寒さが酷い早朝のことだ。キュンキュンと遠くから甘えるような声が聞こえてくる。
やがて耳元の布団がもぞりもぞりとゆっくり動き、低く伝う声が空気を揺らしたような気がした。
隣で暖めていたはずの体温がするりと抜け出ると、俺はつい布団を握り締めて側に寄せた。近くでなんだか話していた気がするが、認識したのはただの声の響きだけだ。
また一瞬、眠りに落ちた気がする。
起床に一気に引き戻されたのは、足元に触れた冷たさ故だった。
「────つめた!」
自分の声に驚いてぱちりと目を覚まし、申し訳なさそうにしている伴侶を見上げる。布団に入るのを躊躇おうとする様子に、裾を掴んで引き込んだ。
振り返って窓の外を見ると、ちらほらと雪が舞っている。
「ゆき……降ってんの」
「ああ。ニコが遊びたいとねだるから、門に鍵をして玄関を開け放ってきた。飽きたら戻ってくるだろう」
外からはざかざかと雪を掻く音がする。
ガウナーを掴んで身を起こし、窓から庭を見下ろす。白い雪で満ちた庭の中を、黒い塊が猛然と突き進んでいくのが見えた。
しっぽはぶんぶんと振られており、大海に放たれた魚のようでもある。
「外、寒かったろ?」
「人の身には堪えるな」
寒さに構わず雪を掘り返していく神の姿を目にすれば、彼の言い分も分かるものである。一緒に外で遊ぶ元気も出ず、もぞもぞと寝台に戻る。
冷たさが緩和したガウナーの肌を擦り、体温を分けてもらった。
「まだ寝られる?」
「もう少しで、完全に日が見える頃かな」
そか、と返事をして、温かい胸元に潜り込んだ。起きてしまったらしい伴侶は、そっと背を撫でては窓を眺めているようである。
彼の呼吸音と、雪が降り積もる音、庭を駆け回って雪を踏みしめる音が混ざった朝は、微睡むには優しい空間だった。
眠りに落ちたくなくて、頬を擦りつけながら喉を鳴らす。
「冬は、君が近くていい」
冬場は、体温を分け与えてもらいに近寄りがちだ。ガウナーは嬉しそうにしているのでいいのだが、そろそろ鬱陶しくはならないのだろうか。
懐が広いよなあ、と感心しながら回される腕の心地よさを楽しむ。
「俺も。あったかいとこが好き」
くすくすと笑い声が響き、ゆったりとした時間が流れる。
雪かきはどうしようだとか、魔構の屋根が心配だとか、起床時間までを眠りもせずに話しながら埋めていく。
どたどたと階段を駆け上がってくる音がしたのは、しばらくの穏やかな時間が過ぎた後だった。
扉を開け放ち、冷気を纏った身体が部屋に入ってくる。
毛皮には雪が絡まり、明らかに寒そうに見えるのに息は上がっていた。口は開き、熱を逃がすように舌が伸びている。
「おや。困ったな」
ガウナーは布団から身を起こし、拭くものを取りに行こうと立ち上がる。その服の裾を、ニコの顎が噛んだ。
そのまま部屋の外に向けて引き、身体を反転させて促してくる。星を宿した瞳の奥はぴかぴかと瞬き、遊びへ誘われているのは明らかだった。
「……言葉を話さずとも、伝わるものはあるのだな」
「俺そと行きたくないよぉ……」
うわぁん、と泣き真似をしても、死なば諸共、と笑いながら腕を引いてくるガウナーの力には敵わない。自分だけ外に行かされるのは不公平だ、とばかりに準備を整えていく。
最終的にはコートと襟巻き、手袋、と防寒着を一式着せ着けられ、両側から腕を引かれるように外に連れ出されていった。
「ぁああああ! ほんと寒いんだけど!!」
連れ出された文句と共に放り投げた雪玉は、空中でニコの顎に捉えられて噛み砕かれる。
そういう遊びじゃない、と腹を抱える伴侶は、少年に戻ったかのように屈託ない笑顔を浮かべていた。