冬が厳しいこの国は、日の出が早い。カーテン越しに差し込む日差しに瞬きをしながら、そっと暖かい布団を抜け出た。
恋人は年末の仕事の疲れからか寝こけていて、まだ起きる様子はないようだ。灰色の髪は受ける光によって様々に色を変え、恋人自身が言うほど地味な色とも思わない。
まだ閉じられている瞳を見下ろして、見ている夢が幸せであることを願った。
「とっても甘い夢でありますように。……ちょっと離れるね、ヴァレリー」
彼のガウンを借り、室内履きに足を通してそうっと部屋を出た。冷たい廊下を歩いていると、窓辺から冷気が忍び寄る。
窓越しに広がる冷たいばかりであろう街は、降り積もった雪で真っ白に染まっていた。まだ歩く人がいないのだろう、ちらほらと付いた足跡以外に色はない。寒さを齎す元凶であることを忘れて、静かな美しさに見入った。
寒さに現実に引き戻されると、足早に廊下を抜け、居間へと移動する。暖房装置に魔力を使って火を灯し、冷え切った指先をかざして暖めた。
「さむ……、お酒飲んじゃお」
勝手知ったる恋人の家。台所の棚から酒瓶をいくつか取り出し、温めるのに向きそうな紅色の酒を選ぶ。ふと、ヴァレリーが買い置いていた太陽の日差しのような果実を思い出し、ナイフで輪切りにした。
小鍋に酒と果実を入れ、魔術で着火する。一人で飲むには多めだが、ヴァレリーが起きてこなかったら一人で飲み尽くしてしまうつもりだ。
温める片手間に塩漬けの脂身を取り出し、切り分けて野菜を載せた。簡単な料理しかできないし、酒のつまみくらいしか覚える気も湧かないが、振る舞うと恋人は乏しい表情の奥で喜んでくれる。
できあがった酒を耐熱性の硝子カップに注ぎ入れ、皿と共に食卓へと運ぶ。恋人が居間に足を踏み入れたのは、その瞬間である。
僕はくすりと笑って、皿と酒を持ち上げた。
「おはよ。寒いから一杯、と思ったんだけど、乗る?」
「乗る。俺の分もあるのか?」
「もちろん」
こっそり飲み尽くしてしまおうと思っていた、という言葉を飲み込んで、カップをもう一組用意した。
覗き見た恋人の表情は分かりやすく嬉しそうで、起きた瞬間の僥倖に機嫌がよくなったようだ。
「あと、ガウン返してくれ。リジェのだと俺は着られないんだ」
こっちのほうが暖かいのに、との言葉を飲み込んで、小首を傾げる。
「ヴァレリーのにおいがするほうを着てたいなあ」
ぐっと息を呑み込んだ恋人は、それなら服を取ってくる、と引き返していった。ガウンの裾を鼻先に当て、恋人の匂いにくふふ、とひっそり笑う。
暖かさを取り戻す部屋、美味しそうな飲み物の匂い。恋人の声と、雪の混じった風の音。寒さの中でさえ、二人で暖めあえばその空間に不幸はない。
ガウンは匂いが消えたら返そう、と決め、戻ってきた恋人に全力で抱き付きに向かうのだった。