大神官さんと星の犬

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 連れて来たニコは、早速、部屋の隅に毛布を丸め始める。
 
 どうしてもこの毛布がいいのだと主張して、少しの間の滞在だというのにわざわざ持ってきた毛布は、元々はロアの持ち物だったそうだ。
 
「はは、そんなに気に入ったか。それ、もうくたくたなのにな」

 ロアは恥ずかしそうに笑っていたが、ニコは持って行けることを本当に嬉しそうに、毛布をそっと私の手に預けた。
 
 ガウナーの屋敷よりも物が少なく、ひんやりとした大神官室は、あの屋敷に比べれば玄室にも思える。普段は自分ひとりのこの部屋では、色彩となりえるのはこの瞳くらいのものだ。

 けれど、ふと横を見ると、床の上に丸められた毛布があり、その上にたった今、黒い毛玉が丸まったところだった。どちらも色彩を持つそれらは、温度すら発し始めた。そっと近寄り、その頭をそろりと撫でる。

「屋敷と違って、神殿の床は寒いでしょう。……寝台の上にいらっしゃい。その毛布も一緒に」

 ニコは元気よく返事をすると、毛布を咥え、私に導かれるままに、寝台の上に飛び乗った。持ってきた毛布を寝台に広げてやると、その上に再度丸くなる。
 
 横に腰掛け、その背を撫でる。何かが近くにいるとは、温かいものなのだ。昔は知っていたかもしれないことを、ぼんやりと思い出した。
 
「神気を流します。もし、気分が悪くなったら教えてくださいね」

 弾むように喉が鳴る。気を伝わせ、流し、こちらの時で染めてゆく。離れた時の空にもまた自身がいると知っていても、自身の未来の縁者と出逢うのは奇妙な心地だった。
 
 ごろりと寝台に横になる。鼻先に毛布が触れた。ロアの、というよりも、あの屋敷の匂いがした。刹那しか生きられぬのに、あの屋敷には笑みと、日向の匂いが満ちている。淀み、日が届かぬじめじめとした墓所の臭いとは大違いだ。

 無性に泣きたい心地がした。死人に日差しの名残は酷だ。
 
「足の先だけは、本当に白いのですね」

 撫でていると、その目立つ色が視界に入った。
 
 ニコは自慢げに、肉球をこちらに近づけた。差し出される脚を掌で受け止める。ぽすり、と焼き菓子でもぶつけられたような衝撃を感じた。
 
「わざわざ見せずとも分かりますよ。もう、やめなさいって」

 片や肉球を押し付けたがり、片やそれを受け止めてはもういい、と足先を押す。無意識に笑みが漏れる。
 
 ニコは息を吐くと、私の胸元に潜り込んできた。仕方なくその身体を支え、抱きしめる。温かくて、柔らかくて、そして、見知った匂いが混ざっていた。
 
 その匂いに包まれている間は、自分も生者になったかのように錯覚した。
 
 未来の私もこうやって、ニコを抱きしめて眠ることがあるのだろうか。そうやって眠っているときは、自身を人間のように錯覚するのだろうか。
 
 きっともう、ガウナーもサウレも、ロアも、誰も彼もがいなくなった先の、いずれ至る空の下。まだそうやって、僅かな温かさを求めながら、佇んでいるのだろうか。

 

 

「……ちっとも、いい色ではありませんね」

 

 ぺろり、と温かい舌が鼻先を舐めた。

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