自称猫と言い張る宇宙人が増えた

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【人物】
兎毛 松汰(うげ しょうた)
ホノマガ

野椎(のづち)
チガヤ

 

 宇宙人と地球人。宿主と寄生体。

 生まれたとき既に一部の臓器が動いていなかった俺は、偶然居合わせた宇宙人であるホノマガに助けられ、生き存えることになった。

 ホノマガが飽き、俺から離れて生活しようとすれば、俺はしばらくすると死に至る。だが、宿主は飽きることなく俺にへばりつき、栄養を送り込んでくれる。

 彼は……彼というのも適切ではないのかもしれないが……俺を愛していると言い、俺もまた、彼を愛している。
 

 

 

 その日は、定期検診のために研究所を訪れていた。

 宇宙人の生態を研究する機関であり、俺の産まれた頃からの生体データが保管され続けている場所だ。

 今日も人間ドックと呼べるような検査を受けたのだが、動いていない臓器は変わらぬまま体内にあり、その代わりに妙なパスで死んだ臓器と臓器が繋がれ、それらは人間の細胞ではない何かで代替のような動作を繰り返していた。

 体重、筋肉、脂肪量などは生存における最適ともいえる数値に落ち着いており、運動データだけを見れば全くの健康体といえる。

 研究者から説明を受けたホノマガは、ふむふむと俺の数値を頭に入れ、専門的な会話を繰り返している。

 今日は人間体、というのか、非常に美形な異国人の男性姿で研究所を訪れていた。猫の姿でもいいのだが、研究所内でゴムの塊のような物体をくっつけたまま歩いていると兎角目立つ。

「────この後、お時間を頂きたいのですが」

 研究者は、俺と同じような地球人が発生したのだと告げた。

 俺とは違い、その地球人は生まれた時は健康だったのだが、交通事故に遭い、内臓の大半が損なわれた。その時、居合わせたホノマガと同じ星から来た宇宙人がその人物に取り付いたのだという。

 最初は命が危なかったが、俺の研究データを持った所員が病院へ行き、生存のための情報を宇宙人に教えた結果、現在は体調も落ち着いているらしい。

 だが、地球人を生かす、という慣れていない事を続けている宇宙人も、栄養の提供を受ける地球人も、少しずつ弱っているようだ。

 共存のためのノウハウを宇宙人に伝えてほしい、というのが所員からの頼みだった。

「松汰。同族が弱っているのは見過ごせません」

「そうだな。……時間は大丈夫です。暇です」

 該当の人物は研究所内の病室に入院しており、俺たちは所員の案内に従って研究所内を移動することになった。

 ホノマガは興味深そうに室内を見回している。内装は一般的な病院のそれだったが、時々目にする機械はどれも大型で、見慣れない外観をしている。

 地球人が入院しているのは、普段、検査を受ける場所とは別の棟だった。

 建物の中は静かで、検査を行うというよりも入院患者だけが集められた場所のように見える。

 所員が一つの病室にノックをして入っていき、続けて俺たちも呼ばれる。ベッドに腰掛け、点滴に繋がれていたのは、俺と同年代と思われる線の細い青年だった。

 顔立ちは整っているが、全体的に顔色が悪く、吹けば飛んでしまいそうだ。

 そして、彼の方には猫姿のホノマガと似たような、ゴムが不定形に固まったようなぷよぷよとした塊が乗っていた。

「こんにちは。俺は兎毛といいます、こっちがホノマガです」

 ホノマガは人間体の口を開くと、ぐにゃりと歪んだ音を発する。地球上のどの言語とも似つかない音が途切れると、今度は青年の肩に乗った塊からも似たような調子の音が返ってくる。

 ふたりの宇宙人が何らかの会話を終えると、ホノマガは俺を向いた。

「取りあえず、座りましょうか」

 所員は席を外す、と言い、病室から出て行った。俺たちは背のないパイプ椅子を引き寄せ、腰掛ける。

 青年は俺に会釈をすると、緊張した様子のまま言葉を発した。日本語だった。

「僕は野椎といいます。先週に事故に遭って、内臓……破裂でしたか。……によっていくつか臓器を無くしたのですが、ここにいるチガヤのおかげで生き延びました」

「その、チガヤさんは日本語を喋れますか?」

「いえ。まだ片言程度でしょうか。すごく疲れているようで、喋りを覚える気力もないみたいです」

 ぷるぷると塊が揺れた。イエス、と言っているように思えた。ホノマガに視線を向けると、こくり、と頷き返される。

「少し事情を聞いてみたのですが、このチガヤという個体は、生まれた時から選り好みが激しい性格だったようで、今まで共存する存在を持っていなかったようです。栄養の吸収と受け渡しも上手くない、と本人が言っています」

「野椎さんを生かすために慣れないことして疲れてる、のか?」

「ええ。いい機会ですので、実地で教えましょう。松汰、研究所の売店から何でもいいので食品を大量に買ってきていただけませんか」

 自分で行けよ、と思ったが、美形がふらふらと売店に立ち寄るのも面倒が多いかもしれない。

 分かった、と承諾し、早足で研究所内の売店からパッケージを開ければ食べられるような食品を買って戻った。

 病室に戻ってベッドに食品を広げると、野椎の目はパッケージを追う。食品の味をあまり知らない俺と違って、彼は今まで普通の生活をして、食品の味を知っている。

「何だか、不思議な感じがします。味は知っていて美味しそうだと思うのに、食欲がまったく湧かないんです」

「ああ。……分かります」

 俺が同意を返すと、野椎は細い顔立ちにふっと綺麗な笑いを浮かべる。

 ホノマガはその場で変身を解いた。べちょり、と黒い塊が床に落ち、するするとベッドの脚を伝って登っていく。

 食品の近くまで来たホノマガは、ひゅるりと細い足をチガヤに向けて伸ばした。空中でふたつの触手が絡み合うと、双方とも黒いせいで境界が分からなくなった。

 ホノマガの触手はパンのパッケージを開け、黒い空洞へと中身を放り込む。バリバリムシャムシャと雑な咀嚼の後、ごくりと何かが飲み込まれる。

 そして、触手の一本が俺に巻き付くと、ずぶり、と臍から体内に埋め込まれているホノマガの管理下にある器官と結合した。

 栄養が送られる感覚があると、まるで食事をしたかのように体温が上がった。異形の猫は引き続き、サンドイッチ、フライドチキン、ヨーグルト、と次々に食事を口に放り込んでいく。

 食事、という情緒のない、ただ栄養素を咀嚼するだけの行為に、あの存在が宇宙人であることを実感する。

「チガヤさん、はこんな感じに食事する?」

 チガヤ、と呼ばれた個体はごにゃごにゃと言っているようだったが、俺には言葉が通じない。代わりに野椎が答える。

「もうちょっとゆっくり、です。咀嚼という行動も慣れないようですし、栄養を送ってはくれているんですが、時間がかかるというか」

「効率的じゃない、って感じか」

 俺たちが会話している間に、栄養として買い求めた食事たちはあっさりと空になり、触手はゴミをまとめてビニール袋を縛った。

 俺と結合していた触手は引き抜かれたが、チガヤと繋いだ部分は一体化したままになっている。

 何気なく観察していると、ホノマガがごにょごにょと何か異星語で指示を出し、チガヤの触手が野椎の臍に伸びた。

「うわ……!」

 青年は一度だけ悲鳴のような声を上げたが、栄養素を送っているだけらしく、直ぐに黙った。

 野椎は最初こそ不安そうな顔をしていたが、段々と表情が明るくなっていく。

「私から栄養素だけをチガヤに渡しています。自分で咀嚼して栄養素を抽出する行動がない分、楽でしょう」

「おお。お前って有能だったんだな」

「松汰との暮らしは長いので。日本でいう、年の功というやつです」

 野椎は拳を握ったり開いたりと繰り返している。俺と視線が合うと、頭の上で丸を作ってみせた。

 思ったよりも、ひょうきんな性格なのかもしれない。

「なんかこう、ずっと栄養不足みたいな怠さがあったんだけど、一気に楽になりました……!」

 チガヤは、申し訳なさそうにまた、ごにゃごにゃと言っている。

 ホノマガに通訳してもらうと、どうやら宇宙人は野椎青年に思い入れがあるのか、栄養を十分に与えられない事を悔しく思っていたようだった。

「その。野椎さんが交通事故に遭ったとき、どうしてチガヤさんは取り付いてまで助けようとしたんですか?」

 俺の言葉を宇宙人間で伝えてもらうと、少しの間が空き、ホノマガの口を経由して返事があった。

「顔が好みだそうです」

 俺と、野椎さんが同時に固まった。

 青年は自らの顔を指さし、その行動を肯定するかのように黒い不定形の塊が上下にばるんばるんと揺れる。

「面食いの宇宙人、初めて見た」

「僕も」

 ふっと地球人同士で笑い合うと、初対面同士の緊張感も解けてしまった。敬語を使わなくとも、と言われ、年齢を明かし合うと、なんと同じ年だった。

 俺は生まれたときからホノマガといる、と言うと感心される。

「────ご両親、どんな感じですか? うちの父母、面会に来てくれて、生きていること自体は喜んでくれるんですが、対応が妙というか」

「ああ……。うちの親も、たまに苦い顔をしてる。特に母親なんかはさ、俺がホノマガ無しに生きられない身体に産んだのは自分の所為だ、とか言うからさ。いっぺん、強く怒ったことがあるよ」

 ただ、言葉が思いつかなくて『いま生きてるんだからいいだろ!』だとか訳のわからない理屈を勢いで押しつけたような気がする。

 一人暮らしを始めるときも心配されたが、俺よりもホノマガのほうの信頼が厚く、実家に帰ると、宇宙人経由で息子の健康状態を把握しているようだった。

「そっかぁ。じゃあ、僕も長丁場になりそうだなぁ」

「ああ。絶対に長丁場になる。……から、言いたいことは言っておけよ。宇宙人と違って言葉が通じるんだしさ」

「そだね」

 野椎はぽすぽすとチガヤを撫で、ホノマガにも礼を言う。自称猫は、猫とは似つかわしくない『グロロロロ』という鳴き声を上げると、人間の姿で着てきた服を拾った。

 ぐにゃりと変形すると、人の姿を取って平然と服を着る。全裸の美形が堂々と着替えている様は、映画の一場面でも見ているような現実感の無さだった。

「そういえば、ホノマガさんみたいに、チガヤも人の姿が取れるってこと……ですか?」

 野椎の問いに、絶世の美形はこくりと頷く。

「地球人の姿をいくつも学習させるといいでしょう。テレビでも、映画でも。その中で、貴方が好きな顔があったら伝えておくといい」

「それに、何の意味があるんですか?」

「偶に見ることになる顔なら、好みの顔のほうがいいでしょう」

「えっと……。チガヤに僕の好みの姿をしてもらうのは、なんだか失礼なような気が…………」

 野椎がチガヤを尊重したいと思っているのは理解できるが、ホノマガに人の顔への興味はさほどない。美的感覚は、俺たちとはかけ離れているはずだ。

「ホノマガにはそういう拘りないし、そもそも姿を自由自在に変えられるような存在だからさ。普段は好き勝手な姿をしてるだろうし、人型とる時くらい好きな顔になってもらったら?」

「…………えぇ……っと。その、分かりました」

 俺たちは共存のためのノウハウを伝え、連絡先を交換して彼の病室から離れた。

 ホノマガが効果的な栄養の受け渡し方を教えはしたが、また体調が悪化するような事はないとも言えない。

 それに、宇宙人込みで生きていく人生というものは、人に相談したいことも多いはずだ。

 真っ白い廊下を歩いていると、奥には窓から漏れる光で溢れていた。

「お前んとこの星の人、けっこう地球にいるんだな」

「ああ。私が貴方と生きると決めた時、地球、という星について一時的にブームになったみたいで、それから、観光地として地球が有名になったようですよ」

 ふぅん、と流そうとして、ふと考えが過る。

 ホノマガが俺に取り付いたから、あちらの星で地球が有名になって、地球が有名になったから、チガヤは地球に観光に来て、そして、野椎青年を救うことになった。

「全部お前の所為ってこと?」

「私は二人の地球人を救ってしまったんですね」

 あまりにもポジティブな思考に面食らいつつも、言葉としては正しく思えるから何とも言えない。

 もし未来を選び直せたとしても、あの時に死んでいた赤ん坊の自分より、宇宙人にへばり付かれながら大学生をやっている自分を選ぶ。

 隣で歩く美形を見ていると、光を受けた彼は人というより、天使や悪魔のように思えた。

「救った、なぁ……。まあ、そうなるかぁ」

「釈然としない物言いをするのですね」

 俺たちを救っておいて、その地球人と強制的に共生することになることに不満はないのだろうか。

 そう考えて、チガヤがばるんばるんと跳ねていた姿を思い出す。野椎の顔が好みだと伝えられて、非常に嬉しそうな動きをしていた。

「────そういえば、チガヤさんって野椎の顔が好みって言ってたよな」

「ええ」

「好み、ってどういう意味で?」

「おそらく、私と似たような意味かと思われます」

 となると、あの不定形もまた、人の姿を取るようになったら野椎にベッドインの誘いを始めるようになるのだろうか。

 俺はこめかみを押さえ、うぅん、と唸る。

「不定形のままゴミ袋に詰めるとお手軽に主導権を奪えていい、って教えておくかな……」

「あれ、私ほんとうに嫌いです。特に黒いゴミ袋に詰められると、何もかもを奪われたような気分になる」

 喧嘩が拗れた時の行動を本気で嫌がられ、美形の顔がしわしわになる。隣からその背中をぱしんと叩き、続けて撫でた。

 研究所を出たあと、ホノマガはカフェに立ち寄りたいと言う。いいよ、と承諾して、明るい日差しの下、デートに繰り出すことにしたのだった。

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坂みち // さか【傘路さか】
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