耳付きオメガに白い花の恩寵が引き継げなくなった理由

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※「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん」よりガウナー、ロアが登場しますが、同作品とは別世界線の話です。

※「宰相閣下と結婚することになった~」および「耳付きオメガは生殖能力がほしい」を読んだ後でお読みください。

 

 

「でも、なんで白い花があれば生殖能力が備わる、って話。誰も気づかなかったんだろ」

 就業時間後の少しの残業中、上司は椅子の背を抱え込む。耳はぴこぴこと僅かに左右に振れ、考え込んでいることを伝えてきた。

 俺は魔術機の画面に視線を戻し、指先を動かす。

「それが、あの後もイザナが調べてたんですけど、大断絶の時代、耳付きが生まれた記録が見当たらなかったみたいなんですよ」

「あぁ……。やんわり聞いた事はあるかも」

「その時代は断続的に戦も起こっていたし、もしかしたら大断絶より前は白い花の効能は周知されていて、使われてたんじゃないかと」

「あの時期の神殿ってまだ力がなかったか、荒れてたんじゃなかったっけ。大断絶前は、まだ記述式の魔術もなくてさ」

 上司は指先に魔力を纏わせる。空中を指が舞うと、その軌跡は星のように煌めいて淡く溶け消えた。

「妖精についての記述も大量に出てくる時代ですね。神も、魔や妖も力を持ち、多くの力が混沌としていた時代」

「あの時代の神殿なら、資料なくしそうだよな」

 おそらく、上司の頭には根拠が浮かんでいるのだろうが、俺には分からずに曖昧に頷いた。

 大断絶以前の神殿。まだ国家に対しても力を持っていなかったか。それとも、お家騒動のような事でもあったのだろうか。

「だから、イザナとしては、元あったものを元あった場所に戻しただけ、と」

「はあ。謙虚なもんだな。フェーレスのお姉さん、耳落とすかどうか、って心境だったんじゃないか?」

 言い当てられたことに、驚いて顔を上げる。瞬きをする上司は、俺の驚きを逆に不思議がっていた。

「姉の番から言わせると、それくらい追い詰められていそうだった、みたいです。イザナと挨拶に行ったらもう歓迎も歓迎。番が神様にでもなったかと思いました」

「はは。そりゃそうだよ」

 姉の行動を大袈裟だ、とこの人は言わないのだ。

 近くにあったカップを掴むと、冷え切った残りを流し込む。残りの術式を書ききって、全ての式を記録した。

「終わりです! お付き合いありがとうございました」

「おう。……いや、フェーレスに仕事が増えるのは俺の所為だしな」

「俺はまだ負担は少な……」

 声を遮るように、出入り口の扉が開く。顔見知りのその人は、自国の宰相閣下であった。そして、上司の番でもある。

 長身の美丈夫は、気負いなく課内に入ってくると、手元の紙袋を俺に差し出す。

「お疲れ様。差し入れをしようと思って来たが、進捗は如何かな?」

「ありがとうございます! でも、ちょうど終わったところで」

「それなら良かった。では、夕食にでもしてもらえると有難いんだが……」

「いただきます……! 美味しそうですね」

 ガウナー宰相閣下は店の事を話してくれる。知人の店で、容器に詰められた料理も自宅では作りづらいような凝ったものだった。

 俺との話を終えると、彼は近くにいる自分の番に視線を移す。

「二人とも帰るなら、フェーレスを官舎に送るが」

「帰る帰る。フェーレス、片付けるぞー」

 後片付けをして、荷物を鞄に詰めていく。俺が悩んでいる最中に並行して片付けられていたようで、然程かからずに終わった。

 職場を出がけに、宰相閣下はロア課長に外套を羽織らせる。

「外、寒い?」

「念のためな」

 甲斐甲斐しく周囲を見回し、補助している姿には見覚えがあった。

 姉の番のように、アルファは皆こうなってしまうのかもしれない。うちの番も、今でさえ重いのに、と、将来を思うと苦笑したくなった。

「長期休暇、しっかり休んでくださいね」

「ありがと。読みたい魔術書貯めてるんだよー」

「頼むから、夢中になって徹夜だけはやめてくれ……」

 肩を丸める姿の隣には、きゃっきゃと楽しみにしている魔術書の題を挙げる上司が並んでいる。

 相槌を打ちながら、番がしっかりしていて良かった、と俺はこっそり安堵するのだった。

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