魔術師さんと部下達と目まぐるしい朝

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 最近では、いつもと変わらない朝というものが懐かしい。久しぶりによく寝た、と過眠の余韻を引き摺りながら王宮の庭を横切る。

 護衛ゴーレムのシャルロッテに手を振りつつ魔術式構築課の小屋に入ると、中は普段よりも賑やかだった。

 応接机には設計図が広がっており、近くの椅子には数人が腰掛けている。

 その中の一人が、こちらを見てぱっと顔を輝かせた。

「ロア、はよー。また来た」

 真っ先に声を掛けてきたのはウィズ・モーリッツ。親戚でもある彼は、普段はミャザ市魔装課で働いている。以前よりも前髪が短くなり、目元が見えるようになった。

 ミャザ市は王都からは離れており、交流は薄かったのだが、現在、ウィズのいるミャザ市西区は、王都以外で唯一ゴーレムを保有している。

 最近では保有しているゴーレム……アンナの改良に取り組んでいるようだ。

 ただ、これまで王宮魔装課しか有していなかった技術のため、西区だけでは研究が難しく、王宮との共同研究のような形を取っている。

 テーブルの上の設計図はゴーレムのもので、横に置かれている魔術機には式が表示されていた。

 テーブルの端には、食べ終わったらしい朝食の残りが置かれている。どうやら朝食がてら集まってこうやって話し合っていたらしい。
 
「おはよう、今日から魔術式の更新絡みの滞在だよな。といっても早すぎないか?」
「早すぎた! 来た時まだ日が昇ってなくてさ」
「そうなんですよー。朝からよびだされて……」
 
 早朝からウィズに付き合っていたらしい部下のフナトは、魔術機で式を確認しつつ、控えめに文句を述べる。

 同じく部下のシフもまた早朝から呼び出されたらしく、寝癖が存在を主張していた。目が覚めきっていないらしく、動作も緩慢だ。

 遠くから来たばかりのウィズは二人とは対照的で、移動の疲れも感じさせない。

「シャルロッテもけっこう改良、してるんだけどなぁ。いいなあこの機能」

 フナトはウィズが持ってきたらしいミャザ市土産を容赦なく頬張り、たかたかと魔術機の釦を叩く。
 
「シャルロッテは、元々護衛用ゴーレムだろ。アンナは多方面で活躍させたいからさ、人の作業補助とか」
「ちらっと見ただけでもこれ試験すんの頭痛い。フナトみたいな式持って来んなよウィズー」

 フナトの手元の画面は忙しなく切り替わっており、今回の更新の規模が大きいことを窺わせる。

 画面を追うシフの視線も、周囲の資料を含め、広い範囲を彷徨っていた。

「試験項目を作るのはシフが上手いからな。あとは頼んだ」

 よろしく、とウィズとフナトに挟まれているシフに軽く手を挙げると、ウィズもよろしく、と真似っこした。シフはがっくりと頭を落とす。

 同年代の技術馬鹿三人組は馬が合うようで、会うまでは警戒していたシフも、アンナ絡みで巻き込まれているうちにウィズの調子に慣れつつある。

 シフの妙に細かいところも作業が正確なところもウィズには見抜かれているらしく、滞在中はちょくちょく頼まれごとをしているようだ。

「なんとなく振られるかなって思ってましたけどね……。はいはい試験項目作るからちょっと待ってなー」
「「よっしゃ」」

 ウィズとフナトは、軽快に互いの手を打ち鳴らした。フナトのうきうきしている様子を見るに、アンナの式を将来シャルロッテに適用することを喜んでいる様子だ。

 アンナの更新される魔術式は、フナトの手もかなり入ったものだ。ある時期から、残業は少ないのにたまに眠そうにしている姿を見かけるようになった。

 ただ、本人に尋ねてみても『趣味でちょっと魔術式の改良を……』との返答があるのみだった。その割に業務とは無関係の、ゴーレム絡みらしい西区の魔術基礎式についてちょくちょく質問を受けていた。
 
 俺は視界の端にサーシ課長を入れる。

 シャルロッテは、たまにサーシ課長の作業の補助を行うことがあった。

 両手に物を運ぶとか、高いところに上がるだとか、いくら歩くのに支障がないとはいえ、作業の中にはサーシ課長の足では難しい類のものがある。

 俺達にそれらを補助してほしいと言うときのサーシ課長は申し訳なさげだが、シャルロッテに頼むときは『一緒に散歩に行こう』と気楽な様子だ。

 サーシ課長を補助する機能を増やしたい、と俺に言うのは気恥ずかしかったのかもしれないが、言ってくれれば良かったのに、とフナトに一度視線を投げ、自身の机に近寄る。
 
「シフ。試験項目作るなら、こっちの機能の内容も含めて作って」

 机の中から引き出した書類の束を、ばさり、とシフの手元に落とす。落とされた書類に目を通したシフは、げっと声を上げる。

「アンナの機能、更に増えた……」

 え、と立ち上がったフナトがシフの手から書類を引ったくり、素早く目を通して歓声を上げる。

「ウィズはしってたの?」
「知ってた。改良中の式は寄越せって言われたから定期的に流してたけど、昨日、追加機能の完成品が来たから『明日まで黙っておこ』って面白くて黙ってた」
 
「言ってよー」

 ひひ、と笑うウィズの横で、フナトが慌てて書類に目を通している。

 ウィズには追加できるかも、と案を相談していたが、今日までに完成が間に合うかが分からず、フナトには黙っていた。ウィズの確認は済んでいる筈だ、試験が滞りなく進めばそれらの機能も追加されるだろう。

 『雨の日に傘を差しつつできるだけ濡れないように人を運ぶ』だとか、『人を抱き上げたままできるだけ揺らさないように上部の荷物を下ろす』だとか、特定の誰かの補助を想定した機能ばかりだ。
 
 三人がぴいちくぱあちくと会話をしている様を、サーシ課長はにこにこと眺めている。

「なんだか今日は賑やかで、こちらも楽しくなるね」
「……ええ。若いっていいですね」

 くあ、と欠伸をかみ殺して、伸びをする。毎日騒がしいことばかりだが、今週末こそゆっくり過ごしたいものだ。

 

 

 

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