先輩を連れて来て!と父さんが煩いものだから、割とすぐに先輩は俺の家を訪れた。先輩には基本的には親父の旧姓を使って名乗っていたものだから、先輩はまだ実感が湧かないように『金持ちの家っぽい』『無駄に豪華』『高そう』と遺憾なく一般庶民っぷりを発揮していた。
「いらっしゃい!」
父さんは嬉しそうに先輩を出迎え、メル友らしく世間話に花を咲かせている。親父も出迎えると言っていたので普通に出てくるかと思いきや、執事服で出て来たものだから俺は平静を装いながらも目を剥く。
「いらっしゃいませ」
にっこり笑う親父は鋭い視線で俺を制する。父さんも社長だが親父も社長だ、執事服なんて着て先輩の上着を受け取ろうとしているがそんなことは下っ端に、が通る立場だ。何で親父執事服着て執事っぽく振る舞ってんのと俺は父さんに囁くが、父さんはないしょーと可愛く笑っているだけだ。
「わざわざ、どうもありがとうございます」
対して先輩は執事の格好をしている親父にも腰が低く礼を言っている。先輩にとっては執事でさえも敬意を払う相手だ、使用人と主人という立場になりきれない先輩は……、まあ、それも先輩らしい。
「応接室はこちらです。どうぞ」
「あ、はい。広いですね」
「迷われませんよう、はぐれないようにして下さいね」
親父、先代社長に見初められて社長になる前には執事長っていう変な職歴だったっけ……、と手慣れた案内に父親の過去を垣間見る。それにしてもこの悪戯はやり過ぎだ、種明かしした時に先輩が腰を抜かしそうだ。
「はい。……あ、花、可愛いですね」
先輩は廊下の隅に飾った花のアレンジメントが気に入ったらしく足を止めている。家に飾っている花の中では小振りなそれに、先輩は指先を触れされるとにこりと笑う。ゆるめた口元がご機嫌で、家に来てちょっと緊張していたらしい様子が和らぐ。
「……悟司みたいで」
黄色が主体のそのアレンジメントをやわらかく見つめる眼差しは、どう贔屓目に見ても愛情を多分に含んだもので、俺もつられて眦を下げた。俺は小走りに駆け、先輩の手のひらを掬い上げて握る。
先輩は驚きながらも俺の手を握り返した。
「なあ、悟司。あの執事さん、お前の親戚?執事に就職した?」
聞いていいか迷うように問いかける先輩は、複雑な事情でもあるのかと憂慮しているようだった。
「へ?なんで?」
俺が問い返すと、先輩はにこにこと笑う執事服の親父を見つめて足を止める。ちょっとしたコスプレ兼悪戯にそこまで深刻に捉えなくても良いのだし、悪戯好きな両親に先輩の律儀さが振り回されているのが申し訳ない。
「かわいさが、似てる」
「……やっぱ先輩、ツワモノだわ……」
親父を俺に似ているかわいさだと言い切る先輩は間違いなくなんというか、スキモノというか。俺は先輩のかわいいの範疇に入っていることに安堵しながら先輩の手を引く。
「俺、ずっと先輩にかわいいって言って貰えるように努力する」
先輩は迷うように視線を落とし、言葉を選んで口籠る。あまりにも一生懸命考えているものだから、俺は先輩の顔を覗き込んだ。
目尻が染まって、唇が僅かに震える。
「……頑張らなくても、かわいい、と、……思うんだ、けど」
精一杯の言葉であろうそれに俺はついキスで返してしまい、後で両親から盛大にからかわれた。