世話焼き魔装技師さんと世話焼かれ魔術師さんと猫とねこ

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※注意※
シフ、トールのスピンオフ的らくがきSSSです。
2人の恋愛未満的な描写が含まれます。ご注意ください。

 

 

 今日も腹の上で、黒い毛玉が丸くなっている。
 
 飼い主が寝台にいない、仕方ないからお前で妥協するとでも言いたげに、二匹とも図太く腹の上で丸まっている。

 身じろぎについては視線が向けられるが、退くことはない。飼い主は作業部屋に篭もっている。きりのいいところで戻ってくるだろう。

 耳に届くのは猫の呼吸音と、作業部屋で何かをしている物音だけだ。

「……寝返りが打てない」

 切実な問題も眠気には負ける。そのうち眠りに落ちていった。

 

 

 

 ふわりと温められた乳の匂いが鼻先を揺蕩う。途端に胃が起床した。

 身体を起こそうとすると、腹のあたりにあった重さは節々の痛みという余韻を残して消えていた。

 黒い毛玉を視界で追うと、飼い主の足元に纏わりつき、食事を催促する声を上げている。

 猫のためか、小ぶりの皿にも食事は盛られていた。しかし、猫の前に差し出されはせず、冷ますためか調理台の上に鎮座している。

 早く出せ、と飼い主の心を知らない毛玉を足先で宥めつつ、友人は人の食事のためか器用に卵を割っていた。
 
「トール」

 名を呼ぶと、広い背中が隠れ、見慣れた顔が朝の挨拶を告げる。返事がてら掛けられていた毛布を畳み、寝台を揺らして床に足をつける。

「起こしてくれたら良かったのに。狭かったろ」
「お前がいるとフギもムニもお前に乗るから、身体が軽い」

 みゃあ、と名前に反応してか、フギとムニ……二匹の黒猫が声を揃える。
 
 身体重い、とぼやくと、トールは口元に笑みを浮かべた。よろよろと水場に寄っていき、顔と手を洗う。

 続けて、調理台の前に立つ家主に手を差し出すと、野菜を丸ごととちぎる役目を仰せつかった。

 スープのための鍋を指さされ、ちぎったら入れろとのお達しだ。寝起きでぼんやりした頭で、野菜をちぎっては鍋に放り込んだ。

「炉は新たな炉へ。炎は分かたれ続け、竈は永久に灯る」

 魔力を流すと、弱まった炎がぼっと勢いを増した。

 フギとムニが驚いたようにぴゃっと逃げ去り、悪いことをしたと頬を掻いた。飼い主は慣れているようで、すぐ戻ってくるだろ、と気楽なものだ。

「助かる。今から卵焼くから」
「やった。半熟がいい」

 食事は恙無く出来上がり、猫たちもようやく丁度よく冷めた食事にありついた。人向けの食事を欲しがるため、猫たちの食事と同時に急いで手を合わせる。

「いただきまーす。朝から豪華だなー!」
「いただきます。力仕事だからな」

 スープのたらふく入った鍋を軽々と扱う腕は、普段は重い金属を持ち上げている。厚い服の下にあれば目立たないが、寝起きの軽装ではその隆起は隠せない。

 自分の二の腕を掴んで確かめることなく、その筋肉に勝てるはずもない。

 焼いたパンと具沢山のスープと、見事に半熟に拵えられた卵。パンにバターを塗ると、とろりと黄金色が絡まった。

 垂れないうちに、慌てて口に入れる。味を感じるよりも先に、ふわりとした口当たりの良さが心地よい。バターの塩味と甘みが後に続く。

 スープは強い火力によって短時間で仕上がり、はふはふと野菜の熱を逃がしながら咀嚼する。鶏肉の旨みが溶けだしているスープの熱にも気をつけつつ、舌先で味を拾った。

「スープやたら美味くない?」
「昨日の夜のスープに継ぎ足しだからだろ。夜食の時間まで起きてたら食わせてやろうと思ったのに」
「寝ないと魔力回復しねえもん。夜中まで何やってたんだよ」
「フギとムニの居場所が分かる機械の小型化」
「あーあの、めちゃくちゃ重いもん背負わされて不本意、って顔されてたあの機械」

 猫の居場所を知りたい、という発想は悪くないのだろうが、猫が意図的に魔力を流してくれるよう制御することはできない。自然と、人が込める魔力貯蔵の装置が巨大になった。

 最終的に背負えるように布で背負い紐を付けたは良いものの、いくら飼い主がやることとはいえ重い、と大人しいムニまでが絶妙な真顔でトールを見つめるばかり。猫が常時取り付けていられるほどの小型化は、難しいのだろう。

「魔術式の改良をロア代理に頼むべきか、迷っててな。……いくらなんでも失礼かと」
「いや大笑いして協力はするだろ。でも改良ならおれで良くない?」
「まあ……。でもお前細かいし、魔力軽減のために式が美しくなくなるの、妥協してくれないし」
「それはうちの課全員が妥協しない。代理だっておれより融通きくけど、限度はあるぞ」

 消費魔力の軽減と、無駄のなく美しい式を作ることと、動作速度は得てして全て同時に両立はしないのだ。魔装技師は魔力消費を、魔術式構築家は美しさを取りたがる。

 駄目か、と代理に頼むことは諦めたらしいトールは、結局おれに頼むことにする、と残念そうに言った。妥協されたようで非常に不本意だが、頷いておく。

 横からびゃっと飛んできたフギが太股に乗り上がった。反射的に受け止めるように椅子を引いてしまう。軽やかな身体は、すとんと太股の上に収まった。

 トールの足元では、遅れて追いついたムニが乗せてくれとでも言いたげに、飼い主の足元をてしてしと叩いている。その可愛らしい仕草をいつものこと、とばっさりと無視しているのが飼い主らしい。

 フギは食卓の上の卵焼きを狙っていた。その顔を肘で遮る。

「飯が終わったみたいだな。あー。シフが怒らないから調子乗ってんだよこいつ」

 トールは立ち上がると、フギの胸元と尻に手を入れて持ち上げ、食卓から追い出した。溜息とともに手を洗い直して戻ってくる。

「ムニは乗らないな、えらいなー」

 片割れは大人しく、それでいて食事が気にもなるらしく、台の上を見つめたままお座りしている。じっとその瞳がこちらを向いた。
 
「でも寝るときお前の上には乗ってるだろ。乗っかっても怒らないで大人しく本読むからなあ」
「折角寝てるのに悪いかなって」
「その折角を一日中って生き物だろ」
「いいなあ。おれも一日中寝たいなあ、ムニ」

 名を呼ばれたムニはみゃ、とか細く返事をする。賢い。皿の上のものを献上したいものだが、トールが折角用意した、ムニの健康のための食事を無にするのは避けるべきだ。

「俺が出世したら養ってやろう」
「一日中寝てー、研究してていいの」
「ああ」

 魔総技師は作業効率を重視する性質なのか、指示を求めれば与えてはくれるが、そもそもトールはおれを動かそうとはしない。貴族ともなれば使用人を雇ってもいいのだろうが、その手際の良さを見ていると、彼一人のほうが早いような気さえする。
 
「いいなーそれ。毎日ご飯と猫と作業部屋付き」
「仕事が嫌になったら言えよ」
「ん。そのうち言うかも」

 はは、と笑うと、トールはじっとこちらを見た。おれの表情を確かめて、大丈夫か、と勝手に頷いている。

「なー。ローブある?」
「この前泊まったときのやつ洗ってある」
「やった! 家帰らずに済む。二度寝しよ」
「あ、遙か昔に俺の服持っていったやつ何処だよ」
「おれの服と混ざってる」
「返せよ」

 ついでに予備のローブ一着持って来い、と言われて素直に頷く。家で洗濯するよりも丁寧に仕上がるので気に入っている。

 

 

 

「二度寝もいいけど、ちょっと早く起きろよ。着替えと髪もあるし」

 はーい、と食べ終わった食器を流しに運び、トールのそれも含めて魔術で水流を叩きつける。次々に記述式の魔術を起こしていると、やがて皿はぺかぺかになった。
 
 皿を積み上げつつ、片手間に歯を磨く。横で同じようにしていたトールは、やがて作業部屋に戻っていった。

 よし、と満足してベッドに入る。
 
 追ってきたフギもムニも、腹の上では寝なかった。枕の回りでふみふみと位置を定めると、おれの耳のあたりで丸くなる。他の毛よりも長い、ふかふかした胸元の毛に指先を入れると、動物特有の高い体温が指に伝った。

 一頻りそうすると、満足して目を閉じる。
 
 ごろごろと寂しさを宥めるような音が満ちる。この家は、音が途切れない。それが居座ってしまう理由なのかもしれない。

 

 

 

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