪くするかもしれません」
「でも、……なぁ。師匠も、反省してはいるんだろう?」
今の店主は、遠くを見るように視線を空中へと巡らせる。彼は熱が逃げていく茶器を、何かを繋ぎ止めるように両手で抱え込んでいた。
「ええ。事情を知った私がミャザから戻ってきた時点で、我に返ったように謝るばかりでした」
いつの間にか、ニコはリィギッドの足元に丸まっていた。彼の両足を包み込むように身体を横たえ、柔らかな毛を添えている。俺の視線に気づくと、そっと視線を交える。
黒い小山が盛り上がる度に、規則正しい呼吸音が聞こえた。
「売らないと決めていた作品も全て売ってしまい、売れない作品は潰して返済に充てた。幸い、事情を知った師匠の遠縁の方から援助をいただけることになり、数年暮らして、師匠が老齢を理由に給付を受けられる年齢になりました。それからは、穏やかに暮らせているようです」
「工房には来ないのか?」
「工房は閉めてくれ、と言われて数年。一度も来てはいません。何度、手紙を送っても……。すみません。湿っぽくなってしまって」
いいよ、と俺も笑ってみせる。リィギッドは身を屈め、寄り添うニコの身体を撫でた。
丸眼鏡の奥で目を細める表情は、なんとも嬉しげだ。そして、その表情はニコにも伝播していた。
「じゃあ、ここ数年はそういった依頼は受けていない、ってことか」
「はい。店頭に並べる品を作ることと、手が足りない時に他の工房へと手伝いに行くくらいです」
「でも、店頭の品を見る限りは好みの作風なんだよな……」
ううむ、と悩む俺に、リィギッドは諦めるように説得の言葉を続ける。
これまで見てきた工房の中では、彫りという一点において、どこの工房よりも出来がいい。全体的に質が良い品はいくらでも見てきたのだが、全体的に良い、ものというのは逆に決定打に欠ける。
ここの工房のように、突出した一点、があるような品は琴線に触れやすいのだ。
「そうだ。作業分のお金は出すから、こういう作品を作れる、って設計画を作って貰えないか?」
「いい……ん、ですか……?」
「うん。二人分の耳飾りを作りたいんだ。婚約の記念品なんだけど……」
ざっとリィギッドの顔が青ざめる。
えぇ……、とその口からは心細い声が漏れ、明らかに姿勢が引いていくのが伝わった。追い縋るために、わざと語尾を上げる。
「縁起と評判が悪い、だっけ? いいよ、もし作ることになったとしても、俺も相手もそれで何かを言われるような立場じゃないから」
「はぁ……。依頼を頂けるのであれば工房主としては喜んでお受けしますが、個人としては、人生の節目の記念品にうちで大丈夫なのかと……」
「悪評なんて作品で黙らせればいいだろ。この工房はその程度の物しか作れないって言いたいのか? 師匠は、その程度の技術しか弟子に伝えてこなかったと?」
その瞬間、ふっと彼の瞳に炎が灯った気がした。
作品に対しての熱も冷めてしまったのかと思ったが、店頭に並べられた品だって過剰なほど手が込んだものだ。いつか、の、誰か、に届くために努力を惜しまなかった。
彼の炉は、まだ火を失ってはいない。
ぎゅう、と拳が握り締められ、ようやく視線がしっかりと合う。
「いえ。任せていただけるのであれば、お受けします」
言い切って、はっと失言であったかのように口元を押さえる。にんまりと笑った俺は、その言質を使うつもり満々で言葉を続けた。
「やった。設計画の作業費いくら?」
「あ。……っと、その前に。詳細をお聞きしても……いいですか……?」
「喜んで」
やられた、と言いたげに息を吐いたリィギッドは冷えた茶を飲み干し、筆記用具を取りに立ち上がった。
お茶のお代わりは要るか尋ねられ、俺とニコは声を揃えて二杯目の飲み物をねだる。店主は初めて聞く腹からの笑い声を上げて、軽やかに踵を上げた。