魔術師さんたちと炬燵語り

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 朝は具に気温の変化が分かる。玄関扉を開け、防寒着を間違えたと衣装室へ戻った。

 普段よりも厚い上着をアカシャに出してもらい羽織ると、足元をちょろちょろしている黒犬の頭を撫でる。行くぞ、と言うと軽快に尻尾が振られた。

 家を出ると、びゅう、と顔に風が吹き付けた。ひえ、と滑稽な悲鳴を漏らし、脚を踏み出す。

 先に家を出た伴侶の馬車に、一緒に乗せてもらえばよかった。魔術雑誌を読みたいからと残った自分を恨めしく思う。

「寒いー」

 北の出ではあるのだが、長い王都住まいに強さは失われてしまった。隣にいる黒犬は心なしかふかふかになった毛を揺らしつつも、平気そうにこちらを見る。

 いっそ犬を抱えて歩けば暖かいだろうか。いい体格をした犬を見下ろし、魔力消費と天秤に掛ける。諦めることにした。

 二人して王宮までの道を歩き、職場までたどり着く。せかせかと扉を開けると、開けた途端に文句を言われた。

「代理おはようございます! 寒いので閉めて!」

 ニコも様子を察したようで、さっさと駆け込んで脚拭き用の敷布へ移動していた。俺はバタン、と扉を閉め、両手を挙げる。

「おはよう! 閉めた!」

 よし、と叫んだ部下……シフからお許しを貰った。

「最近、隙間風が直ったから扉だけだよな。寒いの」

「そうなんですよ。今日はほんと寒い……」

 シフのローブの下はちょっと膨れている。冬にふかふかの毛を蓄える小鳥のようであった。

 冷たい手を部下の額に当てると、ひえ、と悲鳴が上がる。

「うっわ冷た! 珈琲いれたげましょうか?」

「いいのか? 助かるー」

 冗談ではなかったようで、鞄の中身を机に配置していると、そっと熱い珈琲が差し出された。

 深々と礼をして部下の好きな菓子の袋を渡し、冷たい指先をカップの側面に当てる。部下は貰ったお菓子の包装を剥くと、自分の珈琲と一緒に食べ始めた。

 やや短めの脚は床に着いておらず、僅かに持ち上げて擦り合わせている。やっぱり小鳥を思わせる仕草だ。

「仕事机、寒いですよね……。ほら、王宮内のいい感じの仕事場って絨毯とか引いてあるじゃないですか」

「あぁ……。貴族の配置が多い部門の、前時代の悪習」

 最近は掃除の手間を鑑み、改修時には引っぺがされているようである。

 魔術式構築課も貴族の配置はあるのだが、貴族内で魔術師になるような輩は次男や三男、かつ、うちに入るような人間は魔術馬鹿ばかりで権力とは無縁だ。

 結果、予算は多くないし貰っても魔術書へ消える。

「悪習は暖かいんですよ。予算が余ってたら魔装に暖房装置を依頼しません?」

「あー。確かにな」

 立ち上がって予算の執行状況が書かれた帳面を引っ張り出すと、やや余り気味だった。

 俺が王宮の中枢に関わるようになって予算が少なすぎると見直されたものの、以前の感覚で使ってしまい、余るのだ。

 ちょうど良く出勤してきたサーシ課長を挨拶がてら捕まえる。

「相談したい事があって、いいですか?」

「いいよ」

 サーシ課長は机に鞄を置くと、ぶるりと身を震わせる。

「珈琲いります?」

「あぁ……。だからみんな珈琲を飲んでいたんだね。けれど、相談が先でいいし、自分でやるよ」

 トン、と白く長い指が魔術書の角を揃える。外面は文系なのに武力行使が得意なのだから、人は見掛けによらない。

「今日より寒い日も今後でてくるでしょうから、余っている予算で魔装に暖房装置の製作を依頼するのはどうですか?」

「あぁ。交代で寒さ対策の魔術展開するのも手だけど、ロアくんも課以外の仕事が増えてきたし、玉突きでシフくんも忙しくなったし、お金を使わずに堪えるのも潮時かもね」

「その節は……。ただ、買いたい魔術書も、今年はまあまあ買えましたし。魔装と連携して効率的な暖房装置の研究、という意味合いならこういった使い方もいいかと」

「うん。ちょっとトールくんに相談してみようか」

「ありがとうございます。…………シフ、暖房装置の開発、進行任せていいか?」

 声が聞こえていたらしい部下は、その場で大きく腕を上げ、丸を作った。

「いくらまで予算使っていいですか?」

「えっと────」

 帳面を見つつ金額を伝えると、また丸が返ってくる。

 シフはサーシ課長に珈琲を淹れると、魔装の方が暖かいし打ち合わせしてきます、と言って職場を出て行った。

「ちゃっかりしてるな……。俺の部下」

「若い層がしっかりしているのはいいことだ」

 それから寒い部屋で残った予算の話をしたのだが、欲しい魔道書の話しか話題が伸びず、結局残った予算は保留することになった。

 

 

 

 魔術式構築課の暖房については時々報告は貰っていたのだが、それから数日後に完成品が運び込まれる。

 保温は境界を区切るという原理から、使う魔術式の構築には結界術が得意なフナトが駆り出されていたようだ。本人は専門分野外とぼやいていたが、天才型の本領を遺憾なく発揮し、俺が読んでも魔力効率のよい術式が出来上がっていた。

 運び込まれた暖房を稼働させると、一気に室内が暖かくなる。おお、と王子も含めて喜び合った。

「あとこれ、フナトが欲しいって言ってたので、余った材料でついでに作ってもらったんですよ」

 そう言いながらシフが運び込んだのは、低い机に薄めの布団が取り付けられた形状の装置だった。

 設置には広さが必要で、打ち合わせ机を横に退かして場所を作った。床に敷布を広げ、その装置を載せる。

 フナトは嬉しそうにしていたが、他の面々は首を傾げる。

「フナト、なにこれ?」

「炬燵ですー」

「…………ああ、炬燵」

 フナトとツクモだけはこの装置をどうやって使うのか分かっているらしい。二人して薄手の布団を持ち上げ、中に脚を入れている。

 上部は普通に机として使えるようで、広い天板は打ち合わせに使い勝手がよさそうだ。

「俺も入っていいか?」

「どうぞ。暖かくなってきました」

 疑問に思いながらも脚を入れると、部下が言うように中はほんわりと暖かい。天板の裏に、内部を暖めるための装置が取り付けられているようだ。

 新しい物を興味深そうに見ていた王子も同じように脚を突っ込み、ぱあっと表情を明るくしている。

「これは仕事したくなくなるな……」

「右に同じ」

 王子はくたりと天板に顔を押し付け、構ってと寄ってきたニコを抱きかかえた。犬的にも布団が暖かいようで、逃げる様子もない。

 しばらく暖かさを堪能し、装置を面白がり、そのまま打ち合わせ場所として置いておくことにした。

 最初は課内だけで使っていたのだが、打ち合わせに来るようになった人物たちも使うようになり、王宮内でも面白がられ始める。

 そうなると、やってくるのがこの人だった。

「────また面白いものを作ったそうではないか!」

「打ち合わせの予定、ありましたか? 国王陛下」

 サウレ国王は、そんなものはない、と一蹴すると、炬燵の使い方を尋ねてくる。

 装置に魔力を補充し、どうぞ、と布団を捲った。国王が迷っていると、炬燵が熱をもったことを察したニコが先に後ろ脚を突っ込む。

 その様子を見て、使い方が伝わったようだ。

「これは良いな……!」

 ご機嫌になった国王陛下にお茶くらいは出したいのだが、毒味役がおらず断念する。護衛に来ていた近衛や近衛魔術師のニンギにも炬燵を勧めるが、護衛中なので、と残念そうに断られた。

「ロア。ガウナーは来たか?」

「いえ、ちょうど打ち合わせが無かったもので」

「では、吾の方が先だな。ははは、自慢してやるとするか」

 国王陛下はサーシ課長を呼び、少しの間、今後の魔術師の配置について話をしていた。国政の細かい部分は宰相閣下の指示なのだが、舵取りのための知識は国王陛下も豊富に持っている。

 こうやって気軽に魔術式構築課なんていう辺境の地まで訪れ、人懐っこく情報を吸い上げていく様子を見るに、この人の情報源の多くは会話からだろう。

「────そういえば、どこから炬燵のことを聞いたんですか?」

「給仕が、面白いものがある、と話してくれた」

「面白いですか?」

「暖める範囲が少なく済めば、魔力効率はいいであろう? 効率のよい装置というものが、吾は大好きだ」

 確かにこの装置は熱を布団で外と遮断するため、魔力の補充が少なく済み、魔力貯蔵装置も小型で済む。

 ゴーレムの件もそうだが、国王陛下は魔術も、魔術装置も好む。ただ、国民が広く使えること、を重視するのなら誰でも使える魔術装置のほうが都合がいい。

「王都ではまだいいが、北の地では寒さは生死に直結する。有用な魔術式や装置が出来たら、国内への展開を進めてくれ」

「分かりました。改良した魔術式は、内容を整理して国内の魔術師向けに発信してみます」

 国王陛下は少しのんびりとした時間を過ごし、次の仕事があると帰っていった。

 俺が肩を丸め、張り詰めていた息を吐き出していると、サーシ課長も隣で伸びをする。突然来て、魔術の話をして、帰って行くのは初めてではないが、慣れることもない。

「国王陛下って、急に来て発破かけて去っていきますね」

「まあね。でも、僕らが王宮の中枢と繋がってなかった時、発言力も、する気もなくて国にとって有用な技術を抱え込んでたからさ。それを繰り返させたくないんだろう」

「あー……」

 甘えに来たニコを抱き込み、今回の件で改良が入った魔術式の洗い出しを始める。

 暫くすると昼休みに入ったが、皆して炬燵で昼食を食べたがり、ぎゅうぎゅうになりながら暖を取る羽目になった。

 

 

 

 炬燵の存在が宰相閣下に認知されたのは、どうやら国王陛下経由であったらしい。話を聞いて直ぐの打ち合わせを、政策企画課ではなく魔構でやりたいと申し出があった。

 打ち合わせは防寒と発熱の魔術式の改良部を、どの媒体で、どの範囲で拡散するかが議題である。

 暖房装置の打ち合わせの担当者だったシフと魔装側の担当者であるトール、魔術式を組まされたフナトに、サーシ課長が不在だったため俺が立ち会うことになる。

 トールは到着して早々炬燵に入り、ニコを抱いて暖を取っていたリベリオ王子が菓子の入った容器の蓋を開く。中身はいつもの魚の形をした焼き菓子だ。

 いつの間にか全員分の飲み物が用意されており、ガウナーの到着までをお茶会のようにして過ごす。

 職場の扉が開いたとき、全員がそちらを見た。

「やあ」

 リベリオ王子の気の抜けた挨拶に、宰相閣下は怪訝そうな顔をする。

「何だこれは……」

「ようこそ『宰相閣下』。どうぞどうぞ」

 俺が隣の毛布を持ち上げると、ガウナーはこめかみを揉みつつ着席した。ニコが嬉しそうに絡みに行った所為で、いつものようにもみくちゃにされている。

 暴れる黒い毛玉の隙を縫いながら、ガウナーは俺に書類を渡してくる。受け取った書類を全員に配布した。

「どうだ? 炬燵は」

「暖かいが……これは、仕事をする気にならないんじゃないか?」

 全員の視線が泳いだ。

 彼の言うとおり居心地が良すぎるため、重要度の低い打ち合わせ場所か、食事の場所としてしか使えないでいる。

 宰相閣下は犬を別の場所に動かそうとしているのだが、ニコはガウナーの脚の間に陣取り、梃子でも動かない姿勢だ。

「リベリオ。ニコを外させてくれ」

「はは。いいじゃないか別に。いて困るものでもあるまいし」

 珈琲と菓子が渡されるに至って、堅物だったはずの宰相閣下も陥落した。包装を剥き、中身を口に運ぶ。

「まあ。いいか……提出してもらった改良魔術式の展開範囲だが────」

 どの範囲に展開するか、機密の程度など、いつもの打ち合わせが進んでいく。だが、途中で菓子が配られたり、珈琲が淹れ直されたり、とややのんびりした進行だ。

 かといって悪いことばかりではなく、全員が……特に部下たちが案を気軽に発言できているようである。

 炬燵に入っては遠慮も何もない、という、装置の別の効果を実感してしまった。また、ガウナーも同じことを感じているようだ。彼もまた、いつもと空気が違う気がする。

 打ち合わせが概ね終わりかけの頃、宰相閣下は珈琲を飲みつつ、ぽつりと話し出す。

「見知らぬ人物と会議をする上では、雪解け、と呼ばれる談笑の時間が大事だとされる。暖房装置だけあって、正に雪解けのようだったな。役職なしが多い会議や、重要度の低い打ち合わせなら、こちらのほうが話が弾むんじゃないか」

「そんなこと言って、自分が楽しかっただけだろ」

 つい屋敷でのそれに近い応対をしてしまったが、ガウナーは気恥ずかしそうに視線を逸らすばかりだった。

 布団の下で指を伸ばし、相手の掌を握って放す。たまにはこういう職場恋愛めいたやり取りも悪くない。

「ガウナー。折角だから、菓子を持って帰ってくれ」

 宰相閣下の上着の懐はリベリオ王子に菓子でぱんぱんにされ、ニコのお見送りを受けて伴侶は王宮へと戻っていった。

 炬燵の上を片付けていると、シフが興味深そうに呟く。

「昔より宰相閣下が柔らかくなったのは周知の事実なんですけど、今日の宰相閣下、いつにも増して美形垂れ流しのゆるっゆるでしたね」

「そうだったか?」

「代理は見慣れてるから」

 俺が屋敷での時間に近いような言動をしてしまった理由がようやく分かった気がした。ガウナーがあまりにも家での表情に近かったからだ。

 成程なあ、と言語化できなかった違和感の理由が分かり、ほっとする。

「確かに、俺相手だといっつもあんな感じだな」

「惚気ですか」

「いいだろ偶には」

「…………否定すらしないし」

 うんざりとした顔の部下に絡みにいくと、容赦なく魔術での食器洗いを押しつけられた。

 

 

 

 後日、ガウナーがいたく気に入ったらしい炬燵は、同じような品を魔装へ個人的に頼んで作ってもらっていた。

 常に置いてある訳ではないのだが、ガウナーのお菓子が上手くできた冬の日には日当たりのいい場所にわざわざ設置し、のんびりした時間を過ごしている。

 特に、ニコは炬燵があると絶対に中から出てこない。その様子を見たイワは苦笑とともに言うのだ。

「あたしの生まれた国では『犬は喜び庭駆け回り 猫は炬燵で丸くなる』って歌うもんですがねえ……」

「逆じゃなくて?」

 今日もニコはガウナーに抱かれ、おとなしく暖を取られている。二人とも表情はゆるゆるで、こちらに気づくと手招きされる。

「犬も猫も、暖かい場所がいいという事でしょうなあ」

「人もな」

「はは。違えねえ」

 呼ばれた場所に近づいていくと、何も言わずとも布団が持ち上げられる。脚を入れると中はやっぱり暖かかった。

 

 

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