宰相閣下と魔術師さんの贈り物

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※「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん4」以降の話で、「変人な同僚と一夜を過ごしてしまった魔術師さん」のネタバレを含みます。

 

 

 今日はなんだかニコがそわそわとしていて、朝から今日は絶対に職場に付いていく、と断固として側を離れなかった。

 ガウナーが家を出る前に触ろうとするのにも、ちらちらと俺がいなくならないか確認しながら対応している。

 誰かに美味しいものを貰う約束でもしていただろうか、と首を傾げながら望まれるまま共に通勤した。

 職場に着くと、いつも通りにゴーレムであるシャルロッテの隣に腰を下ろした。どうやら朝方の約束ではないらしい。

 俺はいつも通り音が鳴る扉を抜け、全員に挨拶をしつつ今日の予定が書かれている表に視線を向ける。ほぼ打ち合わせの予定くらいしか入っていなかったが、一名だけ変わった予定が書き込まれている。

『フナト:研修』

 でかでかと書かれた予定を見て、そういえば隣国から研修に人が来るのだった、と思い出した。応接机にはフナトが積み上げたらしき魔術書が山になっていて、本人も朝から忙しなく書類を準備している。

 自分の机から飴の包みを持ち上げ、近付いてフナトの机に滑らせる。

「おはよ。手伝うことある?」

「ありがとうございますー。でも、もう準備はほぼ終わりかけで」

「おー流石。アルヴァ身長でかいけど大丈夫か。慣れるまで俺も同席しようか?」

 フナトはぴたりと動きを止め、少し悩むように視線を逸らすが、ぐっと眉を持ち上げて首を横に振った。

 最近はこうやって頼ってくれなくなったのが、頼もしいやら寂しいやらである。

「僕、はだいじょうぶ、です」

「そか。近くにいるから怖くなったら呼ぶんだぞ」

 はい、と頷く頭をかるく撫で、自席に戻った。

 昼になったら交流がてら一緒に食事を取るつもりだが、それ以外の進行はフナトが自身で予定を立てている。アルヴァは怒りやすい性質という訳ではないが、図体もでかいし、口調に迷いがないために怖がられがちだ。

 フナトには結界術を教えてもらっているため、彼が進行できなくなったら自分が教えればいいか、と自身の予定も確認した。

 隣国からアルヴァが訪れたのは、始業の鐘が鳴った直後のことだった。

 外からニコの嬉しそうな声が聞こえる。来訪者があれば多少の機嫌は良くなるが、珍しい反応に窓から外を眺める。

 白髪の青年が、少し控えめながらニコを撫で回している様子が視界に入った。

「フナト。お客さん来てるみたいだぞ?」

「え? あ、ほんとだー」

 ばたばたとフナトが出ていく背を追うと、俺に気づいたニコがこっちに駆けてくる。でかい丸太のような衝撃をよろめきながら受け止め、目の前で挨拶を交わしている二人を見る。

「お久しぶり、です……?」

「はい、お久しぶりです。本日はお世話になります」

 深々と頭を下げたアルヴァに、フナトはわたわたと手を振る。予想外の行動から始まった所為で、まだ怖がりが表に出ていない。

 アルヴァは手提げ袋を差し出すと、お土産です、と言った。隣国の名産品である果物を使った菓子だそうだ。

 恙なく会話が進んでいく様子を見ながら、二人のうちどちらが原因、とは分からないが、以前よりも雪解けが早いように感じる。股の間でじたばたしているニコを押さえていると、腕の中で暴れて毛が散った。

 ニコはどうやら、アルヴァに突進したいようだ。

「なんでニコ、アルヴァんとこ行きたがるんだ?」

 視線を合わせると、ちらりとアルヴァを見て、わふわふと何事かを話している。

 ルーカスがいないと通訳はできないが、と思ったところで、そういえばルーカスとアルヴァの髪色は一見おなじに見えるなと思い至った。

 アルヴァは実験の副作用で色を失っただけで、神の加護によって色を変えたルーカスとはまた違う。だが、何か通じるものでもあるのだろうか。アルヴァにクロノ神の特別な加護がないことはニコが一番知っているはずだろうに、不思議な反応だった。

 俺がニコと通じない会話をしていると、一連の流れをアルヴァに見られていた。

「……ロア代理。その子は代理のうちの子ですか?」

「ああ、俺が預かってる子だよ」

 ふっと力が緩むと、弾丸は放たれてアルヴァの元に向かっていった。

 立ち上がって胸に当ててくるニコの前脚を、アルヴァは冷静に両手で取った。アルヴァが首を傾げると、ニコが同じように頭を倒す。

「人なつっこいですね」

「あー……。ルーカスとも仲良いから、なんだろ、親近感があるのかも」

「ああ、大神官と同じような色ですからね。まあ、あの方と一括りにすれば神罰が下りそうなものですが」

 そっと前脚を地に下ろし、アルヴァは大きな掌でニコの頭を撫でる。

 彼がしゃがみ込んで、今から仕事だから、と説明すると、ニコは寂しそうに、でも諦めたようにシャルロッテの隣に戻った。

「ロア代理もお久しぶりです。ご結婚おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「それで、このゴーレムについてなんですが……」

 社交辞令もそこそこに紡がれた言葉に、ふっと笑いが零れる。

「お前ひとの結婚になんも興味なかっただろ。ゴーレムにばっかそわそわしやがって」

「いえ、なくもないです。俺も結婚願望が湧きましたので」

 えっ、と俺とフナトの声が揃った。アルヴァは研究以外に興味の無いような男で、結婚も面倒がりそうな印象だった。

 俺たちの反応に、彼は不思議そうに目を丸くしている。

「お前の相手、大変そうだな……」

「ああ、そうだと思います。結婚したいと言っても頷いてくれないので。後で少し相談させてください」

「いいけど……。助言できるかねえ」

 職場に案内すると、アルヴァは挨拶をしながら入ってくる。彼は職場を見渡し、見知った顔を見つけて声を掛けた。

「ヘルメス。元気にしてたか」

「やあ、アルヴァ。もちろんだよ」

 ヘルメスは立ち上がると、歩み寄ってアルヴァの肩を叩いた。この実験好き二名は親戚同士で、アルヴァが髪色を失っているものの顔立ちはよく似ている。

 性格も似た者同士で、それぞれの王宮を破壊して回っているのも同じのはずだ。アルヴァがいる職場の上司も頭を悩ませているらしい。

 どこの組織でも中間管理職は辛いものだ。

「──僕は結界術は苦手だし、覚えるより実験を進めたいけど。君だって好きじゃないはずの結界術を学ぼうとするなんて、どういう風の吹き回し?」

「ああ。求婚している相手に、王宮を壊さないでくれと言われてしまってな」

「そうなんだ? なら仕方ないね。頑張って」

 それなら自分も結界術を学ぼうかな、とならないのが部下であるヘルメスのヘルメスたる所以なのかもしれない。俺は少しだけ残念に思いながら、部下の自主性を重んじて口を噤んだ。

 アルヴァがサーシ課長への挨拶を終えてこちらを振り返ると、フナトは応接机に案内した。びくびくとしながらも、会話は途切れることなく続いている。

 求婚した相手のために王宮を壊さないようにしたい、という思考はフナトからしても好ましいはずで、その言葉が良い効果を齎したのかもしれない。

 フナトはアルヴァが習得している魔術の範囲を聞き取りして、手元の魔術書を開いた。

「────まず、結界術はなにかを守りたいという気持ちがだいじで」

「あまりそういった気持ちを抱いたことがない場合は、どうしたらいいですか?」

「……えぇ…………。だれか、別のひとに掛けてもらうとか……?」

 前途多難そうな言葉が聞こえてきたが、部下の成長のためにあえて耳を塞ぐことにした。

 

 

 

 あれからフナトは、求婚した人をまもりたいでしょう? とアルヴァを説得し、気持ちを改めさせてから結界術の座学研修を始めた。

 隣国では結界術は発展している分野ではなく、王宮付の魔術師が魔術学校から持ってきたものが主に使われているようだ。フナトの術はかなり改良が進んでいるようで、アルヴァも熱心に質問を重ねている。

 魔術の話を打ち合っていると、お互いに遠慮もなくなってくる。アルヴァがどんな鋭い声を出しても、フナトは説明に集中して怯える暇もなくなっていた。

 急な話ではあったが、予定を調整して良かったな、とこっそり安堵する。

 昼の鐘が鳴るとそれぞれが弁当を持ち寄り、アルヴァもその輪の中に入った。なぜ研修に来たのか、の答えを聞くと課員から謎の歓声が上がる。

「それで、ロア代理にご相談したいことがありまして」

「ああ、朝言ってたやつな。何だ?」

 アルヴァは取り出した只のパンを割りながら、相談を切り出す。

「求婚した相手にお土産を買いたいんですが、何がいいと思いますか?」

 ああ、と誰からともなく声がした。確かに隣国に来たのなら、ついでにお土産でも買っていけば心証がいい。

 俺は屋敷から持たされた昼食の中から、取り分けやすい食べ物をアルヴァに分けてやる。彼は礼を言いながら口に運んだ。

「そうだなあ。食べ物とか酒、石鹸みたいなものとか……」

「はあ? 代理、恋人相手ですよ」

 部下のシフが反対意見を述べた。アルヴァが言葉を止めないので、そのまま続けるよう促す。

「そりゃ友人とか知り合いなら消え物ですけど、恋人なら逆に手元に残ってほしいじゃないですか」

 その言葉に俺が首を傾げると、あんたはこれだから、といつも通りシフに怒られる。

「代理のことだから、どうせ関係が破綻したら贈り物は邪魔、って感覚がこびり付いてるんでしょうけど。結婚したんだし、もうちょっと自分勝手に振る舞ってくださいよ」

「うーん。あー……、はい」

 ならよし、とシフに解放されると、その様子を見守っていたアルヴァが口を開いた。

「確かに、俺もディノ……相手に手元に残してもらえるような物を贈りたい。そちらで考えてみます」

「それだと、装飾品かな。うちの国らしい感じの」

 とはいえ、ぱっと品物が出てこないものである。そうだ、と俺は手を合わせ、提案する。

「アルヴァの泊まってる宿屋までの帰りに寄り道しないか? 選ぶの付き合うよ」

「助かります。では、その時に」

 アルヴァは隣国の話をしてくれたが、『求婚した人』が現れたことで向こうでの暮らしが楽しくなっていることが言葉の端々から窺えた。

 フナトもまたいくつか質問を投げ掛けており、体格はどうあれ、アルヴァとの会話に緊張感は見えない。

 昼食を終えると、フナトとアルヴァは外に出て行って結界の実地練習を始めた。

 外に出てきてくれた、とニコは大はしゃぎで、アルヴァがせっかく成功させた結界を全力で体当たりしてぶち破っていく。

「もう、ニコ……!」

 フナトの焦った声が遠くで聞こえる。

 ナーキアの一件で、結界を割るのが上手くなったらしい。そして、破る行為を面白いことだと認識してしまったようだ。

 窓からその様子を眺めていると、皆の視線もちらちらと窓の外に逸れているのが分かる。あんなに景気よくパリンパリンと結界が破られていく様子は、そう見られるものではない。

 戻ってきたアルヴァは、あまりにもニコ相手に結界が効かないものだから、少し自信を無くしたように弱音を吐いていた。神相手に結界も何も無い、と言えればよかったのだが、日頃からたくさん訓練をしていて……、と説明するに留まる。

 夕方になると、部下たちは定時で帰るべく片付けを始める。フナトの研修も予定通り終わり、俺は少し早いが、とアルヴァを誘ってニコと職場を出た。

 アルヴァの泊まっている宿屋は大通り沿いにあり、その通りでお土産を選ぶことにして歩き出した。彼の髪色は視線を集めるので、面倒らしく細い道を選んでいた。

 普段なら治安が悪い、と選ばない道だが、大人も噛んで引き倒すニコが同行していれば問題なく、何事もなく大通りに辿り着いた。

 装飾品を多く取り扱っている店を選び、ニコを待たせて店に入る。

「相手が好きな色はある?」

「聞いたことはないです。……相手の髪と瞳の色は落ち着いた色なので、鮮やかな品がいいかと思うのですが」

「ああ、そうだな。じゃあ宝石……は高価すぎて引かれそうだから、天然石や硝子かな。あっち」

 店の一角には天然石や硝子を使った手頃な装飾品を集めた一角があり、アルヴァをそちらに誘導する。彼は硝子製品が集まった場所を眺め、いくつかを手に取って持ち上げた。

 ひとつひとつ見ていくものだから少し時間が掛かりそうで、俺もそのあたりを眺めることにする。折角だからガウナーに何か買っていくか、と自分も品物を手に取り始めた。

「国花をあしらった品、は土産品らしくていいかと思うのですが、貰う側としてはどうですか?」

「うん。色も鮮やかだし、心が美しい人に贈る花だっけ。貰って悪い気はしないな」

「じゃあ、俺も馴染みのある花ですし、この中から選んでみます」

 そう言ってまたああでもない、こうでもないと選んでは戻すのを繰り返し始めた。途中までは付き合っていたが、熱中しているようだとその場を離れ、店内をぶらつき始める。

 筆記具が集まる一角に辿り着くと、壁にずらりとインクの入った硝子瓶が並んでいた。小ぶりなものも多く、お土産には手頃に思えた。俺は次から次に瓶を手に取ると、光に透かしては棚に戻す。

「恋人なら、手元に残る……ねえ」

 ふと、緑色のインクが入った瓶が目に留まる。持ち上げて光に透かすと、とぷん、と中身が揺れた。同じ色の瓶がいくつかあり、一番おおきな瓶を持ち上げた。

「これなら長く手元に残るか」

 自分の色を相手に押し付けるなんて、自分勝手もいいところだ。だが、たまにはこんな我が儘も悪くない気分だった。

 俺が瓶を大事に抱えてアルヴァの元に戻ると、彼もブローチを手に持っていた。

「決まった?」

「はい。お待たせして済みません、これにします」

「ううん。俺も旦那にお土産買うことにしたんだ」

 これ、とインクの入った瓶を振ってみると、俺の意図を知ってか知らずか、アルヴァは口元を緩めた。

「長く使えそうでいいですね。じゃあ、包んで貰いましょうか」

 二人して代金を支払い、贈り物用に包装をして貰った。

 妙にそわそわとしながら店を出ると、ニコは遅い、とアルヴァに突進してくる。あわや大惨事だったが、彼がしっかりと品物を握っていたため難を逃れた。

 アルヴァを宿屋に送って、俺もニコと帰路に就く。

 持っている包みは軽く、飛んでいってしまいそうでぎゅっと抱え込んだ。

 

 

 

 ガウナーはいつも通りに帰宅し、二人で夕食を取って、ごろごろと床を転げ回るニコを見ながら今日のアルヴァへの反応について話す。

 ガウナーも何故ニコがアルヴァに反応するのか心当たりはなく、やっぱり髪色が似ているから親近感が湧くんじゃないか、という仮説に落ち着いた。

 そんな単純な話でいいのだろうか、とは思ったのだが、無邪気に転がるニコを見ているとそれくらい単純な気もしてくる。

 いつ渡そうか機会を図りかねていた包みを、こっそりと持って近付く。ガウナーの隣に、とすん、と腰掛けた。

「あのさ、ガウナー。今日、帰り掛けにアルヴァの恋人さんへのお土産選びに付き合ったんだけどさ」

「君は面倒見がいいな。楽しかったか?」

 腕が伸びて、頬に手のひらが添えられる。手のひらを包み込みながら、もっとぴったりと触れるように首を傾けた。

「うん、楽しかった。……楽しくて、俺も贈り物選んじゃって……」

 背後に隠していた包みを、そっと目の前に差し出す。途端にぱっとガウナーの口元が綻び、両手で包みは受け取られた。

 開けてもいいか問う言葉に頷くと、丁寧に包み紙が剥がされる。

「あぁ……、いい色のインクだ」

「鮮やかすぎるから、職場じゃなくて屋敷で使う用にしよ」

「だが、勿体なくて使えないな」

 想像通りの言葉に、ふ、と笑いが零れる。使ってよ、と肩に寄り掛かると、空いていた手に掌が重なった。

 ガウナーは瓶を振って照明に透かしては、満足そうに唇を上げる。

「────君の色だ」

 インクの色の意図は、すぐにばれてしまったらしい。

 ガウナーは文句も言わず、ただ愛おしそうに瓶を揺らしている。こんなに喜んでくれるのなら、もっとお土産を買えば良かったな、とこっそりと反省した。

 重なった掌と指先が絡み、もっと深く触れ合う。

「……ちなみに、私は他の男と帰り道に二人きりで買い物したことについては勿論、妬いているがね?」

「ニコもいたし、相手だって恋人持ちなのー」

 こうやって好き好んで寄り添うのは一人だけなのに、すぐ茶化しつつ嫉妬を口に出す。安心させてくれないか、と触れ合いを求められ、仕方ないな、と喜んで応じた。

 

 

 

 贈り物のインク瓶はその後、本当に大事に使われている。中身がなくなったら注ぎ足すそうだが、瓶は断固として変えたくないらしい。

 ちょっとしたお土産があまりにも丁寧に扱われてしまい、俺はお土産の頻度を上げづらくなってしまった。

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