キスをする日

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『ぱぱ、ちゅ』

『おとさん、ちゅ』

 

 小さかった頃の准也が、ちゅうにハマっていた時期があった。

 俺も隆さんも、見つかってはちゅーして、と強請られる。番はきっと今だけなんだろうな、なんて寂しそうに言いながら、役得だとばかりにちゅっちゅしていた。

 その結果か、幼少期のこの時期ほどではないが、家族間でのキスやハグは多い方だ。

 家族が増えた後も変化はなく……流石に唇ではないものの……里沙と円くんの間であっても、澪と円くんの間であっても距離は近い。俺はまだ鶴巻円の顔が近くにあることに慣れず、自分からの接触は控えさせてもらっているところだ。

 ただ、隆さんについては、あんまり照れはないのだろう。

「パパ。SNSにツーショ上げたいから、円ともっとくっついてよー」

 准也も円くんも今日は揃って実家に遊びに来ていて、昔みた映画を皆で見るのだと、隆さんの左右に准也と円くんが座っていた。俺は仕事の納期が間に合わず、近くのデスクで映画を流し見しながら、指先はパソコンのキーボードを叩いている。

 声を上げたのは里沙だった。手元に携帯電話を持ち、カメラのレンズを向けている。

 ちら、と視線を上げると、円くんが隆さんに近寄り、腕を組んだところだった。こてん、と肩に頭を預けている。その瞬間、彼はあどけない表情を作った。今の彼は、少し抜けたところのある好青年、に見える。

 パシャパシャ、とシャッター音が響いた。

「浮気だあ」

 准也がけらけらと笑いながら言う。は? と円くんの声が続いた。

「隆さんと浮気はまずないって。性格が合わないから」

「……本人の前でよく言うよ」

 隆さんは組んだ腕をぎりぎりと締め上げ、隣がギブアップを宣言するまでそうし続けた。陰険親父、と吐き捨てる円くんに遠慮はなく、また締め上げられかけて気持ちのこもっていない謝罪を述べた。

 好みの顔が二人もじゃれ合っている姿は目に優しい。舞台裏映像でこれが出てきたら画面の前で手を合わせるかもしれなかった。

 撮影が終わったとばかりに、准也も隆さんと腕を組み、甘えに掛かっている。

「うそー、仲良いじゃん。放っておいたらずーっと演技の話してるでしょ」

 里沙に言われ、二人ともが揃って否定する。

「演技の話はするだろ」

「そうそう、それは別」

 なあ、とお互いに言い合うその様子も息ぴったりだ。性格は違いながらも、仕事でも上手くやっているんだろうな、というのが窺えた。実際のところ、話題性の上でも共演の依頼が増えており、事務所で案件をかなり絞ってはいるらしい。

「浮気したら修羅場もいいとこよね」

 里沙はカメラを構えたまま下ろさない。SNS用の写真撮影から、家族写真の撮影に切り替わっているようだ。

「そうしたら僕、父さんと一緒に家出するもん」

「いいなあ。ハワイとかに逃げよう」

 俺の言葉に准也が、行くー! とソファから身を乗り出し、里沙に、行き先バレバレじゃん、と笑われている。いずれスケジュールが空いたら、家族で何処か旅行したいね、という話はしているので、実現するのもずっと先の話ではないだろう。

 映画なんてそっちのけで会話に集中してしまうのも、見過ごしたシーンを巻き戻してまた見直すことになるのも、よくあることだ。

 俺たちを眺めていた円くんが口を開く。

「俺ら置いてハワイだってさ」

「あり得る話だよね。誰かさんが婚約発表するから、おれの仕事も増えたし」

「良かったな。働きなパパ」

 けけけ、と円くんがそう言うと、隆さんは少し考え込むような間を置いた。そうして、整った目を僅かに見開く。何か、悪巧みを思いついたときの仕草だった。

 隆さんは腕を円くんの肩に回すと、そのまま頬に唇を寄せる。

「は…………?」

 円くんの間の抜けた声が響き、続いてパシャパシャパシャ、と里沙の携帯からシャッター音が連続で鳴った。准也は面白いものを見た、というように目を輝かせている。

 頬にキスをされた円くんはというと、ファーストキスでも奪われたような様子で、頬に手を当て、よろよろとソファに凭れた。

「………………ダメージでかい」

 俺は立ち上がると、里沙に撮った写真見せて、と画面を見せてもらった。これも上げちゃお、と呟く姉は容赦ない。

「ずるーい。パパ、僕も」

「喜んで」

 准也の頬にちゅ、とキスをする番は、にこにこと嬉しそうだった。えへへ、と満足げに笑った准也は立ち上がり、円くんの隣に座り直した。

「円、ちゅーしよ」

 円くんはジト目になると、ぐい、と両手で准也の肩を掴む。そのまま唇に噛みつくように口付けた。

 流石に舌は入らなかったものの、俺は驚きでちょっと口が開いてしまった。

「消毒」

「パパとはほっぺだったでしょ!」

「心が汚された……」

 もう、と頬を膨らませている准也に頭を撫でられ、気分が浮上したようだ。少し目尻が下がり、そのまま准也を抱き込んで嬉しそうにしている。

 隆さんは面白かったなあ、というように満足げだったが、その指はリモコンには行かず、こちらを手招きする。

「世津」

 なんだか悪巧みをしているであろう番が次に何をするかなんて分かってはいたものの、その招きに応じてゆっくりと近づいた。

 

きみつが
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坂みち // さか【傘路さか】
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