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永登と同居が始まったのは、番になって、そう時間も経っていない頃だった。
お互いの両親の顔合わせが済み、晴れて婚約者と同居、という形で僕が相手のマンションに転がり込むことになったのだ。
そうやって二人暮らしのリズムに慣れてきた頃、怪獣は現れた。
「こんにちは。映画を観に来ました」
玄関先で、差し入れ、と与えられた箱には高級洋菓子店のケーキがどっさりと詰まっていた。
僕が来訪の予定を聞いたのは数日前のことだ。来訪者の名前を聞き、飲んでいたコップを落とすところだった。
ケーキの箱をダイニングテーブルに置き、連れ立って入ってくる長身の美形二人をぼうっと眺める。
「うわ。…………本物だ」
「はは。本物だよ」
「稔くん、俺にはそんなこと言わないくせに」
叶隆生と村雨映人。もとい鹿生隆と村雨永登は、鹿生さんが見たかった入手困難な映画のディスクをちょうど永登が持っていたため観に来たらしい。
美形が一人でも朝目覚めた時たまに驚くのに、二人になると映画のスクリーンでも見ているようだ。
永登はお湯の準備があることが分かると、お茶を淹れ始める。僕は鹿生さんに椅子を勧め、ケーキと皿の準備をした。
「二人暮らしだって言うから、どんな新居かと思ったら。見慣れた新居だなあ」
鹿生さんの言葉には、永登が返事をする。
「稔くんが、二人暮らししてみないと必要な間取りが分からない、って言うから、取りあえず一緒に暮らしてみることにしたんだよ」
実際に暮らしてみると、元の自分の部屋が狭すぎたのか、むしろ生活スペースが増えて不満は欠片もなかった。
もう引っ越しは必要ないんじゃないか、とは思うが、その場では黙る。
「この家には何度も来たことあるんですか?」
「敬語」
つい芸能人相手、という感覚が先に来てしまうのだが、その芸能人本人から肩が凝るので敬語はやめてくれと言われている。
こほん、と無駄な咳払いをして、言葉を訂正する。
「この家には何度も来たことあるのか?」
「そりゃあもう。この家、映画のディスクがたくさんあるから」
書斎の棚には大量のディスクが並んでいる。僕の持ち物と照合して、重複したものは実家に渡したりしたが、かなり骨が折れた。
ティーポットを運び終えた永登は、続けて茶器を温めている。
「隆とは映画の見方が違うからさ。端から見ると喧嘩みたいな映画談義してたな」
「あったあった。若かったな」
二人とも声がよく通り、所作も美しい。見慣れた家で、テレビ番組のインタビュー企画でも見ているような気分になった。
お茶とケーキの準備が整うと、そんな二人と席を囲むことになる。
「ケーキいただきます」
「どうぞ。……といっても、永登に選ばせたよ」
やけに僕の好きなケーキが多いなと思っていたら、番の助言あっての結果らしい。有り難くショートケーキを頂いた。
教科書通りに淹れられたかのような紅茶の香りも素晴らしく、ケーキの甘さを適度に和らげてくれる。
「美味しい。二人ともありがとうな」
「いえいえ」
にこにこと上機嫌な鹿生さんだが、番の方はじっとりと会話をする僕たちに視線を向けてくる。
おそらく嫉妬なのだろうが、番持ちと自分の番に対して向けるにしては余りにも無意味に思える警戒だった。
「永登」
「……なに?」
「僕の番は永登以外に有り得ないし、そんなにジト目で睨んでも何にもならないと思う」
手を伸ばして相手の手を握ると、気分が良くなったようだ。にこにこと笑って、繋いだままの手を上下に振ってくる。
来訪者が置いてけぼりだった、と視線を戻すと、鹿生さんの瞳に羨ましげな色を見る。
「…………なにか?」
「いやぁ。うちの番は面食いで、村雨映人の顔も好んで見るから、山吹くんみたいにおれの顔に興味がないのが羨ましいなと思って」
「興味がない事はないが、正直、近くで見るとオーラに圧倒されてる。圧、っていうのか、キャーキャーやる心の余裕がないな」
二枚目と三枚目をメイクと演技で多彩に行き来する村雨映人と違って、叶隆生に降ってくる仕事は殆どが二枚目で主役級だ。それほど顔面やオーラに圧があり、脇役でも妙に印象に残る人物になりがちだった。
演者としては欠点、と本人が語るほど、顔立ちと立ち振る舞いの華は群を抜いている。
「うちの番って、もしかして肝が据わっているのかな」
鹿生さんは首を傾げながら、妙に大人しくモンブランを割っている。相手の減った紅茶を慰めるように注ぎ足した。
「永登は鹿生さんの番と会ったことあるのか?」
「うん。テレビでいう一般の方なんだけど、優しそうな人だったよ。確かに、興味深げに顔を見られたかもしれないなぁ」
見られる側からすると気にするほどでもない見方なのだろうが、番である鹿生さんにとっては気が気ではないのかもしれない。
永登の言葉に、らしくもなく肩を丸める鹿生さんがいた。
「おれ、付き合う前に彼に一度逃げられかけてて……」
「何したんだよ」
永登が愉しそうに尋ねる。
「番としての関係をはっきりさせておかなかった、ってところかな。実家に帰られて、運良く見つけ出せたから良かったものの。確かに、一度決めると動かないところは、肝が据わっているのかもしれないね」
あの叶隆生を置いて家に帰ることのできる人物は想像が付かなかったが、話を聞く限りではとんでもない人物のように思えた。
「今日はお子さんは?」
ニュース番組からの情報だが、普段は娘を鹿生さんが見ている時間も多いと聞いている。
「世津……番が実家に顔見せに連れていったよ」
「もう帰ってこないんじゃないか?」
会話の流れ上、洒落にならない洒落を言った永登は鹿生さんから容赦なくどつかれていた。自業自得だった。
ケーキを食べ終わると、永登が映画のディスクを持ってくる。僕も同席していい、と言われているので、無駄に広くて座席の多いソファに腰掛ける。
永登を挟むように腰掛けた鹿生さんは、冗談めかしてうちの番に寄りかかる。様子を窺うように視線を向けられるが、僕は代わりに携帯電話を構えた。
「写真撮っていいか?」
「いいよ。あとで送って」
鹿生さんは、永登との仲良さそうな腕組みまでオマケしてくれた。嫉妬を期待する番だったが、僕が楽しそうに撮影しているのを見て諦めている。
映画が始まると、三人して黙った。古い怪獣映画で、まだ3D技術も使われていない、白黒映画だった。永登も久しぶりに見るようで、展開への反応が新鮮だ。
おそらくジオラマを使った街の破壊シーンも、どう造ったのか不思議に思うほど自然だ。
「いやぁ……。いいなあ、舞台装置が見える」
景色を俯瞰するような大人しいシーンで、鹿生さんは声を上げる。
「おれは低予算映画も好きだし、今では作らない昔の映像も好きなんだよね。限られると、その時々の精一杯が見られる。役者じゃなく、撮る側が浮かび上がってくる」
「これは役者の感覚なのかな。演者じゃなく、画ごと観てくれって思うのは────」
今の鹿生さんと永登の会話は喧嘩になどならず、お互いに早口で感想を述べ合っている。映画も気になるが、同じように隣の会話も気になって落ち着かなかった。
クライマックス前の平穏な時間が過ぎると、一気に展開が襲いかかってくる。白黒映画だというのに、僕たちはその先に色を観ていた。
火花が爆ぜ、爆発が繰り返される。白黒だというのに、鮮やかな炎が揺らめいた。
クッションを握りしめ、一進一退の攻防を眺める。三人の間に会話は無くなり、エンドロールが流れるまで息を詰めていた。
人の名が怒濤のように流れ始めると、ほっと息を吐き出す。
「……いやあ。名作と言われるだけある」
「隆にも気に入ってもらえて良かったよ。役者としてはまだ若い頃、プレミア価格を無理して買ったものなんだ」
わいわいと意見を言い合う空気は、映画を見終えたあと特有の空気だ。ほとんど食べていなかった菓子を摘まみ、氷の溶けた飲み物を口に運ぶ。
「おれも復帰後には怪獣映画に出たいなぁ」
叶隆生が怪獣映画に、ともなれば話題性も十分だし、復帰後は縁のなかった分野にも活躍の幅を広げていくことだろう。
副官ポジションを薦めてみると、本人もまんざらではなさそうだった。
「永登は無いの? 新ジャンルへの挑戦」
「俺はもともと役の幅は広いしなぁ……。癖のある監督とやってみたいかな」
そんな話をしていると、鹿生さんの携帯電話がメッセージの受信を告げる。どうやら映画の合間に叶隆生と村雨映人のオフショットを受け取ったらしい、鹿生さんの番からのメッセージだった。
文面に目を通すと、彼は目を見張る。
「うちの番、さっき山吹くんが撮ってくれた写真で喜んでるよ」
「はは。良かった」
僕もライターとして写真を撮る機会は多く、照明の向きくらいは気にして撮ってあった。モデルがいいからか、写真の出来も上々だった。
「あ。これSNSに乗っけて構わないかな?」
「別にいいけど。俺、隆とそんなに仲良くないのに、休暇中も会ってるなんて仲いいみたいじゃないか」
「いいじゃないか。戦友」
な、と肩を組もうとする腕を、永登はやや迷惑そうに笑いながら押し退けた。
村雨映人の叶隆生へのコンプレックスを知っているのは僕だけだが、永登は割と表情に出る。鹿生さんは分かっていて、そう振る舞っているような気もしていた。
カメラのレンズを向けると、肩を組んだ二人が四角の範囲に入る。こっち向いて、と手を振ると、無意識に表情を崩した番が写った。
夜になってから、二人のSNSで肩を組んだ写真と、腕を組んだ写真がそれぞれのアカウントで、まったく同じタイミングに投稿された。
示し合わせたであろうタイムラインに並んだ投稿を見ながら、仲良し、と思ったことは番には秘密である。
