小さくたって未来のアルファ

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 ぺらり、ぺらりと書類を捲りながら何事かを書きつけ、また携帯に視線を落としては何事かを入力し、ううん、と溜息を付く。その繰り返しに俺が堪らなくなって声を掛けたのは、夕食を食べて直ぐのことだった。

 食事時に仕事を持ち込むことはない。だが、こうやって俺が隣で本を読みながら寛いでいるような時間にも仕事を持ち込まざるを得ないような時期が、悟司にはある。

 俺はそれを悪いことだとは思わないし、悟司は常に申し訳なさそうで、終わったら息抜きにどこそこに行こう、と約束してくれるのが常だった。だから、俺も悟司の仕事が終わる時期を楽しみにもできた。

「それ。うちの家が製造やる新製品の……」

「そう、広告の企画書。手掛けたいなあ、と思ってたらうちのグループの広告会社がこれ受けてて、慌てて俺プロジェクト入れて貰ったんだよね。そしたらやっぱりさあ、会長の孫だからこう、最終チェックみたいなことを任されて……。俺なんてぽっと出だから別の社員さんに助け求めて、俺の意見も入れて貰って、やっとそれらしきものが出来上がったところ」

 悟司は赤ペンを持ち替え、よし、と読み返す。

 携帯を複数持ちして、モバイル端末も場合ごとに分けるくらいには電子機器を使い慣れている悟司でも、企画書の訂正やら書類関係はアナログで書き付けていることが多い。

 じっくり読むつもりもなかったが、視界の先に一つの名前が目に入ってしまって、俺は思わずその名前を読み上げる。

「叶隆生」

 うん、と悟司は口元に笑みを浮かべる。叶隆生……つい去年まで注目ドラマには主演であれ脇役であれ名前が載るような俳優だったが、現在は休業中である。

 というのも、いきなり結婚を発表したかと思えば、いきなり第一子まで産まれ、子煩悩さが取り上げられ始めた頃に『番の育児休暇が終わるので』という理由で代わりに育児休暇を取ることを発表したためだった。

「育休中じゃなかったか?」

「そうなんだよ! だから俺困って事務所の社長さんにお手紙を持って行って、新製品のコンセプトに絶対合うと思うんですよねー、って頭下げてたら」

「お前、本当に行動力だけはあるよな」

 人間というものは熱意のある人間に目の前で頭を下げられてしまえば、一旦は考えてしまう生き物だ。

 悟司は足を運ぶ、ということに極端に抵抗がなく、行ったほうが早いと思ったらさっさと足を運んでしまう。

 偶に行方不明になった! と部下の人から連絡があるが、俺のもとには、お土産は何がいい? などの連絡が届いているため、俺は、またか、と思うばかりだ。

「叶隆生がその場に偶然いたから、新製品のコンセプトをご説明させてもらって」

「……うん、お前ってそういうとこあるよな」

 芸能人相手にもお前はそうなのか、と俺が引き気味に言葉を返すと、悟司は顔をきらきらさせて手を振っている。

 芸能人ばりの美形が父親と兄弟にいれば、芸能人相手でもここまで食らいつくような性格が出来上がるのだろうか。

「撮影現場に番の方とお子さんもどうですー、ベビーシッターも用意しますけど、って口説いたらスケジュール調整してくれるって。でも一応、受けたとしても撮影時期はぼかしてくれって言ってた。休暇中も受けざるを得ない仕事は受けてたけど、拘束時間が長くて断った仕事も結構あるらしくてさ」

「やっぱり完全休業、って訳にはいかなかったのか……」

「らしいね。だからこそ俺のお願いも聞いて貰えた訳だけど」

 添付資料には、最近の叶隆生がプリントアウトされている。特徴的な流し目の似合う目元だとか、長い脚だとかを見ていると、まあ、こう産まれたかったよなあ、と俺はじーっと自分の足と見比べてしまう。

 俺がそうやって叶隆生をじっくり見つめすぎたのか、肩にぐいーっと手が回って隣に引き寄せられる。

「実物もすっごく男前だったけど、三岳さんはじっと見るのはダメ! 叶さんの事だって、かわいい、って言いそう!」

「言わないけど。いや、……男前じゃん」

 お前は写真に妬くの? という俺の心情が透けて見えたのか、違う、と悟司は必死に訴える。

「俺まだワイルドさは足りないけど、俺の父親あの、歳を重ねるごとに凄み増してるから。俺だってそのうち男前になるよ! 俺のかわいさに男前度がプラスされるから、そうしたら叶隆生だって目じゃなくなるから!」

 俺はその言葉にくすっと笑うと、口元を悟司の耳に寄せた。

 あれだけ多くの人の上に立って、男前でかわいらしいと俺は自負している番が、他に目を向けないで、と一生懸命に自分をアピールしているのが微笑ましい。

 ヒヨコが背伸びして一生懸命に自分の羽が綺麗だとアピールしている姿を見ていると、君が一番だよ、と言ってあげたくなるのだ。

「俺、お前が一番かわいいし、お前が一番男前だと思ってるよ」

 伝わっただろうか。どきどきして反応を待っていると、数秒のあいだ悟司はかっちかちに固まっていた。

 俺が悪戯心を発揮して、ん? ん? と顔を覗き込むと、やめて、と悟司は顔を覆う。

「三岳さんが俺に甘い……! 俺死んじゃう……!」

 放っておくとごろごろと転がりかねない悟司に、ちょっかいを出すのはこれくらいにしておこう、と切り上げた。

 仕事を終わらせて貰わなければ、このままだと明日になる。ついでに、発破をかけておかなければ、とにんまり口を開いた。

「てか、俺もお前も休みなのに、いつになったら俺を可愛がってくれんの? 仕事まだ終わんないのかなあ? ……もー俺風呂入ろ。綺麗にして待ってるー」

 俺が立ち上がってその場を立ち去ろうとすると、俺の裾を悟司の指が捉えた。

「あっ。そういうこと!? 待っててくれたのにごめん! もうちょっとだから、俺もお風呂一緒に入りたいから待って!」

「やーだー」

「ああ、拗ね顔かわいい!」

 結局、仕事は日付が明日になるまで終わらなくて、俺は頬を膨らませながら悟司の隣で待った。終わりました、と告げた番が書類を投げ遣って俺を抱き締めてくれるまで、俺は触れ合いを楽しみに待った。

 

 

 

 本物見たい? 付いてきたら? と言われた俺が申し訳なく思いつつ付いて行った先が、件の叶隆生が写真撮影を行うスタジオだった。

 いちおう製品の製造元の息子で関係者だから、と悟司は言ってくれたが、悟司側で関係者パスなるものが一枚余計に用意されていたのは、たぶん俺があの後で叶隆生関係のドラマばかり見ていたものがばれたものと思われる。

 新製品のコンセプトは『十人十色』その端末のカラーバリエーションに合わせて服を変え髪型を変え、撮影を繰り返していく形になる。

 企画書を見た俺は、刑事モノから恋愛もの、ヒューマンドラマからコメディまで多彩に演じる様子を見てみたくなり、ちょくちょく見ていたらどれも作品自体が面白かった。

 叶隆生はとにかく原作の読み込みが物凄くて、事前に監督に細かく質問を出すらしい。

 撮影に入ってしまえば急に変えるとスケジュールに関わるので、本人があれ? と違和感を持った部分については全て書き出して、質問として監督と打ち合わせるのだそうだ。

 だから、叶さんと会話してた時間は映画撮影前の方が多かったよ、という監督のコメントがいろんな作品で共通している。

「あ、悟司くんだ。早かったね、もう少し機材の準備に時間がかかるらしいから、ゆっくりしているといいよ」

 視線をやった先には、スリーピーススーツにオールバック姿の叶隆生がひらりと手を振っていた。俺はそのオーラに、じり、と思わず悟司の背後に隠れる。

 しかし悟司はアルファばかりの兄弟の中で育った所為か、そのオーラにも物怖じせず、たっと駆け寄った。

「叶さん! カッコイー! これブラックのカラバリの衣装ですよね、これはデザイナーが泣きますよ。嬉しくて」

「さっき挨拶してきた。似合うからあげますって豪勢な申し出だったけど、うちのがすっごく嬉しそうに写真撮るから、正規の値段で買い取らせてもらうことにしたよ」

 背後にいたために存在に気づかなかったが、そっと叶さんが後方に控えていたらしい男性の腰を抱く。

 戸惑っているらしい男性は優しそうで清潔感はあるが、芸能人には見えない。

「広告の企画を担当しています、明月悟司です。『世津さん』ですか?」

「ああ、よくご存知で……。鹿生世津です。娘も、優しそうなシッターさんで、ひとしきりはしゃいだら寝てしまいました」

 娘、という単語と腰に回された腕とで俺は、ああ、と彼の立ち位置を察した。叶隆生の番は一般人で、週刊誌にすっぱ抜かれる前に電撃的に発表された。

 普通の人には叶隆生の番の顔を知る機会はないため、俺も勝手に女性のオメガを想像していた。だが、確かにインタビューで番の話を振られた叶さんは、番の豪快な得意料理の話はしても、女性とは断言していなかった。

「よかった。何かあったら直ぐ連絡させますから、退屈だとは思いますが、珍しい機会だと思いますので……」

 世津さん、と呼ばれた男性はぶんぶんと首を振る。

「全ッ然! ほんと、楽しみにしてたんです! 隆さんの仕事するとこ、初めて見る……の、で」

 隣の叶さんがにこーっと笑ったのが目に入ったのか、世津さんの声は最後に届くに連れてトーンダウンしていく。

 恥ずかしいことを言った、とでも思っているのだろう。だが、伴侶の仕事をしているところをずっと見たかった、と告げる様子に周囲からは微笑ましい視線が贈られている。

 横から頬擦りをして髪型を少し崩した叶さんは、ヘアメイクさんの悲鳴とともに直し! と連れ去られてしまう。俺はそっとその世津さん、の傍に寄った。

「おはようございます、昼川三岳といいます。そこの明月の婚約者で」

「えっ、あ。ああ!」

 たっと駆け寄った世津さんは俺の耳元で、オメガですか? と尋ね、俺はこくこくと頷いた。

 早口で、俺もです、と告げられ、おお、と何故かそのテンションで握手を交わす。男でオメガで番持ち、という相手にあまり会ったことがなく、世津さんはほっとしたように表情を崩している。俺も同じような顔をしていることだろう。

 アルファとオメガという立ち位置の違いがなく、番がいるためにどうこうなることもない。そして何より程よく整えられた落ち着いた印象と、香るような『かわいさ』は俺がお近づきになりたい類のものだった。

 正直、悟司のお父さんは愛玩的に動く様が可愛すぎて、そして社長という立場もあって俺はものすごく緊張する。

「連絡先、教えてください」

「……はい?」

「三岳さん!? あー絶対かわいいって判定すると思ってたよこの人ー!」

 横で悟司の悲鳴が聞こえるが、世津さんは、俺でいいんですか? とか謙遜しながら連絡先を教えてくれた。

 悟司は、ああもう、と頭を抱えながらも、オメガ同士で番持ち同士であることと、俺の性格的に仕方ない、と諦めることにしたようだった。

「悟司が一番かわいいよ」

「知ってるよ!」

 悟司は俺に勢い良く言い返し、俺と世津さんを交互に見て、ふむ、と考え込むと、向こうにいるから何かあったら呼んで、と携帯を振りながら広告の担当業に戻って行った。

 同じ立場のふたりで話したいこともあるのだろう、と気を遣ってもらったようで、うちの番は本当にできる男だなあ、と心中で褒める。

「ストラップ、可愛いですね。娘もヒヨコちゃんのぬいぐるみが好きで、最近ぎゅっぎゅってするのに夢中で」

「まだ小さいんですか?」

 俺が尋ねると、世津さんは、ええ、と頷いた。

「こんなにちいさいんですよ。俺がさつなんで、毎回落とさないか心配で」

 携帯を操作して見せてくれた写真は、きらきらと目を輝かせてカメラの方を向く、ヒヨコちゃんのぬいぐるみをぎゅっぎゅっとしている姿だった。

 思わず顔がだらしなくなるのを押さえるように手で覆うと、かわ、と小さくつぶやく。

 叶隆生の顔立ちで印象的な目元がものの見事に遺伝しているためか、ツーショット写真なんかは微笑ましくて仕方がない。

「あの、写真もっと、見せていただいても……」

「ああ、いいですよ。俺あんまり撮れないんですけど、向こうがマメで撮っては送りつけてくるんで。……あ、あとで本人に会います?」

「是非とも!」

 後で会わせていただいた写真ではない御本人は、もちもちほんわりとしていて、俺の指をぎゅっと握り返してくれた。

 けれども、それを見た世津さんが『小さくてもアルファみたいな気がするんですよね。オメガの男性すっごく好きみたいなので』と言ったことにより、心情的に恐るおそるの接触になってしまったのは秘密だ。

 

 

きみつが
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坂みち // さか【傘路さか】
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