君と番になりたい訳ですが

きみつが
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※R18描写あり※
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この作品にはオメガバース、男性妊娠要素が含まれます。

 

 

【人物】 
 暮見 圭次(くれみ けいじ)
 須賀 優征(すが ゆうせい)
 
 鵜来(うらい)
 三嶌(みしま)

 

 

 

 須賀はいつでも俺に手を差し伸べる。俺はその差し伸べられた手に首を傾げ、そして視線を合わせて首を振る。

「圭次、俺と走ろう」

「いや、いいよ。須賀は足速いじゃん。俺、足遅いから別の人と組むよ」

 後に、この須賀を頼り切らない姿勢がもどかしいのだ、と本人は言う。

 

 

 

 高級住宅街の一角という実家の立地は、父親が建てた時には親戚中から、無理したなあ、と笑われた物件だったらしい。

 ベータの父親は直属の上司がアルファだったこともあり、かなりの高給取りではあったそうだ。それにしてもお金を掛けてまで、高級住宅地、という治安を重視した立地を選んだのは、ベータであろう妹よりも、幼い頃から筋肉が少なめでオメガであることが疑われていた俺を気遣っての選択でもあったのだろう。

 高級住宅地に入れるのは富裕層に属する人々か、その関係者ばかりだ。

 学生の間、馬鹿をやるのに門限をきっちり守り、この一角で生きていく限り俺には安穏が保証されている。

 自分の性が確定した書類を前に、一生ひとりで生きていこう、とこっそり誓った俺にとって、そこは暮らしやすい場所だった。

「────発情期、ってどんなもん?」

 携帯電話からびくりと顔を上げると、その言葉は俺に向けられたものではなかったようだ。俺は言葉を向けられた友人の答えを興味なさげに待った。

 言葉を向けられた友人の姉がオメガとして生まれ、先月アルファと婚約した、との事だったから、それを指しているのだろう。

 す、と携帯を弄る手は自然と止まった。

「すげーよ。我が姉ながら、あんな動けない姉見たことねえもん。俺らは年中やりたきゃ発情期だけどさー、あんなにはなんねえじゃん? 婚約者さんめっちゃ嬉しそうにねーちゃん連れてって。でも、しばらくお預かりしますって頭下げられた時、なんかぞわっとしたよ」

「ぞわって何?」

「睨まれた。たぶん、あんな状態のねーちゃん見んなってことでしょ。でも俺、弟なのよ? それから一週間やることやるんだろうから、すぐ子どもがーってなるんだろうな。ほんと別世界」

 まともに動けなくなり、一週間やることやる。ベータ性の間じゃ、確かに想像もつかない別世界だろう。

 俺は密かに震え上がり、日々大きくなる発情期への恐怖が更に増した。

 携帯電話を握り込む手の角度を変え、[発情期 オメガ]で検索してより良い抑制剤の情報を集める作業を再開する。

「須賀もさ、アルファならもうそろそろ発情期になったりしない?」

「でも須賀、一週間とか休まねえよな。まだなんかな」

 須賀、というワードに反応して、俺は再度顔を上げた。友人の視線は俺を向いている。

 須賀優征は俺の家のおとなりさんってやつで、家柄から見た目から行動から、はっきりと誰が見てもアルファだと分かる。

 お金持ち特有の当たりの強い性格も、当たりが弱い俺からすると羨ましい上に、一緒にいて変に気を遣わない。

 エスコート慣れした須賀と一緒にいると、上げ膳据え膳、うっかりしていると高い飯をスマートに奢られる。庶民の俺はちまちまと飲み物とかデザートを奢っては、恩を返し続けているところだ。

 父と食事をしている時にも、優征くんと番になったら幸せだろうなあ、としみじみと呟かれることがある。だが、俺が冷静に相手にも選ぶ権利があると思う、と言えば、父もそれもそうか、と納得するくらいには周囲も認める出来た友人だ。

 オメガだと言ってしまえば、友人関係すらも自分を番として狙っていたからだと取られかねない。だから、俺はまだ自分がオメガだということを須賀には言えていなかった。

 カミングアウトするためにも早く須賀は番を見つけてくれないだろうか、とぼんやり願っている。

「まだっぽいけど。聞くのなんかほら、探ってるみたいでやじゃん」

 俺は当たり障りのない答えを吐いた。

 須賀は学校でも有名人で、オメガだと公言している子からも追い回されている。

 周囲も須賀が誰を選ぶんだろう、と興味津々なのだが、須賀は実家の手伝いの日以外は時間通りに登校しているため、発情期に入ったことはないんだろう、というのが周囲の見解だった。

「俺が何?」

 後頭部に掌が押し付けられ、ぐいー、と前方に押された。友人達があちゃー、というように口元に手を当てたり、違うちがう、と手を振っている。

 大きな掌は、そのままわしゃわしゃと俺の髪をかき混ぜた。

 課題難しくなかったか? 写していいけど、と別の話題を挟まれ、俺は大丈夫、と手短に返す。

「ひとの発情期を嗅ぎ回るんじゃねえよ。お前、自分が夢精した日とか知られてえの?」

「えーやだー!」

「じゃあ探り入れんな。俺に相手ができたら、漏れ無く一週間はきっちり休むよ」

 須賀はその表情に悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の耳元で、暮見もな、と囁いた。

 低音が耳朶を撫ぜる感触に俺がそわっと背筋を震わせると、須賀は満足したように横から椅子を引いて腰掛ける。

 須賀の唐突な乱入に、空気がどっと沸いた。

 彼の見た目は王様で、人を従えるサマは王子様だが、学生の間に入って友達が少ないかと言われればそんなこともない。

 あれだけオメガに囲まれていて僻みを受けないのは、友人の間に入る時の須賀がガキ大将になるからだ。その様子すらもまた人を惹くのだから、須賀は立ち回りが上手いのだろう。

「なんか前兆とかねえの? ムラムラするとか」

「それがねえから嫌じゃね? いきなり勃ちっぱとか、まず学校来れねえわ」

 端正な顔立ちが、下世話な言葉を吐いた。

 げらげら笑う友人たちはそんな須賀を茶化しては、その背をばしばしと叩く。

 須賀が高飛車な王様だったら、思春期の学生達は彼を遠巻きにしただろう。

 けれど、須賀が低く通る声でどうやら下世話な話を面白そうに話していると、普段集まる友達以外もなんだなんだ、と寄ってくる。須賀というガキ大将はどうあっても人を集めるのだ。

「勃っても須賀なら、喜ぶ人いるかもね」

 俺がそう言いながら須賀がよく飲んでいる紅茶のパックを渡すと、須賀は紅茶を受け取りながら自然に肩を組む。

 須賀はもう片方の指先で俺の髪を弄ぶと、でもな、と椅子を揺らした。

 心臓がばくばくする。見目の良いアルファに接近されるだけでこれだ、自身がやっぱりオメガなのだと実感させられた。

 アルファから近づかれると、なんというか落ち着かない。特に須賀に近付かれると、本人がスキンシップ過多なタイプのためか更に落ち着かないのだ。

「俺わりと夢見るほうだから番以外に喜ばれてもな。ハーレムとかじゃなくこう、ひとりを甘やかしたいっていうか」

 ハーレムを持つような王様とは違った言葉だったが、須賀の表情はどこか真剣で、彼が本心からその言葉を発していることを知る。伴侶をひたすら大事に守りながら国を動かす、それはそれで王様らしいのか、と思い直した。

 須賀と友人になってから、張り合うことを考えたことはない。

 性格に周囲の環境、すべてが違う須賀を、ただただ尊敬してはすごいな、と偶像を見るように思うばかりだ。

「あー、ねーちゃんの婚約者もそんな感じだわ。みんなそうなの?」

「浪漫じゃねえ? 一週間さ。一番好きな相手を抱き潰すっつうの」

 抱き潰す、というワードに対して、無意識に身を引いて須賀から逃れる。

 須賀はきょとんとして腕を振り、手持ち無沙汰に紅茶のストローをべり、と剥いだ。俺は過剰反応だった、とはっとして表情を作り直す。

 こちらに向けた言葉ではないというのに、俺の本能が避けたがったのだろうか。

「なんか鼻の下伸びてんだけど須賀ー、もう相手見つかってんの?」

 誤魔化すようにへらへらと笑う俺に、須賀はストローを噛んだまま、にやあ、と大げさに口元を引き上げる。

 まさか、と俺は内心慌てた。

 友達付き合いも良く、実家の仕事も手伝い、たまに俺の家の飯が食いたいとか言いつつ、うちの妹をきゃあきゃあとはしゃがせていた須賀に番を探す時間があったとは思えなかった。

 だが、この様子では既に『捕まえている』ということだろう。

「そりゃあ当然だろ。けっこう前から決めた相手いるじゃん俺」

 王様の問題発言はその日一日で、瞬く間に学校を駆け巡った。

 

 

 

 須賀の問題発言の所為で、俺のところにも『あれ本当なの!?』と悲鳴混じりの声が届き、その度に『マジです』と答え続けるというこれ以上ないモテモテな一日だった。

 マジです、と言っている俺自身がマジかー、という気持ちなのだから、俺に聞いてきた人々は総じて悲鳴を上げ、私の須賀くんが! くらいの勢いだった。

 お前の須賀ではないし、俺の須賀でもないので安心してほしい。

「須賀さんに番できたってマジ!?」

「おう、大マジ。筑前煮あとちょっとこっちに寄越して」

 もしゃもしゃと妹が呆然と差し出した筑前煮を咀嚼しながら、いやあぁ、とその他大勢と同じく悲鳴を上げる母を容赦なく押しやり、麦茶を注いで飲み干す。

 妹も母もまた、あの須賀をずっと近くで見ている所為で、間違いなく須賀のファンだった。

「てか、なんで母さんまで悲鳴上げんの……?」

「圭次とくっついてくれれば義理の母だったのに!」

「俺は須賀狙ってなかったもん!」

 母が、えー、とがっかりするのをげんなりと眺めながら、向こうにも選ぶ権利あるでしょ、と言うと、横できんぴらをつついていた父も、須賀さんとこ本当にお金持ちだしねえ、と続けた。

 なあ、と言い合う父子の意見は一致している。ハイスペックにはハイスペックな番がいくのだろう、というのがゴシップ誌を読む一般庶民の感覚だ。

「てか、帰りに須賀の家行ってお手伝いの三嶌さんに聞いたらさ。すっげえ納得、って顔しながら『あぁ、ぼっちゃまの部屋、大改修だったんですよ。それでだったんですね』って余り物のクッキーくれたよ」

 須賀家の使用人さん達は太っ腹な賃金か、休みの取りやすい理解のある職場だからか、あまり入れ替わることがない。俺が小さい頃から、あの家でかくてかっこいい! と忍び込んでいた時も、親切にとっ捕まえて家に送り帰してくれていた。

 その後、須賀とも仲良くなると、追い出すのもなんだかなあ、ぼっちゃまの友人だし、と、お菓子で釣られ、須賀の部屋にぺいっと放り込まれるようになった。

 執事の鵜来さんが屋敷のセキュリティに『暮見圭次』を家族として登録してくれたため、あの家のセキュリティ的に俺は最上位で、須賀の部屋にも最短距離で駆け込むことができるし、億単位の通帳類があるメイン金庫だって開くかもしれない。

「圭次、あんた須賀さんとこまた突撃したの!?」

「美味しい余り物のお菓子すぐ食わせてくれてあの家好き。でさぁ」

 俺はテーブルの端から貰った菓子を引き出すと、ぱりぱりとそれを齧った。普段そこまで菓子の匂いのしないあの家が、その匂いに満ちていた。

 なんだか大きなスイーツを作っているような様子に、俺は疑問に思ってそれを三嶌さんに問うたのだ。

「なんかその番の人? お菓子すっごく好きみたいで、発情期ずっとこっちに来てもらうならせめてお菓子くらいレパートリー増やさなきゃって頑張ってるみたい。明日も余るだろうから食べに来ていいって」

「いいなお兄ちゃん、私も行きたい!」

「おう行って来い、なんか試作多くてめっちゃ種類あった」

 やったあ、と現金にも喜ぶ妹を横目に、お前お菓子があれば須賀どうでもいいのかよ、と思ったのだが、俺はそれをクッキーと共に噛み砕いた。

 お菓子を貰えるのは非常に良いことなのだが、あまり須賀の家には行きたくなくなっていた。

 須賀の番になるらしい人を一生懸命に喜んで迎えよう、というあの空気がどうも居た堪れなかったし、そのうち屋敷のセキュリティ登録からも外してもらうつもりでいる。

 スイーツ好きな、可愛い番がいるかもしれない部屋に家族以外が入る余地があってはまずかろう。

 おや、とぎゅっと服の胸元を握りしめる。

 ぱりぱり齧るクッキーも風味が落ちたように感じて、俺はがりがりと勿体無く噛みしめ、麦茶でがんがん流し込む。

 そうやって自棄食いで食事を消化していると、ぽん、と隣から掌が頭に置かれた。

「圭次くんが須賀く……優征くんのことを話す時、ものすごく茶化しながら話すから、これは本当になんとも思ってないのかな、とかお父さん不安だったんだけどさ」

「……いやー、友達だから。そんなに寂しくないと思ってたけど、うっかり寂しいもんだね」

「……だねえ。こうやって子どもは巣立っていくんだねえ」

 多少ちぐはぐな父と俺の会話を聞きながら、女性陣は、はあ、と溜め息をついた。

 妹に至ってはお兄ちゃんってほんと鈍い、とぶつぶつ呟いては、寝るまで俺を須賀関連でちくちくとつつき続けた。

 

 

 

 おや、と身体の異変に気づいたのは数日後の朝だ。

 須賀の番騒動も本人が実家の手伝いで学校に来なくなって鎮火して、俺も須賀の家には行かなくなった頃のことだった。

 吐く息が熱く、布団から起き上がろうとして、ぐらりと傾いで倒れ込む。

 今すぐ俺自身を擦りたくて仕方が無い、というこの強い衝動には、知識上は思い当たるものがあって、速攻で頭を抱えた。

「須賀とかそんなこと気にしてる場合じゃなかった……。あぁ抑制剤……」

 評判の良い抑制剤、をブックマークしていたはずなのに、今どうせ注文しても届くのは明日だろう。

 俺は布団で身体をぐるぐる巻きにしたまま、慌ててぴしゃりと窓を閉じる。そのまましゃがみ込むと、ごろりと横になって携帯を握った。

 友人に休みます、と連絡を送って、父に発情期きたっぽいから部屋に来ないで、と電話して、届いている連絡は一旦無視して抑制剤の注文をして、ぐるぐると布団を巻きつけて籠城を決め込む。

「抑制剤なーい。……時は、アルファ。アルファなぁ……須賀とかなー……?」

 須賀、いないかな、と思った。ちょっとばかし気でも狂って、火遊びしてくれないかなと思った。

 アルファの心当たりも他になければ、家族以外で唯一頼れるのが須賀だ。

 友達だ友達だ、と言って、一生独りで生きていこう、と決めて。薬に頼っていこうと思ってきたはずなのに、楽な道へ意識が流される。

 須賀を望むのはどうせ発情期のせいでしかなくて、終わってしまえば須賀なんてどうでもいい、はずだ。

「いや、なんか、発情期より前にも番がいることにショック受けてたような、気も、するけど」

 オメガだと書類を見てショックを受けつつ一人で生きていくんだ、と決めて、そうやって気を張っていた俺が、唯一気を抜けるのが須賀の隣にいた時だった。

 扉を開けてくれて、重いものを持ってくれて、どうやってもオメガは筋肉が付かないことを嫌だな、と考えるより先に、須賀が荷物を掻っ攫う。

 須賀はいい奴で、かっこよくて、俺自身と比べると、釣り合うことを期待する気持ちは月日を重ねる度にじりじり凍った。

 相手にも、選ぶ権利はあるだろう、と。須賀くらい遠い人なら、俺を選ぶことはないだろう、と。俺は可哀想な自分を卑屈に慰め続けていた。

 ごろり、と横になり、自身に手を伸ばす。

 番どうこうという衝撃からおかずが須賀になりそうで嫌気が差したが、背に腹は代えられない、とえろかった時の須賀を思い返す。

 俺が熱に浮かされて拙い手つきで慰めていると、階下からばん、と扉を乱暴に開く音がした。父と母と、別の誰かが言い合う声が聞こえる。

 俺はぱっとズボンから手を引き抜くと、布団から顔を出す。

 がたん、ばたん、と扉が更に開閉し、どかどかと階段を駆け上がる音がした。俺はうろうろと視線を彷徨わせ、ひとまず服を引っ張って整える。

 妹の部屋を通り越して俺の部屋に向かってくる足音に、え? え? とパニックになっていると、俺の部屋の扉が階下から聞こえたように、ばん、という音で開く。

「暮見、なんで連絡返さねえんだよ!」

「……ぎゃー! 須賀だー!!」

 抑制剤、ない。隠すもの、ない。部屋には俺自身の匂いが満ちている。

 すん、と鼻を動かした須賀は、すんすん、と息を吸い込むと、ざーっと顔を青褪めさせる俺と対照的に、にやあ、と意地の悪い笑みを浮かべた。ずかずかと遠慮無く近づいてくる須賀に対してひぃいい、と心の中で悲鳴を上げながら布団を被る。

 診断書を握り潰して無くしたって言って、オメガだって隠してたのはいつからだ、怒られる未来が見えて震え上がった。

 須賀は、俺が隠し事をすると非常に機嫌が悪くなるのだ。

「暮見よ、ここからオメガの匂いがするんだが」

「……き、気の所為じゃないでしょうかね……」

「気の所為なもんか。朝になって窓を開けたら、隣の家から匂ってな。匂いを辿って来たんだわ」

 がば、と布団が持ち上げられて、俺は床の上に転がる。体勢を立て直して須賀と視線を合わせようとしたが、それより先に抱え上げられた。

 視界がぐるんと反転し、手足をばたつかせるが、落とすぞ、という脅しの前ではそれ以上の抵抗は止めざるをえなかった。

「……っ、ごめん黙ってて! でも須賀がオメガの子からモーション受けて面倒とか言ってたし、なんか同じと思われると嫌で言い出し辛くて……ぎゃっ!」

 掌が俺の尻をがしっと掴み、その感触に悲鳴を上げる。

 須賀はとんとんと階段を降りると、俺の両親に向かって『一週間くらいお預かりします。学校への連絡頼みます』と軽く頭を下げ、あっさり通り過ぎた。

 俺が両親と視線を合わせると、父は心得たとばかりにひらりと手を振り、母は頑張れ、とサムズアップしていた。

 いったいナニを頑張ればいいのか、よく分からない上に、いつの間に須賀が預かるとか預からないとかいう話になったのだろう。

 俺は混乱したまま、びくびくと腕の中で身を縮こめた。

 

 

 

 俺が何を言おうが喚こうが無言のまま、隣の須賀邸に連れ込まれた。

 お手伝いさんがぎょっとしたように俺を見る。頭を下げると、ああ、と何かを納得したように頭を下げ返された。

 須賀はお手伝いさんの様子を気にすることなく、自身の部屋に俺を連れ込むと、一旦ベッドへぽいっと放り投げる。

「あのな!」

「……こういうの、やったことある? 俺ないけどなんとかなるかな。やってみよ」

 須賀は服の質は良いものの言ってみればパジャマ姿で、がばっと上着を脱げば割れた腹筋が覗く。

 そういう俺もまたパジャマなのだが、伸ばされた腕が俺のパジャマの上着を捲り上げたあたりで、がしっとその腕を掴む。

 ストップ、待って、と何度も言っては呼吸を落ち着け、ようやく口を開いた。

「……ひ、火遊びしてくれんの? お、俺と?」

「火遊び?」

 ざっと須賀のテンションが下がるのが、手に取るように分かる。眉を顰め、俺の上着を掴む腕にぎりぎりと強い力が加わった。

 やっぱりからかわれてたんだ、と俺は慌ててフォローすべく手を離す。

「ご、ごめ。いくら火遊びでも相手が俺とか嫌だよな。知ってた! からかわれてるのは知ってた! あの、そろそろ学校に行かないと遅刻……」

「火遊び、からかわれてる、……遅刻?」

 言葉を淡々と吐く須賀は、俺の肩を押して寝台に押し付けると、ゆーっくりと単語を呟いては溜息をつく。

 俺は須賀らしくない様子にきょろきょろと忙しなく視線を動かしつつも、どう動くかわからない須賀の指先をにぎにぎして、やんわり押し留めた。

「遅刻はしない。お前は今日から休むんだ。からかってもいない、至って本気だ。あと火遊びっつうのは心外だなァ? 圭次くんよ」

「で、ですよね。いや、あの俺、薬飲まないと発情期なのね!?」

 あれ? 話が通じてないや、と一生懸命伝えようと思考を巡らせ、須賀の指先をゆるゆると阻み続ける。

 須賀はその戯れを面白がっているのか、しばらくそれに付き合ってくれていた。だが、しばらくして飽きたらしく、ぺいっと俺の指を片手で放り、がばっとパジャマを捲り上げる。

「うん。お前ほっせえな」

「服捲らないで! ……で、あの、勃つ、勃っちゃうん、だよね。だから俺ひとりにして」

「やることやったら治まるだろ」

 須賀が『やろう』とすることに心当たりはあるのだが、火遊びしてくれないと言った割に『やることやろう』としている、という言葉の矛盾に、俺はあっぷあっぷとどもり続ける。

 捲り上げられた腹がひんやりするのと裏腹に、俺の顔は熱くて仕方が無い。

「あ、あ、相手いないから!」

「目の前にいるだろ?」

「でも火遊びってのは心外だって」

「本気だから」

 須賀の価値観はよくわからない。

 数千円のランチを『コスパ良いな』とか言いつつ食べ尽くしてさらっと奢ってくれたかと思えば、俺が食べたいと熱望したファーストフードを『なんでこんなに安く提供できるんだ』と言葉を吐きつつ食べ尽くす日もある。そんな日に彼が断る須賀家の食事は、一食で数万取るような店で働いた歴戦の猛者が用意するそれだ。

 その須賀が火遊びじゃなくて本気で俺と『やろう』としている、というのが、立場が違いすぎて飲み込みづらい。

「……須賀、は、俺、と? えろいことしたい、の?」

「お前が発情期になったらスタートダッシュをキメて、さっさと既成事実化したらうっかり結婚できねえかなって思ってたけど」

「えぐいわ!!」

 胸に指先が這うと、ぐり、と先っぽを捻られる。

 からかうような、与えるためのそれではない動作にも、俺は大げさに身体を跳ねさせ、くすくすと笑い声が響いた。

 ぺちゃぺちゃと水音が響き始めると、照れで須賀の表情すら窺えない。

 ごそごそと布が擦れる音が、粘膜を擦る淡い感触が脳内を本能で支配しようとするのに、意地を張って抗おうとする自身が滑稽ですらあった。

「お、俺はあれだぞ。重いぞ! 須賀の番がどうとか聞いて嫉妬してっからな! モテても浮気も駄目な!」

「勿論、取り敢えず籍入れよう。お前から学ぶ機会を奪ったり家庭に縛ったりするつもりはない、ただ、俺の目がある程度届く範囲で仕事を選んで子どもは正直けっこう欲し……」

「重いわ!!」

 予想と違う言葉がぽんぽん返って来る事態に困惑を極めながら、須賀はどうやら至って真面目に俺を番として大事にするつもりである旨は掬い取る。だが、身体を任せても良いのかというのは悩ましい。

 須賀の指先がす、と鍛えてもいない腹を通って、下の服すらも奪い取られる。指は俺自身を通り過ぎ、全く意識もしていなかった後腔に触れた。

 反射的に、ばしりと腕を叩く。

「やだ」

「やだ、と言われても。俺はやりたい」

 須賀はベッドヘッドの引き出しからクリームが入った丸缶を取り出すと、太腿で俺の身体を跨いで動きを封じる。

 かぱ、と蓋の開く音がとどめだった。指先でぬとぬととクリームの具合を確かめる須賀は、謝罪も要望も制止も聞かないに違いない。

「ゆび、指いれんな……ひいっ!」

 ぐ、とぬるつく指先を埋めた須賀に腕の中でばたばたと暴れるが、両手両足を押さえこまれてはぐりぐりと暴かれる。

 此処がいいの? と耳に触れながら囁かれ、ぐちぐちとわざと音を立てるように拡げられてしまっては、悲鳴を上げることもできない。

「やだ、……ぁ、や! そこやだ!」

「この辺が気持ちいいのか? もうちょっと押してみるか」

 骨ばった指先と、ささくれのちりちりとした感触がごりごりと内壁を擦っては進んでいく。

 気持ちいい、と一瞬でも思ってしまうと、嫌だと反射的に口に出してしまって、その場所をぐい、と押されて窮地に陥る。

 もう一つの腕は俺自身の先端をぐりぐりと苛め抜き、ぬるつく液体を吐き出させては宥めるように掌で擦られた。

「…………あっ、っゃ、やだっ! 触ンな……そこ触んないでっ!」

「ぎゅーって、いま指を食んだの分かった? なあ、指より太いものだともっと気持ちいいと思うが、どうだろう圭次くん」

 はー、と長い息を吐いて呼吸を落ち着けようとすると、前後する動きを加えられ、明らかに挿入を意識させる動きに慌てて爪を立てる。

 は、は、と息を吐いて、やめて、と繰り返して、それを押し返すように、その先を促すようにぐちゃぐちゃと音が鳴る。空いた指で袋を揉みしだかれるのもまた辛くて、下半身の感覚が薄くなっていった。

「……い、気持ちい、けどもう……俺もう気持ちいいから……やだぁっ……!」

 完全に逃げを打つ俺の身体を押さえつけてねじ伏せ、竿を擦り、後ろの刺激を引き出しながら拡げていく。

 この先はもっと気持ちいいぞ、と熱を孕んだ声が耳を犯す度、指を食い締める。

 うぇっ、えっと俺はすすり泣いて、この先はいやだと訴える。

 もう気持ちいいのに、これ以上の未知数な刺激は怖い。こんなにどろどろと体液を溢れさせたことはない。快楽に溺れたこともない。

「じゃあ……っ、そうだな。俺のを口でやってくれたらここで止めてもいい」

「……ン、うんっ! ……す、する!」

 ちゅぽ、と後ろから指を抜かれて、俺はがくんと身体を倒す。ちりちりと熱が残った身体は辛くて、先程まで閉じていたはずの孔がぱくぱくとひらいて閉じない。

 須賀は俺の脇に手を入れて寝台に座らせると、自身の凶器を持ち上げ、俺に慰めるよう求める。

「かたい」

「……お前にどんどん引き摺られてんの。我慢してんだよ」

 両手で握り締めると、ずっしりとした重量感に慌てた。どうしたらいいかと目線を合わせる。

 須賀は口元に笑みを浮かべるだけで、指示しようとする気配はない。ぱく、と口に含んで舌先で転がす。

 思ったよりも抵抗感がなく、俺はこうされたら良かった、と思い出しながら、皮の周りを擦り、先端を突く。

 唾液とは違う匂いが鼻を抜け、口に入れた時よりも膨れるそれを、慌てて喉の奥に迎え入れた。

「らめ? ひもち、よくな……ぃの?」

「……っ、上手。でも、ちょっと残念というか……下も気持ちよかっただろうになー……」

 ちゅっちゅっと口付けて、ぢゅっと啜り、口に飲み込む。膨れていくこれを挿れる、のが悦いのは分かる。

 指先でもあれだけ良かったのに、まだ膨れる気配を見せるこれが入ったら意識が飛びそうだ。

「い、れたい……?」

「興味あってもいいだろ?」

 そっか、と俺は須賀自身を口の中で育てながら俯く。

 あまりにも待たせたものだから、興味を募らせてしまったのかもしれない。俺は顔を紅潮させながら、先端から唇を離す。

「わ、かった……。最後までしても、いい……よ」

 その瞬間、須賀の口角がつり上がったのを見た。騙された、と俺が意識した瞬間には、体勢が入れ替わって、俺は寝台に押し付けられていた。

 ぬめりを加えるのが見える須賀の怒張は、最初のそれよりも育ちきっていて、さっきのほうがまだマシだったかもしれない。

「騙し……ぃ……っつ、やだぁあああっ! んぅ……ぐっ!」

「あれだけ拡げたのにまだ狭いな、まだ先端だけだ……。ッ、頑張れ」

 押し付けられた先っぽが、ぐずりと埋まる。

 ちょっと入っちゃった、と愕然とする俺の心情を慮ること無く、今まで迎え入れたことのない場所にみしみしと肉が埋まる。

 ずっ、ずっとぬるつくものを足されて、腰を細かく押し付けられながら身体の内側が征されていく。

「んっ、んっ、……うぅ……や、やだ、やだよ。須賀重い、太いぃ……っひン!」

「上も下もうまいな。……もっと、苛めたく……なる、よ、っ!」

 ずん、と衝撃とともに下の毛が触れる感触がした。埋まってしまった、と涙で視界が滲む。

 ずるりと動く胎内の動きが重たくて、奥の奥まで届いてしまっていて、思わず腹に手を当てた。須賀は俺の様子に目を細める。

 際限なくみっちりと肉が埋まった感覚が恐ろしくて、体格差が憎らしい。

「やっ……やだぁ、おなか、やぶれ……っ!」

「だい、じょうぶ。ほら、ぐりぐりって、しても、破れないっ、……だろ!」

「あぁ……っ!」

 逃げようとずり上がる腰を両腕で掴み、肚の中をかき回すようにぶつけられる。ひっ、ひっと泣き喚くのに、やめてくれない彼を見るのは初めてだった。

 愉悦を全面に押し出すような馬鹿な真似はしなくとも、須賀はきっと腹の中で心から笑っているに違いない。

「がんがん行ってもいい?」

「……だめにきま……やぁあ……!」

 その背に爪を立てて、やだ、やめてよ、やめて、と声に出すのに、止めないどころかずっずっと、抽送の速度は止まらない。

 うわぁあんと子どものように俺が泣くのに、須賀はそれを嬉しそうに眺めては凶器を肚の奥に押し付け、引き抜いて、また押し付ける。

 初めてだとか言っていた所為か、最初は試すように最奥を確かめていたが、暫く繰り返していると慣れたのか動きも速まる。

「んっ……、また、また膨らんだァ……! もう無理……!」

「……大丈夫だ。もう出る」

 びくん、と背を揺らして、爪先を寝台に押し付けた。潤んだ目元を見開く。

 声の響きにこわい、と声に出さずに呟いて、逃げようとシーツを蹴っても、爪先は質の良い生地の上で滑り、腰を掴む腕は緩まない。

 限界まで膨れ上がって、みちみちと拡がった内壁を再度埋め尽くす。

「あぁぁあ……ン! やぁぁあああああぁ────っ!!」

 びゅーっと胎内が熱いもので犯されていく。

 抜こうと足掻く俺にそれを擦り付けるように、敏感になった内部に何度もごりごりと押し付ける。

 あ、あ、と閉じない口から精一杯呼吸しようとする俺を、まだ足りないとでもいうようになんども満たす。

 俺は首を振って、離して、と泣いた。

「……いった? ね……も、もう、い、ね? い、よね? 俺…………ひぃッ!」

 また、縮んだはずのそれが硬度を増す。ちょっと膨れて、ちょっと動いている間にだ。俺が真っ青になる中、須賀はなんだか意地悪い笑みを浮かべながらがぶりと耳を食んだ。

 べろ、と耳裏まで食べつくすように味わって、須賀は声を跳ねさせた。

「悪い。ちょっと押し付けてたら、もう復帰できそう……で!」

「……あンっ!」

 肚の中でゆるゆると形が変わる感触が生々しい。

 もういいです、もういいです、と何度喚いても彼自身は抜かれなくて、ぬるつく寝台の感触とどろどろ溢れるものを忌々しく思いながら、揺さぶられ続けた。

 

 

 

 一週間、ほんとうに長かった。

 考えることはえろっちいことばかりで、性欲がここまで膨れ上がることがあってたまるか、というほど須賀は盛り上がって、俺も応えて、理性で生きていなかった。

 突っ込んで、出して、一息ついたと思えばまたむず痒くなる。

 食事すら碌に意識すること無く、繋がって、汗を流して、落ち着いたと思って一息つくと背を舐められては寝台に引き戻され続けた。

「……須賀。幸せ家族計画を聞いてて何だけど、てめえには避妊の知識もないのかね」

「在学中に二人と、働き出して落ち着いてからあと二人くらい欲しい訳で」

 出しましたか、と問うと出しました、と素直に答える須賀がいた。須賀の俺をちょっとばかし蔑ろにするつもりもなくすっ飛ばすあたりは、やはりアルファの傲慢さとも言うべきか。

 俺はこれと付き合っていくのか、と考えると、アルファに頼らず一人で生きていこうと心に決めたあの頃の自分はきっと間違ってもいなかった。

 俺はううんと首を傾ける。そもそも、そもそもだ、須賀はまだ俺にきちんと告白をしてくれていないのは分かっているのだろうか。

 そして、俺がそれに答えるか答えないかとか、そういうことをすっ飛ばしているのを分かってはくれているのだろうか。

 付き合ってと言われればうんと言う。結婚してくれと言われても、まあ長年の付き合いだ上手くいくだろう、うんと言ってもいい。

 でも、なんだか発情期で子どもが出来たからとかそういう理由で、付き合いとか結婚だとかを考えたくはないのだった。

 それはお互い好き合った先にありたい訳だ。

「須賀は俺が好きだとか、言ってくれないね」

「…………え?」

「一週間前まで、俺たち友達やってたのに。結婚とか、その前に須賀は俺を好きだってことを俺に主張すべきじゃない? 俺は須賀と一生お付き合いできるか、言葉もなくどうやって判断すればいいの?」

 須賀は一頻り言葉を選んで目を瞬かせ、すっと息を吸う。

「お前はよく笑う。その割に俺を頼ってはくれなくて、俺はお前を大事にするのに必死だったよ。でも、大切にするのに一生懸命になっても、お前は『俺なんかいいから』と言っては遠ざける。近付くのをどうやったら許して貰えるのか。……結局、お前は俺の事を頼らずに発情期を迎えてしまったし、色々とうやむやなままお前と寝た」

「……うん」

「ずっと、好きだったんだ。大事にさせてほしかった」

「……で、なんで出したの? ゴムは?」

「………………」

 発情期という、種を残そうと最大限に欲が高まる時期であったことは考慮する。ただ、ゴムの一つやふたつ頭の片ッ端にでも置いておくべきなのだ。

 にーっこり、と肚に黒いものを隠して笑うと、須賀は俺を丸め込もうとでもするように、おおきな掌で身体ごと抱き込んだ。

「俺の家族設計では、あと一年後に子どもが生まれてるんですが」

「子沢山なのはいいことだ。俺はいいって言ってないけどな!」

 須賀は嫌そうに避妊薬らしき薬包を差し出してくるが、使って欲しい訳でもなさそうなのでそれを使うかどうかは保留にした。

 もしかしたら、使わない未来を選ぶことになるかもしれない。

「仕方ないなあ……」

 べったりと俺に触れ、ちゅっちゅとキスを降らせる須賀は発情期が終わったのに股間が張り詰めている。

 数日前まで友達だったのが嘘のように距離感が近い……いや距離感は昔から零ではあったのだと思い返す。

 一週間触れ合っていれば最早うんざり感さえも湧き始めるが、言ってみれば蜜月の筈であり、距離感の近さも触れることも、俺が受け入れてさえいればいつからでもこうしたかったと言わんばかりだ。

「子どもがいるとお前に手を出す輩だって減る。お前に似てる顔だって見られる。目に見える形でお前が伴侶だって触れ回れるんだぞ。お前の子どもを合法的に可愛がれるんだ。明日にでも欲しい」

「……俺を独り占めできなくなるとか考えないの?」

「お前を独り占めするのは子どもがいてもする。独り占めしつつ子どもを撫でくり回す度量くらいある」

 俺は遠い目でそっかー、と呟いたのだが、これで今後、不安になることはなさそうだとぼんやり思った。

 一人で生きていかなくてもいい、須賀は寄りかかってもいい人間なのだと、俺の位置の中で絶対的な場所に須賀が勝手に居座ってしまった。

「……信じてくれるか?」

「うん、ちょっとは信じてもいい」

 鼻先にちゅ、とキスが降る。

「……まず、お付き合いがしたい」

「……うん、いいけど」

 

 

 

 俺たぶん昔から好きなんだよ須賀のこと、とぽつりと呟くと、珍しく須賀が照れて肩に顔を押し付けてきたので、俺はめいっぱい須賀を抱き締めてやった。

 

 

 

きみつが
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坂みち // さか【傘路さか】
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