同人誌:宰相閣下と結婚することになった魔術師さん2 ~ミャザ旅行編~

同人誌情報
この記事は約39分で読めます。

収録内容

A5サイズ二段組52ページ、挿絵なし

・書き下ろし「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん2(ミャザ旅行編)」(約4万字)

・「宰相閣下が最近鬱陶しい宰相補佐さん」(約0.5万字)のペーパー再録

通販について

紙版(とらのあな)→https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030713370

電子書籍版(BOOTH)→https://sakamichi31.booth.pm/items/1267058

※BOOSTは電子だとお礼のペーパー同封したりもできないので、基本的に支援のお気持ちだけで十分です。
頂いた分については普段の小説執筆のための事務品やソフト代、参考書籍代などに有難く使わせていただきます。

 

「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん2」サンプル

 婚約状態だった宰相閣下とは、少し前に書類上の伴侶となった。ハッセ、という聞き慣れない姓は書く時に楽で随分気に入っている。

 ガウナー宰相閣下は国王の襲撃事件の対策期間ほどではないものの、多忙の中駆け回っているようだ。

 俺もまた準備に駆け回っているのだが、宰相閣下とは比べる程でもない。ただ、部下のシフにさっさと書類を作れ、と記憶と感覚でやっていた仕事を文字起こしさせられていただけだ。

 旅行の日程が決まり、俺がその間に任せたい仕事を挙げていくと、さっと顔が青ざめたのはシフだった。使用する可能性がある魔術でシフが知らないものがそこそこの数あり、せめて式を書き残して行けと笑顔で脅された。

 怒られているような気迫を感じたのは、気の所為ではないだろう。

「代理がいない間くらい余裕です。でも、お土産を忘れたら化けて出ますからね! 」

「はーい買ってきまーす。…………悪いな」

「だーかーらー、余裕だって言ってるじゃないですかー! 」

 素直じゃない部下は昼休みも教えた魔術の試し撃ちに励んでおり、俺はガウナーにお土産を忘れたらシフが化けて出るらしいから、と何度も言い含めては苦笑され続けている。

 同行者としては、貴族の旅行らしく護衛がぞろぞろ付いてくることを予想していたが、これはいい意味で期待を裏切られた。付いてくることになったのは魔術式構築課から部下のフナト、そして普段職場の護衛をしてくれているゴーレムの『シャルロッテ』、そして『マグダレーネ』だった。

「代理の旅行に僕がお供するのは、……お邪魔しているみたいで悪いですね」

「いや、助かる。知らない奴と旅ってのも気を張るしな」

 フナトの結界魔術は襲撃事件以降、お偉方の知るところとなった。

 旅行先の地方と中央との交流として、向こうの魔術師に結界魔術の指導をする日程が組み込まれるそうだ。サウレ国王陛下はフナトを戦力として扱うよりも、魔術式の開発や指導に専念させたいらしい。

 結界魔術という攻撃用に比べて日の目を見なかった防衛用の魔術だが、争いが落ち着いてみれば技術的な遅れが目に付く。争いが落ち着いてる現状、魔術を使うことよりも育てることを優先する、との判断だそうだ。

 護衛についてはいくらか人選も考えてはいたそうだが、国王と宰相曰く、

「ガウナー、この護衛の人選一覧を見るのも飽きたのではないか? 」

「いくら調べても裏切る要素は消えないからな。最初は突飛な案だと言っていたゴーレムの同行が最後に残るとは……」

 『裏切りの心配をする必要がない』という理由で、ゴーレムの護衛が付いてくることになった。

 シャルロッテ……魔術式構築課に設置してあるゴーレムは、普段は俺の護衛なのだから俺がいなくなれば御役御免、どうせ休ませておくくらいなら旅行に連れて行ってしまえ、と。前例がないことではあるが、国王の襲撃事件でシャルロッテがぼこぼこに刺客を叩きのめしていた姿を見た者で、案を否定する者はいなかった。

 旅行中のゴーレムの調整はウルカが行うことになり、自宅に待機している別のゴーレム……マグダレーネも護衛対象が二人なのだからと付いてくることが決まった。ウルカは操作技術的にも第一人者であり、旅行先の魔装課とシャルロッテを交えて意見交換をするのだそうだ。

 俺とガウナーが同室になる都合上、始終一緒で、下手すると人見知りのフナトがウルカと同室だ。大丈夫かとフナトには探りを入れてみたが、当の本人はけろりとしたものだった。

「シフとトールが仲良しで、トールとウルカが魔装課同士で。なので、たまに四人で会うようになったんです。ウルカなら大丈夫ですよー」

 それよりも旅行先との技術交流のほうが不安らしく、交流に用意する魔術式については何度も相談を受けることになった。

 地方の魔術師の熟練度が分からないと技術交流も何もないな、と実家に連絡を入れたところ、ちょうど旅行先のミャザ市の魔装課に勤めている親戚を紹介してもらうことができた。

 ウィズ・モーリッツ。

 元々は魔術師として優秀な人物だったそうだが、魔術学校を中退。現在のミャザ市の工房に弟子入りして技術を磨き、現在は市の職員として働いているそうだ。

 相談した翌日には、技術交流先の魔術師が使える魔術式がわかりやすく分類されて送られてきた。また、魔装課らしく、ウルカに聞きたいこと、の質問一覧も同時に送られてきていた。

「理論だとか学術的には、突出したところがあります。ただ、実作業に慣れていない? 実際に作業をする上での質問が多いです」

「あー。ウィズって確か成績は良かったらしいんだが、魔術機だとか、そっちの分野に入って日が浅くてな。答えてやってくれるか? 」

「ええ。ただ、言葉では難しいので実地でお教えします。と返事をしておきましょうか」

 にっこりと笑うウルカに、旅行で世話になると頭を下げる。ウルカはいえいえ、と手を振った。以前宴席での言葉が引っかかってもいて、少し食い下がる。

「ゴーレムの話の時、傍に置くならゴーレムがいいって言ってたから、フナトと……人といる時間も多くなるだろうし、気を遣わせるかと」

 ウルカは開いていた目を細め、言葉に迷った様子だ。

「いえ、問題を起こさず働ける程度には慣れてきていると思うので、代理が心配するほどでもないですよ。確かに人間を傍に置くよりはゴーレムのほうがいいんですが、代理やフナト、宰相閣下が警戒するような人物でないのは分かっているつもりです。特にフナトは……」

 ウルカが周囲に視線を巡らせた。近くに人が居ないこと、遠目にも近づいてくる人影がないことを確認した上で、再度口を開く。

「あの結界術は自分を守るために長ける必要があったもの、のように感じます。家庭環境に影はない。ならば学生時代かな、と。フナトは魔力も多くて、他の魔術も魔術学校で首席を軽々と取れるくらいには巧みです。頭も良く、綺麗な顔立ちをしていると思います。……ただし身体が小さい」

 俺はウルカの言葉を首肯した。成績の良さも、顔立ちの美しさも妬みの種になりえる。

「本人から何も聞かずに、そこまで言い当てる奴は初めて見たな。俺は業務上、話は聞いているが、だいたいウルカが想像しているようなところだ」

 学生時代、次席とその取り巻きに酷い苛めに遭ったそうだ。相手を攻撃したくもない。だからといって怪我は痛い。それから、結界魔術が得意になったと言っていた。怪我のなんたら、とは笑えない話だった。

 フナトにしては珍しく、淡々と語ってくれたそれは、最初に防衛課への異動の打診があった時に聞いたものだ。次席もその取り巻きも身体が大きく、最初に殴られた時には身体のあちこちが折れ、数日熱が下がらなかったと聞く。

「それだと、逆に俺が行くとフナトは気を遣うのでは? おそらく経費の問題で、同行者はまとめて同室かなと思うんですが」

「『ウルカなら大丈夫ですよー』って言ってたけど」

 フナトの言葉をのーんびりとした口調で真似してみると、ふっとウルカの強張っていた口元が緩んだ。

「……ああ、成程。やっぱり向こうにも何か察するものがあるのかもしれませんね。人見知りの加減は、似ているんだと思います。精々身体を縮めて寝るようにしますよ」

 ありがとうございました、と俺に頭を下げたウルカは、後日フナトと共作したらしい旅のしおりを俺にも見せてくれた。

 もう既に仲良しなんじゃないだろうか、と目を丸くしたが、こちらの都合に付き合わせることになった同行者が旅を楽しみにしているのは、多少心が軽くなった。

 

 

 

 宰相閣下に必要なものというのが全く分からず、執事のアカシャに手伝ってもらいながら荷造りをした。仕事に必要かもしれないものは分けて置いておいたが、出発前にそれらを確認して整理したガウナーは、仕事に使いそうなものを全部部屋の隅に置いて来てしまった。

 途中までは馬車ごと転移魔法で、そこからは馬車でミャザ市まで向かうことになった。同行者が防衛課の人間ではなかったのは、幸運だったのかもしれない。

 観光、とはしゃいでいるフナトとウルカはこちらを気にしている様子もなさそうだが、宰相閣下は機嫌よく頬を寄せてくる。今日もきらきらと輝く睫が眩しい。

「……あんたが何もせずに俺ばっか見てるのは、思ったよりいたたまれないもんだな」

 面白くないだろうと主張してみるが、ガウナーは笑顔を浮かべるばかりだ。それでいて更にくっつこうとして来るものだから、同行者が居るのにいい加減にしろと言うべきか、折角の旅行なのだから乗るべきか思考がふらふらと揺れた。

 ちら、とフナトに視線を向けると、ひらりと手を振り返してくれる。

「ごめんな。べたべたしないように言うから」

「お気になさらずー。僕もウルカも気にするような質ではないですから」

 とはいえ、ガウナーと僅かに距離を取ってみると、即座にその距離は詰められる。そうやっているガウナーも、あんまりにも俺が距離を取ると目に見えて元気が無くなってくるものだから板挟みだ。

 その攻防を見守っていたらしいフナトは、こしょこしょとウルカに耳打ちする。ウルカがこくりと頷くと、フナトは腰を浮かせ、ウルカの足の間に座った。

 ふふん、とフナトはこの背凭れはいいだろうと胸を張る。

「近くに寄ると、腕の筋肉、すごいね」

「毎日工具を握ってるからな」

 体格差でぴったり収まったフナトに恐るおそるといったように腕を回し、ウルカはフナトを自身の胸の前に留める。本を持つ役目を得たフナトは、この時は他者に背を預けることを是としていた。

「んー? 距離が近いからかな、魔力が流れてるねー」

「ああ、本当だ」

 二人の間でのみ通じる会話に説明を求めると、フナトは指先でウルカの手をつつく。やっぱり、とフナトは拳を握り込んで呟いた。

「僕が人に触ること自体避けてたから、制御が下手みたいです。魔力差があるから気を抜くとウルカの方に流れちゃう。あー……逆流したー。さては、ウルカも制御が下手? 」

 ばれたか、とウルカは悪びれる様子もない。

「ははは、そうそう、俺も下手でさこれ。適当に循環させていい? 」

「せっかく昨日魔力切れしないようにたくさん寝たのに減るー」

「そこまで寝てもいないのに魔力で満たされてくー! 」

 ぐりぐりと擦り寄せられるウルカの頭をばしばしと叩くフナトに、気持ち悪くはないかと尋ねると、首を振り返された。

 魔力の相性が悪いわけではないらしい。それよりも魔力差がありすぎる所為で、ウルカに魔力を吸い取られる形になっているようで、ウルカは防ぐよりもちゃっかり吸収して不要な分を循環させてしまうことを選んだようだ。

 俺から見ても、二人の魔力が混ざっているのが分かる。

「あーあ。こりゃどっちが新婚か傍目には分からないな」

 にま、と笑った俺の言葉にフナトは思い当たることがあったらしく、僅かに頬を染めた。普通の魔術師なら手を繋いだくらいで魔力がこんなにも混ざるような、魔力の流し方はしない。ある程度、友達付き合いで感覚的に覚えていくものだからだ。

 フナトの家系のように、魔術師が少ない家系も勿論ある。そのような子どもたちのために魔術学校があり、身体を繋げるほどのことをしなければ魔力が流れないようにできる力の使い方は、本来は魔術学校で覚えるべき初歩だ。

「代理がべたべたしてくれなくて宰相閣下がさびしそうにしてるから、お互い様になるように、こう。気を遣ったのになんなんですかーもう! 」

「あー成程。ありがとうなー」

 目の前に新婚の自分たちよりも接触している友人関係の二人がいる空間で、恥ずかしいからと距離を取る必要もあるまい。慣れないことをして真っ赤になっている部下に申し訳なく思いつつ、俺はガウナーの肩に凭れ掛かって旅のしおりを開いた。

 普段の自宅の距離感に近いそれは、思ったよりも心理的に落ち着く。このくらいで妥協してくれと視線を投げる。

 しょんぼりしていたガウナーは、視線を受け止め、途端に口元を緩めた。

「そういえば代理、旅行後半に予定が入ってる祭典での模擬戦なんですが……」

 ミャザ市にはこの時期に、特産品の染料の収穫を祝う祭りがある。

 この祭りでは屋台や旅芸人などの催しが集まり、その中には東西の防衛課および市所属の魔術師達による模擬戦が含まれている。

 ミャザ市は元々別々の街だった二つが合わさってできた、比較的大きな都市だ。ただし、東西の経済格差が激しく、東西の防衛課も本来なら一つにまとめるべきところが、東西の隊の戦力差によって実現していない。演習などもそれぞれで行うため、年に一度のこの祭りはお互いの成長を測るいい機会だ。

 この模擬戦中は、染粉で練った球を相手にぶつけることによって攻撃する。球の表面はぶつかっても怪我をしない程度に柔らかく、中には水で溶かした染料が含まれている。この球は相手に当たると容易く破れ、服に青い染料をぶち撒ける。この球をぶつけられた時点で戦闘不能という扱いになり、最終的に相手方の将に球を当てるか、制限時間内により多くを戦闘不能にした側が勝利となる。

 剣で球を切り捨てることは可能、魔術を使って防ぐことも可能だが、武器も魔術も結界を破ることや、相手の行動を封じることにしか使ってはならない。相手を傷つければ失格となる。相手を戦闘不能にするには、この染料球を相手にぶつけることが必要だ。

 この模擬戦の将を、視察に訪れるガウナーが担当することになった。

「宰相閣下は西軍の将なのですねー。毎回負けてるほうだと聞きましたが」

 何故負けている方に? と尋ねるフナトに、ああ、とガウナーは頷いた。

 東西の経済格差も、防衛課の戦力差もどちらも西が劣っている。西側の地方は昔から有数の農業地帯で、ここで染粉の原料が生産されている。

「確かに西が毎回負けていると聞いた。もうひとりの将は例年通り市長だ。ならば物珍しさのある宰相が将として立った方が士気も上がるだろう。負けている方に加勢したくてな」

「成程。では、あの話も受けたほうが面白そうですね」

 フナトが言う、あの話、には俺にも覚えがあった。

 今朝突然、模擬戦への参加依頼が届いたのだ。俺とフナト、ウルカに宛てたものだった。

 本来なら数日前には届いていたはずのものが遅れて届いたようで、西軍の魔術師の一部が模擬戦の演習時に文字通り『爆発して吹き飛んだ』という説明から始まった。

 魔術による誤爆で死者は出なかったそうだが、怪我の回復が模擬戦までには間に合わない。西軍はただでさえ戦力的に乏しいと言われているのに、大幅に魔術師が減る。東軍の魔術師の参加を減らすことも検討しているが、昇進の判断材料にもなるこの模擬戦に向けて練習をしてきた魔術師に、参加しないようにと告げるのも心苦しい。

 つきましては、技術交流も含めて三名で西軍側に参加して頂けませんか? と書かれていた。

 ガウナーは気が進まないようだったが、ガウナーが参加している模擬戦中はちょうど暇になることもあり、俺は参加するつもりでいる。

「また怪我でもしたら、と含むところは多分にあるが、祭りが盛り下がるのは本意ではない」

「俺だって、あんたが将の役目を引き受けるのは心配なんだ。事故で怪我をするかもしれない」

 肩を擦り寄せつつ拗ねてみせると、ガウナーは自分が以前の俺の立ち位置だということに気づいたようだった。流石に刺されたりはしないだろう、と普段とは逆に言い含められ、渋々頷く。

「ただ、俺達全員が出たら、ずるいって言われないか? 」

「出ても、の間違いでは? 僕らが出たとしても相手方は減員しないのならー、ええと。魔術師は入院して八名減ってるって書いてありましたよ」

 そして、フナトもウルカも同様の考えなのだろう。隣のウルカも、フナトの言葉に相槌を打っている。対照的に、首を振っているガウナーにほっとする。

「サウレ……国王陛下がこの少人数で旅行を認めた理由を考えてみるといい。前回の襲撃事件は、事前に想定されていた人数よりも規模が大きかったと聞く。フナト、君の結界は襲撃事件で一度でも破れたか? 」

「いいえ宰相閣下、やぶれないものをご用意しましたともー! 」

「ウルカ、君のゴーレムは一度でも地に膝を突いたか? 」

「まさか、腕が折れようとも予備の隠し武器を出しますし、足が折れたら車輪が出ます。体当たりと盾は部品さえあれば出来ますからね! 」

 自分たちの作品は最高だ、と瞳を輝かせる部下達に肩を落とす。前回これだけ暴れまわっておいて、自分たちの二倍の数が抜けたから不利だ、などとよくも言えるものだ。

 魔力量だけを要素として挙げたとしても、そこらの魔術師数人でもフナトの魔力量には足りない。結界術は研究者が少ない分野、ということは、同じく破る技術も発達していない分野と言える。

 もし出場を認められるなら、東軍にとって最悪なのはとにかくゴーレムだ。

 ゴーレムの弱点は人のそれとは違う。人型をしていても首や胸、頭を狙えば良いというものではない。むしろそうやって首や胸や頭を狙ってくる無知な輩が多いため、各部分に頭と心臓があるような構造をしているのだ。首を落としても首と胴で分かれて動く。

 相手になる東軍を舐めてかかるつもりはないが、フナトとウルカは東軍にとって天敵となるのではないだろうか。それこそ、怪我して入院している八名よりも更にだ。

「……私は、相手方の東軍に同情する」

 俺に視線を向けたガウナーはややあってぽつりと、驚かされる市長も可哀相だ、と呟いた。

 

 

 

 馬車が目的地である役所に到着すると、俺とウルカだけはその場で降りた。

 ガウナーは市長への挨拶がてら、昼食会に招かれている。事前に俺も一緒にどうかという話は上がったのだが、向こうの魔術師と食事を取るほうが君にとっては面白いだろう? とガウナーに言われ、素直に頷いた。

 マグダレーネを操作することもできるフナトは、基本的にガウナー、マグダレーネと合わせて行動する予定になっている。予想していたとはいえ、完全に旅行という訳にもいかないなと息を吐いた。

 馬車は手を振る二人を乗せて、軽快に走り去っていく。

「あ」

 ウルカが唐突に声を上げ、視線の先を見る。

「どーも。ウィズ・モーリッツです」

 暗褐色の髪と、おそらく緑の瞳。俺よりも短い髪は雑に切られており、前髪は目元を隠している。俺達に気づいて歩いてくるその調子はゆったりとしていて、客人を待たせているから駆けてこようなどという空気は微塵も感じられない。

 薄汚れた作業着は着崩され、首に掛かった防護用の眼鏡がゆらゆらと揺れた。

「ウルカです」

 ウィズは差し出しかけた手を止め、ウルカのほうに視線をやった。

「ははーん。熱烈な恋人だな? 」

 その恋人、はフナトのことを指しているようで、ウルカは少し動きを止めた。やがて、自分とフナトの魔力が混ざっていることに思い至ったらしい。

「旅行が楽しみで盛り上がっちゃって」

「おうおう。羨ましいこった」

 にひひ、と下品に笑う親戚のウィズに、俺は間違いを正すべきか迷って、面白そうにしているウルカの横顔を見て諦めた。

「初めまして、ロアだ」

 手を差し出し、握り返された手のひらは所々皮膚が固まっていた。細かな傷跡も多い。魔装課だけあって机仕事ではないのだと実感する。

「ロア、まずは礼を。あんたが色々と立ち回ってくれたおかげで、俺の両親にも寄付の申し入れが引っ切り無しでな。随分助かったそうだよ」

 国王を護衛した時の噂は、ここまで届いていたようだ。俺は首を振る。

「いや、逆に迷惑を掛けた面もあっただろう。良いこともあったのならよかったよ」

「近所のおばちゃんから世間話に捕まるくらいだ。安いもんさね」

 ウィズはちらちらと俺達の横に視線を向けている。ああ、と俺が視線の先に顔を向けると、察したらしいウルカが合図をする。

「ゴーレム。識別名は他にあるが、愛称はシャルロッテだ」

 すっと立ち上がったゴーレムのシャルロッテは、その大きな手のひらを曲げ、人差し指のみをウィズに向ける。ウィズは意図を察したらしく、その人差し指をそろそろと両手で包み込んだ。そのままにぎにぎと両手を動かし、シャルロッテの指の感触を確かめている。しばらくすると、手のひらを裏返してみたり、手の付け根に触れてみたりと調べ始めた。

 あまりにも真剣に調べているものだから、ウルカも止めようにも止められないといった様子だ。

「もしもーし、技術馬鹿。できれば中に案内してくれないか。ウィズは案内役なんだろ? 」

「あっ忘れてたわ。やっべ」

 ゆっくりとシャルロッテの手を離したウィズは、その場でウルカに深々とお辞儀をした。

「ゴーレムについての知識は浅いと自負している。素晴らしい。俺はこの素晴らしさを十全に理解できていないのだろう。褒める言葉を持たないのが悔しい。会わせてくれてありがとう」

 ああ、と息を漏らしたウィズは全身でシャルロッテを抱擁した。シャルロッテは簡単な受け答えができる。ウルカが魔力を流すことなく、シャルロッテはウィズに指先を差し出し、その調査に協力するように手のひらを裏返してみせ、そして今はウィズをやわらかく抱き返した。

 ウィズの眦には涙が浮かんでいるし、ウルカもなんだか嬉しそうだ。

「よし、行くぞー。シャルロッテがぶつかる箇所があったら教えてな」

「それは平気。変形するからな」

「最高だ! 」

 技術馬鹿二人がゴーレムの話題で盛り上がっているのを横目に、役所の建物に案内される。主に魔術師が詰めている棟で、魔装課もこちらに詰めているとのことだった。外観は質素で、華美なところがどこにもない建物だった。

 ウルカが並んで歩いてやって、という指示を出しているため、シャルロッテはウィズと歩幅を合わせて歩いている。俺達にとっては日常風景だが、魔装課らしくウィズはそれらにもいちいち反応していた。

 内装も外観と似たようなもので、玄関近くは清潔で明るい空気だった。しかし、奥に進む度に廊下に荷物が積まれている光景が増えてくる。奥に入る程に薄暗くなっていくのは、照明が等間隔に取り外されているためだと気付く。

「狭くてごめんなー。予算ないんだわ」

 ウィズはシャルロッテがぶつからないよう気を配っているが、廊下自体が狭く、清掃人の姿も見当たらない。最後の方ではウィズも面倒になったのか魔術を発動し始め、廊下の荷物を魔術で押し退けながら進んでいく。ぽんぽんと魔術を発動していくウィズに、俺とウルカは視線を合わせる。

 自分たちの魔術の使い方よりも魔術を使う、使わないの判断基準が低い。つまり、魔力総量がもしかしたらフナトよりも多い可能性がある。そういえばミャザ市所属の魔術師の評価については随分辛辣な言葉が多かった。自分と比較しているというのなら納得もいく。

 廊下の先に長身の男が立っていた。ウィズとは服が違い、丈の短く動きやすさを重視したローブを纏っている。靴は運動に適しており、簡素なものだ。王宮の近衛魔術師と似たような服装だった。

「ウィズ。例のお客様かい? 」

「ああ、こっちが親戚で有名なロア。こっちがウルカ、ゴーレム関係の技術書によく載ってる御本人だ」

 優しげな男は俺に向かい、貴族の立ち振る舞いとしての礼を執った。地方所属の魔術師には珍しく、貴族出身であるらしい。貴族でも魔術適性を買われて魔術師の道に進む者もいるが、大体は王宮に集まる傾向にある。

「初めまして、シュタル・ブランクと申します。父はミャザを治めておりまして、市長として今回は東軍の将となる予定です」

 琥珀色の瞳をした男は、鼻筋も高く、体格もしっかりしている。視線が容易く合い、立ち姿も優美だった。ウィズがだるだるに作業着を着崩しているのとは対照的に、シュタルと名乗った男のローブに皺や汚れは見当たらない。

 シュタルはそれだけ言うと、あ、と何かに気づいたかのようにウィズに近寄った。がくりと肩を落とす。

「お客様を迎えるのに作業着は皺だらけ、髪もぼさぼさじゃないか」

「そーだね」

 髪がぼさぼさのウィズは、雑にシュタルの言葉を受け流す。

「そろそろ前髪切らせてよ」

「それはやだ」

 ウィズは身を屈め、シュタルの指を擦り抜ける。シュタルは残念そうに手を握り込んだ。

「顔見知りなのか? 」

 俺が尋ねると、ウィズはまあな、と肯定した。

「同じ魔術学校だったんだ。こいつ頭いいぞ、俺の代で首席卒業。王都の魔術師にだってなれると思うんだが、親の助けになりたいからこの市で魔術師やってるのさ」

 シュタルは微笑んでいたが、困ったようなそれだった。

「首席卒業とはいっても、実質次席と変わりません。その当時の首席が、途中で学校を辞めましてね」

 ちらりとウィズに視線が向けられた。ふん、とウィズはシュタルの横を通り過ぎる。

 納得するものがあった。元々はウィズが首席、シュタルが次席でずっとやって来て、ウィズが中退したため、残ったシュタルが繰り上げて首席卒業、といったところだろう。

「俺にとっては、首席も次席も雲の上の存在だな。技術交流で教えることがあればいいんだが」

 シュタルはミャザ地区防衛課の魔術小隊に所属しており、主にフナトの技術交流の相手方だそうだ。今日は魔装課との技術交流として日程が割り当てられていたが、顔合わせがてら同席したいとの申し出だった。

 シュタルを連れ、少し歩くとようやく目的地に辿り着く。魔術装備課、と書かれた薄汚れた扉をウィズは手早く開けた。

「「「「いらっしゃいませー! 」」」」

 ぱっと紙吹雪が舞い、開いた扉の両側から作業着姿の男たちが姿を現した。

 満足気に紙吹雪を撒き続けている男たちを、もういいと軽く笑いながら制止する。足元を、掃除用らしき魔術が起こした風がすり抜けていった。

 頭に乗った紙吹雪を手で払いつつ、俺はそれぞれに名乗って手を差し出す。いずれもウィズの同僚だそうで、一通り俺達と会話した後は真っ先にゴーレムの元に駆けて行った。俺とウルカは苦笑を通り越して引きつった笑いの域に達した。

 ウィズは同僚の奇行にも気にした様子はなく、一番大きな作業台に、近くにあった椅子を引き摺って寄せる。どーぞ、と座ることを勧められ、大人しく与えられた椅子に腰を下ろした。

「……と、魔装課はこんな感じだ。課っていうより班くらいの規模で、上長は防衛課の課長が兼任してる。最近では大規模な戦は起こっていないから、王都も同じだろうが魔術装備とは名ばかり。魔術を使った装置の開発や修理が主な仕事になっているな。防衛課が使う模擬戦用の魔装も送り終えて今は暇なもんだ」

 ウィズも椅子にどっかりと腰掛け、ぶらぶらと足を揺らす。

「そういえば、模擬戦は俺達も出ることになってな」

「話は聞いてる。ありがたい話だとは分かっちゃいるんだがなあ……」

 ううむ、とウィズは頭を傾けた。

「やっぱり、純粋に西軍として西区の面子だけで戦いたかったし、あわよくば勝ちたかったな」

 これまでの模擬戦結果として、西軍が勝った年はない。途中で西軍があまりにも勝てないものだから模擬戦自体を中止にしようかという検討もされた程だった。

 この西軍が負け続きという事実が影響しているのだろう、例年西区の防衛課、西区所属の魔術師の志願者は東区に比べて非常に少ない。志願者が少なければ篩に掛けることもできず、職員の質は落ちていく。建物に対しての予算が少ないのも頷ける話だ。

「それは、西区の防衛課の人員だとか、魔術師の質を上げたいって意図か? 」

 俺が尋ねると、ウィズはそれだけではないと言う。

「できれば予算も欲しい。どれだけ人が優秀でも、設備に金を掛けないんじゃ効率が犠牲になる」

 周囲を見渡してみると、王都の魔装課よりも全体的に機器が少ない。人も少なければ、掃除も行き届いてはいない。

 ウルカも真剣に部屋の機器を見渡しているが、その表情は険しいものだ。

「俺達が出場しない。ってのは無しだよな? 」

「その分東軍の人数が減る。相手方が気の毒だ」

 ウィズにも相手方の魔術師達の晴れ舞台という意識はあるようで、俺の提案は却下される。横で話を聞いていたシュタルが口を開いた。

「僕は、この街で育ちました。東西の格差は目に余る。だから僕は敢えて西区に来ました。でも、やっぱり何年も僕らは模擬戦では負け続けてきました。西区の戦力では仕方ないということは承知しているつもりです。ただ……」

 貴族の息子が、予算の少ない西区に勤めているのは不自然な話だった。敢えてここにいる、というのなら納得もいく。

「こう言うのは失礼だと分かってはいるのですが、……恥を忍んでお伺いします。僕たちは勝ちたい。その上で皆さんには裏方に徹して頂きたい。王宮からの助けが目立たず、僕たちが勝てる手段に心あたりがあるなら、教えて頂けませんか? 」

 シュタルの指先は中途半端に折り曲げられ、そのまま握り込むこともできないようだった。ウィズもシュタルの言葉に傷ついたように目を伏せる。

 失礼だとも、恥だとも思わない。ウィズの言葉もシュタルの問いも、この西区という地域に思い入れがある故のものだろう。

 ウルカの視線が、シャルロッテに向いた。

「今の話だと、俺達が持ち込んだシャルロッテ……ゴーレムが活躍するのは好ましくないみたいだな。ゴーレムを使うことに制限は? 」

「制限はありません。ミャザの防衛課は対ゴーレムの戦闘に慣れていないので有用でしょう。ただ、王都の魔装課が連れてきたゴーレムが活躍した、というのでは、少々……」

 シュタルは眉を寄せた。ゴーレムという手段自体は良いが、シャルロッテ、マグダレーネが活躍するのはよろしくない。

 フナトの結界術の中で有用なものをいくらか教える、ということは可能だろう。俺はその案を口にしたが、ゴーレムほどの効果的な案とは思えなかった。

 攻撃の手段がないのでは、いくら守備を強化しても意味はない。むしろ将を討ち取れば勝ちという決まりなのだから、戦力が劣っている以上、狙うところは奇襲だ。

 俺がううむ、と唸っていると、隣に座っていたウルカが口を開いた。

「……魔装で、余っている予算はあるか? 」

 ウィズは、ウルカの唐突な言葉を笑ったりはしなかった。

 ちょっと待て、と立ち上がって古びた棚から帳面を引っ張り出してくる。今年の欄を指先でなぞり、これくらいなら、と金額を指した。王宮内で予算が少ないと言われている魔術式構築課よりも、予定外の事が起きた時に使う予備金が少ない。

「素材の在庫一覧は? 」

「別に隠すもんでもねーからどうぞどうぞ。帳面は気が向いた時に付けているものしかないけど、どこやったっけな」

 探すのが面倒になったらしいウィズは、魔術を発動させて棚にあった帳面を浮かせ、全て机の上に積み上げた。どかどか、と音を立てて机の上に帳面の山ができる。雑に落とすため、表紙が反動で跳ね上がった。

 ウルカが、つらつらと素材名を口頭で挙げた。

「今言った素材を探してくれるか。在庫量が知りたい」

 ぶつぶつとウィズの詠唱が始まる。

 机の上に積み上がった帳面がふわりふわりと空中に浮き上がり、円状に展開した。

 風もないのに、ぱらぱらと物凄い勢いで全部の頁が捲られていく。大抵の本は勢いのまま全て捲られ、閉じた本は床に落ちた。ただ、その中でまだ空中に浮いている本があった。それらの本はそれぞれとある頁を開いて、作業台の上に落ちる。床に落ちた本は再度浮き上がり、元あった場所に戻った。

 ウルカが作業台の上の帳面を覗き込む。一つ、二つ、と確認する度に、ウルカの表情が明るいものになっていく。

「可能性としてだけ、……可能性が無いわけじゃない、ていう話だ」

 気がつくと周囲には、先ほど紙吹雪を振らせたウィズの同僚達が集まっていた。全員がウルカの表情を見守っている。

 ウルカはシャルロッテに視線を向けた。

「……ゴーレムを、今からここ西区で、作るのはどうだろう? 」

 その瞬間、前髪の下のウィズの目が見開かれた。シュタルは、整えられたローブを皺になるほど握り込む。先程はあんなに騒がしかったウィズの同僚達は、無言で息を飲んだ。

 その中心で、ウルカは言ってしまった、という後悔混じりの表情をしている。

「金属の在庫がこれだけあるのが幸運だった。部品が足りなくとも、部品を買う予算がなくとも、溶かせば作れる。素材の質はシャルロッテには遠く及ばない。ただ、ゴーレムに埋め込む魔術式については、シャルロッテがいい叩き台になった。あの時より良い魔術式が使える」

 旅のしおりまで作ったのにな、とウルカはぽつりと呟く。寂しそうな表情は一瞬で、やがて消えた。

「作り方を助言はする。ただ、俺が作っては公平ではないと思うから……」

「俺がやる」

 ウィズは椅子を蹴らんばかりに立ち上がり、机から身を乗り出して言葉を発した。

「標準的な設計図は頭に入ってる。ただ、実地じゃないと手順がわからないような所が多くて、作れなかった。勿論ずっと作ってみたかった。上にも掛け合う。だから助言をくれ」

 ウルカはに、と笑った。ウルカが差し出した手を、ウィズが両手で握り締める。

「勿論。そのための技術交流だ」

 ウィズは許可を貰ってくる、と足早に魔装課を出て行き、その間に全員で必要な素材を倉庫から引っ張り出す。まだ許可も出ていない内から、課員たちは足りない部品のために金属を溶かし始めた。

 まだ許可が出ていないんだがー、と茶化すと、溶かせば戻せるから! と真剣で聞く耳を持たない。気がつけば、余っていた魔術機を持って来られた。

「予算の使用許可を貰って来た。模擬戦に持ち込む『武器』は前日まで追加できるらしい。間に合わなくても出来かけのゴーレムは残る! 手が空いてる奴は手伝ってくれ! 」

 ウィズが予算の使用許可と共に戻ってきた時には、帳面を放り投げるやら部屋の中で走り回るわでちょっとした騒ぎになった。

 

 

 

 元々、夕方まで魔装課の技術交流に割り当てられていた時間だった。

 魔装課に捕まった形になったシュタルと二人してゴーレムに刻み込む魔術式についての話をする。本当なら次席と謙遜していたが、受け答えに淀みはない。

「モーリッツって、独自で魔術基礎式を持ってるじゃないですか」

「あーなんかモーリッツ式ってよく言われるやつ? 当主筋が管理してるけど、自由に皆改良するから枝分かれもいいとこで」

 大掛かりな魔術式を組む土台になる基礎式は、魔術式を部品化したものだ。

 シュタルも学生時代からこのモーリッツの基礎式を使い慣れており、西区ではこの式を使用しているそうだ。そうなると、西区のゴーレムにはウィズが管理している西区の基礎式を埋め込むべきではないかという話になった。

 シャルロッテに刻んだ魔術式は主にウルカが組んでフナトが改良したものだが、王宮の基礎式が元になっている。

 そうなると、基礎式を変えてしまうとフナトが組んだ式では所々魔力が流れない箇所が出てくる。

 ウィズの基礎式にシャルロッテの魔術式を適用させると、見事に簡単な操作で誤作動を起こした。つまり、ゴーレムを動かすためには、期日までにこの魔術式を改良することも必要になる。

 この事実が判明した途端、シュタルは部屋を出て行き、模擬戦までこちらにいる許可を取ってきました、と言って帰って来た。市長の息子であることも最大限利用していそうなほど、鬼気迫った様子だった。それから俺とシュタルは延々と魔術式と格闘している。

「待って下さい。説明が飛びました。ここで複数の機能を纏めているのは分かりますけど、この機能がまた別の機能を呼び出してるじゃないですか」

 俺は助言をするだけのはずなのだが、何かを言う度にシュタルは目を白黒させ、説明を求められる。さっきから延々と口を動かし続けていた。講義でもしている気分だ。 

「呼び出してる機能は、こっちで」

 魔術機を横に置き、さらさらと紙に図を書きつける。丸を描いて、説明を書き、矢印を引いて、呼び出している機能をまた丸で示す。

 こうで、こうで、と指で道筋を辿りながら、シュタルは魔術式の理解を進めていく。

「フナトの魔術式の中のここさ。呼び出している機能を条件で分岐できれば一つで済むか? 」

「他にも似たような箇所があるので、全部を網羅できる機能にしましょう」

 起こり得る条件を全て辿っていく作業は、思ったよりも手間がかかる。ゴーレムの魔力の流れは魔術師よりも誤作動が少ない傾向にある。誤作動防止のための記述が大幅に簡略化できるのが特徴で、だからこそぎりぎりまで省力化する余地がある。基礎式変更への対応だけでいい筈なのだが、魔術師が二人も集まればつい改良にも手を付けてしまっていた。

 唸っていると、横で金槌を振るっているウィズがたまに口を挟んでくる。

 フナトもどちらかといえば天才型の考え方をするため、フナトの作って来た魔術式は読みづらい。俺もシュタルも地の良さよりも努力で片付けてここまで生きてきたため、式の発想に詰まる時はひたすら詰まった。

 その度にウィズが天才なりの思考の飛躍というものを、天才型の言葉遣いで言い表してくる。俺は首を傾げるばかりだったが、シュタルがウィズの翻訳に慣れているのが役に立った。

 シュタルが魔術式を起こしたものは、フナトのそれよりも初見でも読みやすい。魔術式の横にきっちり分からなかった部分を補足事項として書き残していくので、詰まっても横を見れば几帳面な字で補足が書かれている。

 シュタルは指先に付いたインクを、丁寧にぬぐった。俺はすでにうっすらと汚れた指先に擦り込んだ。

「ウィズの式って効率はいいんですけど難解で、こっちの資料の式って同じ動作ですけどロア代理の書き方ですよね」

「それは解説用の式だから実際には使わない。簡略化せずにきっちり書くとそうなるって式で、参考資料みたいなものだ」

 親族間でも『効率に利があるが書き方に癖がある式』を採用すると、他の親族から問い合わせを受けることがある。その度に俺はこうやって解説用の式を書いては、問い合わせ元の親族に送り続けている。ウィズが偶然、それを手元に持っていたのは幸運だった。

「僕は、これを学生時代に欲しかったです」

 知らなかった、と、複製して貰って帰ります、と切なげに眉を顰めつつ言われるものだから、そんなものでよければ……、とおそるおそる表情を見ながら言った。

 ウィズは随分このシュタルという男を困らせていたらしい。モーリッツらしいモーリッツだと思うが、そのモーリッツらしいという言葉に含まれる意図として、自分は理解できるが説明は下手、という意味が含まれる。

 俺とシュタルが魔術式の内容を詰めていると、夕食を家で食べることを知らせるために使っている装置が音を立てた。今からこちらに合流する、という連絡のつもりだろう。しばらく待つと、ガウナーとフナトが別の職員に案内されて魔装課へやって来る。

 シュタルはちらりと二人を見て挨拶にと腰を浮かせ、固まった。

 魔装課の面々も挨拶には行こうとしているのだが、自国の宰相の顔を見て硬直している。普段、ガウナーを宰相だと意識することは少ないが、こういう場面に出くわすと意識せざるを得ない。自分の伴侶は、この国家で二番目の地位を持つ人物だ。

 その中でウィズは二人をちらりと見て、駆けるようにフナトのほうに近寄った。

「フナトですー。もしかして代理の……」

「親戚のウィズです。お噂はかねがね」

 ウィズはガウナーを置いてけぼりにし、フナトにゴーレムの魔術式についての質問をしている。本気でガウナーの顔かたちを覚えていないのかもしれない。ガウナーは急に現れたウィズの顔をしげしげと眺めている。おそらくだが、俺との類似点でも探って興味深く思っているのだろう。

 俺は周囲が気の毒になって、書きかけの魔術式を置いて立ち上がった。

「ガウナー、早かったな」

「ああ、市長が折角の旅行にお邪魔をして、と早めに切り上げてくれてな」

 横目でウルカがあちゃあ、と頭を抱えたのが見えた。

 折角の旅行だからと気を回してくれた市長……シュタルの父の気遣いを無下にするように、俺とウルカは昼食すら取っていない。思わず腹を押さえた俺の動作に、覚えのあるらしいガウナーはすぐに様子を察してくれた。

「近くの通りに食べ物を扱う店が多くあったから、適当に買ってくるか。魔術の話をしている途中だったのだろう? 続けていなさい」

 部屋を出ていこうとする宰相閣下を、シュタルを始め、魔装課の面々がどたばたと制止する。

「宰相閣下を使いっぱしりとか国民として無理ですから、せめて座ってください! 」

「折角の旅行なのにロア代理をこんなに長く付き合わせてしまってすみません! 僕自身も忘れていたとはいえ食事まで……」

 全員に服を掴まれるような状態で、物理的に歩みを止めさせられたガウナーは、平然とよくあることだと言った。魔装課の視線が一斉に俺を向く。

 ハッセ家では、執事のアカシャも料理長のイワも御者のベレロもが俺の健康に気を配ってくれる。食事の有無などその最たるものだった。食事はとりましたか? と執拗に尋ねられる言葉にはすべて正直に答えている。彼らは常に俺の身体を案じているらしい。

「いや、ロアが寝食を忘れるのは今に始まったことじゃない、謝ることはない。……まさか、ロアだけじゃなく、全員何も食べていないのか? 」

 魔装課の面々と顔を見合わせる。ぱらぱらと数人が腹に手を当てた。各々が食べていない、と首を振り始める。誰も腹が減ったことに気づきもせず、それを指摘することもなかったらしい。

 俺たちの顔を見てガウナーは苦笑すると、何があったんだと話を促す。俺がかいつまんでゴーレムについての一件を説明すると、ガウナーはすぐ食べ物を買ってくる、と部屋を出て行った。

「この中で魔術の心得がないのは私だけだ。ゴーレムを作るのに人員も必要なのだろう? フナトも手伝ってやってくれ」

 ぽかんとする俺たちを余所に、縋り付く手は引き剥がされ、時間が惜しいと言うように手を振られれば見送る他なかった。フナトもまた虚を衝かれたようにしていたが、ウルカに向かってこくん、と頷いた。ぱん、と手を叩く。

「食事がくるまで、もうひとがんばりですねー」

 フナトはウルカから説明を受け、俺とシュタルに合流した。ただし、手元には金属がある。どうやら部品を作りながら、片手間で俺たちの議論に加わるつもりらしい。ウルカや魔装課に指示された奇妙な形の螺子を魔術で増産しながら、頭と口はこちらを向いている。

 しばらくして、ガウナーが大量の食料と共に帰ってきた。美味しいことよりも、手軽に食べられることが優先された食事だった。

「折角だから、宰相閣下と食事会がてら休憩するか。作業を続けたいなら食べたいもん持って行って続けて、折角の機会だから宰相と話してみたいならこっち」

 作業に拘るかと思いきや、疲れてちょうど休憩が欲しかったのか、ウィズも含めた全員が作業台に集まってきた。広げていた魔術書を閉じ、紙を脇に寄せる。文具も一箇所に纏めて卓上の汚れを払い、辛うじて空いた部分に食事を広げた。

 全員集まるものだから、椅子と椅子の間はぎちぎちに詰まっている。ただ、お互いの腕が当たっても、笑いで済むような空気がそこにはあった。

 いただきます、の声と共に一斉に食事に手が伸びる。若い者が多く、がつがつと食料が腹に収まっていく。俺もまたその食料の奪い合いの輪に加わって、年甲斐なく咀嚼もそこそこに飲み込む。

 台の上の食料が陰りを見せ始めた頃、ようやく獣たちは言葉を取り戻した。

「宰相閣下が西軍の将で大丈夫ですか? 使う染料ってなかなか落ちませんよ」

「顔に当たったら……、しばらく来賓が目を丸くするくらいだ。守ってくれるんだろう? 」

「宰相閣下これ食べてください。果物も名産なんです」

「まずは君たちが食べなさい。余ったら貰うから」

「賃金あげてくださーい! 」

「模擬戦の時に染料球を持ってこう、ぶつけながら市長にでも言えばすぐ上がるかもしれないな」

 市長に球をぶつけることが笑って許される催しは珍しい。ガウナーがそう言うと、魔装課の面々は顔を見合わせて確かに面白そうだなと頷きあった。市長の息子であるシュタルでさえも顎に手を当て、妙案だとばかりに頷いている。

 ガウナーは現地の様子を馬車で通りがてら確認してきたらしく、攻撃のための道筋の案をいくらか挙げた。

「思ったよりも狭い会場だった。ゴーレムを使うとすると、あの速さならかなりの範囲を掻き回せそうだ。その間に小回りが利く……魔術師だろうな。魔術師が仕留める」

「ウィズですか? 」

 フナトが尋ねた。ガウナーは首を振る。

「いや、ゴーレムをウィズに任せるべきだ。仕留める役は防衛課で、立ち回りにも慣れているシュタルだろうな」

 宰相閣下に名指しされたシュタルは、ぐっと咀嚼していたものを喉に詰まらせかけた。ウィズが横から雑に背を擦る。ウィズはまだ片手間に食料を腹に収め続けており、食事で手一杯といった様子だ。フナトを始め、魔力の多い魔術師特有の大食傾向が見られる。

「……僕ですか!?」

「だろうなー」

 ウィズもガウナーに同意する。いきなり照明を当てられたかのように戸惑っているシュタルに対して、ウィズは無難なところだと納得している。その手が焼き菓子を摘み上げた。

「ウルカはゴーレムなしでだいじょうぶなの? 」

 フナトの問いに、ウルカは部屋の隅の長槌に視線を向ける。ゴーレムの外装の、大まかな調整に使っているものだ。

「牽制がてら長鎚でも振り回す。あとはできるだけ長く結界を維持したい。なら防御用の結界はフナト一人で維持して、俺が魔力を補給するほうがいいだろ」

 ウルカはそう言い、長槌を振り回す動作をしてみせる。何かを思いついたらしいフナトがはいはーい、と手を挙げた。

「ねー強化するー? 面の部分に魔術を埋めこんで、うちつける音を起動の合図にすれば、どかっとなぐったら魔術がどーん!と」

「発想は面白いけど、俺らは防御だからなあ」

 ウルカが殴る必要が出てくる場所まで攻め込まれてしまえば、ほぼ負けるだろう。ちぇ、とフナトは唇を尖らせる。

「魔力の補給なら俺にもできるけど」

 はーい、と俺もフナトを真似て手を挙げると、真似をされた当人は微妙な表情をした。

「代理はあわないと思いますー、わざと魔力を流してもらえますか? 」

 言われた通り手を握って魔力を流してみると、フナトはやがて手を離した。首を振られる。

「不快ではないんですが、波もおおいし質がちがいすぎて効率がわるいですー。僕が魔力切れした時にかわりに結界を張れるよう温存しておいてもらえますか? 」

「へー。フナトとウルカは質が似てんの? 」

「お互いを魔力の貯蔵装置代わりにできますねー」

 裏方に徹することにしようということが決まれば、自ずと振られる役目は防御である。改良した結界を自宅に張り続けているため、俺も結界を張ることはできるが、フナトの自宅には遠く及ばない。

 使い方が上手なフナトの魔力が底上げされるというのは、願ってもないことだった。

「僕は魔力の使い方、思い切りがいいほうだよ。よろしくねー」

「搾り取られて倒れなきゃいいなー……」

 はは、と乾いた笑いを浮かべたウルカは、次の料理を手に取った。

 

 

 

 ガウナーを囲んでの食事は和やかに終わり、各々が持ち場に戻って行く。俺も一緒に作業に戻ろうとしたが、少しいいか、とガウナーから手招きされ、魔装課の部屋を一旦出る。

 作業部屋は流石に明るかったが、廊下の隅は薄暗く人の姿は見えない。

「急いでいるところ悪い、すぐ終わらせる。明日からの予定を変えようと思ってな」

「あ……」

 俺はガウナーに返す言葉を失った。

 一見怒っている様子はないが、元々ガウナーが楽しみにしていた旅行だということは分かっている。俺が数日このゴーレム制作に付き合えば魔術式の再構成は間に合うだろうが、旅程として予定していた観光は潰れることになる。

 ガウナーは、旅行に仕事の書類を一枚も持って来なかった。ガウナーの性格上、きっと怒ることはない。あるとすれば、その内に諦めを抱いてただ笑うだけだ。

 俺は口を開いて、閉じた。

「いや、でも。旅行、俺も楽しみにしてたのに」

 内心ぐらぐらに揺れながら、言い訳を口に出した。じわりと目元が熱くなる。

「ロア。なんだか泣きそうだな。そんな顔をさせたい訳じゃないんだが」

 眼鏡を持ち上げ、顔を覗き込まれる。こうやって譲られて笑われるくらいなら、むしろ怒られたほうが良かった。罪悪感で胸が潰れる。

 俺の葛藤を暴くように、ガウナーの落ち着いた声は俺の弱さを言い当てる。

「このまま全部放って、旅程を満喫するつもりなら、君はそんな顔をしたりはしないだろうな。どうせゴーレムを作り終えるまで付き合いたくて悩んでいるだけだろう? 」

 うあ、と俺は言葉にならない声を上げながらガウナーに縋り付いた。二人の間で服が皺をつくる。

「今まで日の目を見なかった奴らが今年は頑張ろう、って目を輝かせてる。全然俺よりも若い奴らが、やってみたいって食事放り出して」

「ロアがそういうのを放っておけない質だ、というのは分かっている。君の美点だ」

「でも。あんたが何かをしたいって言うのだって、珍しいことだ」

 宰相閣下は諦めることに慣れている。責任だとか重圧だとか、沢山のものを背負って、そのために個を犠牲にすることに慣れている。だからそんな宰相閣下をよく知っている国王陛下は、旅行などと言い出したのだ。

 俺は、ガウナーが自分の望みを告げてくれることが嬉しかった。

「だから、俺は行きたいって言ってくれたとこ。全部、に、行きたくて」

 声が詰まった。泣き出すような狡い真似をしたくなかった。結局俺は彼らの事情とガウナーを天秤に掛けて、ガウナーの譲歩に頼ったのだ。

「ああ。泣かないでくれ、我儘を言ってほしいのは、私だって同じだ」

 引き寄せられ、ガウナーの腕の中に埋まる。結局俺は、受け止めてくれることに甘えてしまう。昔は誰に頼ることもなく、もっと上手くやれていたはずだった。

「君は予定が崩れて悪いと思っているんだろうが、私が旅行で楽しみにしていたのは、ゆっくり君と過ごせる事だ。その一点が崩れないのなら、こういう予定外が起きることも旅行の楽しみだと言える」

 ロアは違うか? と尋ねられ、精一杯首を振る。結局何処に行きたいという楽しみよりも、ガウナーと二人で予定を立てる時間そのものを、俺は楽しんでいたように思う。

「私も手伝いがしたい。君はきっと夜更かしをするだろうから、夜食なんかを作ってみたい。掃除も手伝える。アカシャが掃除をしながらよくこつを喋っているんだ、試してみたい」

「うん」

「金槌はしっかり使ったことがない。叩くだけなら私にも出来るか? 」

 皆して止めに入ることになるかもしれないが、宰相閣下の声は跳ねていて、本気で楽しみにしていることが読み取れる。

 気遣いなんだと分かっていて、俺は降参した。終わったら頑張って埋め合わせる、とか細い声で呟く。

「市長がまた来てほしいと言っていた。『もっと寒い時期は木々が赤く染まる様が美しい』と。『一度きりの縁というのは寂しいですから、是非もう一度』と」

 腕の中でもぞもぞと身を捩りながら頷く。ようやく強張っていた口元の緊張が解けた。

「約束する。また来よう」

「いや、そこまで気負うこともない。一生のうちもう一回くらい、来る機会はあるだろう」

 ぐずる俺を宥めるように、眼鏡の下から僅かに浮いた涙が掬い取られる。腕の中で行きたかった場所を挙げて萎れていく俺を、ガウナーは気長に宥めては役得とばかりに抱きしめていた。

 

 

 

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