※のちに他のエピソードと併せて短編になったりするかもしれません。ご了承ください。
▽あまい番との幸せな等分(絡居俊哉×丹波時雨)
以前から、バレンタインは一緒に何か作りたいね、と話をしていた。
バレンタインフェアにかこつけて、二人して日々何かしら買って帰って食べては、太る、と言いつつ運動を繰り返している。
お互いに贈りたい甘味も多ければ、自分が食べたい甘味も多すぎたのだ。仕事先でもチョコレートを使った和菓子の余りを貰ったり、と、あまあまな期間が過ぎた。
「やっぱり、僕は家で作るとしたら、温かさ重視のお菓子がいいと思う」
「確かに。じゃあ……」
「「フォンダンショコラ!」」
お互いに人差し指を立て、似た仕草で同じ言葉を発する。俊哉さんは案が揃った事を嬉しそうに、僕の唇をついばんだ。
▽宰相閣下と結婚することになった魔術師さん(ガウナー×ロア)
今日は世話になった人や、恋人に菓子を贈る日だ。
「別に代理に世話になったりしてませんけど!」
「ありがと。美味そう」
「これ。ロアくんにだけ用意したんだよ?」
「笑いながら言ってるんで、冗談でしょうけどやめてください。妙な火種を点すな」
昼には魔構の連中と持ち寄った菓子を食べ、王宮を歩いていると、ちょくちょく小振りの包みを貰う。こちらも用意しておいた包みを渡し、いい午後を、と言って別れた。
集まった菓子は袋いっぱいになり、帰宅すると、食卓に近い位置に置いておいた。
その日のガウナーは、帰りが早かった。
普段より念入りにちゅうをやり、普段よりも少し豪華な食卓へ招く。イワさんからは料理が贈り物らしい。
「あの袋は、君が貰った分、かい?」
「そう。ガウナーも大量だな」
「ああ。会議に行く途中に渡されるから、ずっとお返しの包みを持ち歩いていたよ」
袋をじい、と見やると、伴侶は顎に手を当てた。
「私から君へ、だが……」
「うん」
「週末に、菓子を焼こうと思っているんだ。少し、遅れてもいいかな」
これは今日の分、と小ぶりの菓子箱を渡され、ぱちぱちと目を瞬かせる。ふわり、と思わず唇が綻んだ。
「待ってる」
▽堅物な書記官さんは人懐こい魔術師さんに合鍵ごと渡したい(ヴァレリー×リジェ)
「さーむーい!」
雪国の氷はまだ溶けず、帰りの遅い恋人を震えながら待つ。朝から燃料が切れ、帰りに買ってくる、とヴァレリーが言ったのだ。
任せる、と頼んだのに、僕の方が早く帰ってきてしまって、予想外に彼の方が残業になってしまった。今日は仕事で魔力が尽き、魔術で身体を暖めることもできない。
ぶるりと身体を震わせ、毛布を被って酒を煽る。ようやく指先が動くようになった所で、厨房に立って夕食の準備を始めた。
燃料が来たのは、缶詰を開け終わってずいぶん経った頃だった。
「ありがと。燃料がない、魔力もない、だとこんなに困るんだね」
「通信魔術で言ってくれれば、直ぐに帰ったのに」
「魔力切れだったんだもん……。今日おおきな手術があって……」
広げられた腕に飛び込み、暖まっていく室内への有り難みを噛み締める。食卓に並んでいるのは火を使わない料理ばかりだったが、二人とも腹が減っていてすぐに消えた。
食後の酒でも、と瓶を用意しようとすると、ヴァレリーに止められる。僕の代わりに、彼が厨房に立った。
「どうぞ」
カップに入っていたのは、どろりとした甘ったるい飲み物だ。口をつけ、飲み込み、ほう、と息を吐く。
「あったかい……」
「直ぐに帰ってこれなくて悪かった」
「ううん。今あったかいから、何でもいいや」
おかわり、と二杯目をねだると、もう材料がない、と言われた。
じゃあ、これでいいよ、と唇に残った甘さだけを奪うと、彼はちょっと照れているようだった。
▽宇宙人は自称猫の顔をしている(ホノマガ×兎毛松汰)
バレンタインデーは憂鬱だ。食べられもしないものが持て囃され、雑誌もテレビもチョコレートの宣伝一色である。
しかも、主人であるホノマガも普段よりも浮かれている。宇宙人が何故に、日本のバレンタインデーにそわそわとしているのだろうか。
バレンタイン当日、冷蔵庫を開けるとチョコレートの箱が入っていた。
「何これ」
べちょべちょした溶けたチョコレートみたいな猫の形状をしていたホノマガは、床から身を起こして俺を見た。ような気がした。
「チョコレートです」
「食べたかったのか?」
「松汰が食べたそうにしていたので、私が食べようかと」
それでは味わえないのだが。怪訝そうな顔をした俺に、床をのそのそと這ってくる。触手が伸び、箱を取り上げた。
器用に蓋を開き、ざららら、と中身が虚空のような体内に飲み込まれる。
「綺麗なチョコだったのに、ありがたみも何もないな」
「…………そういう、ものでしたか。成程。次はもっと上手くやります」
するすると脚を上った身体は、臍に触手を伸ばす。栄養としてチョコレートの成分が送られてきたようだが、どうにも実感がなかった。
「まあ……。うん。気持ちだけ、受け取っておくよ」
「それは、断り文句の常套では?」
翌日、ホノマガはまた新しいチョコレートの箱を買ってきて、今度は蓋を開けてしげしげと眺め、俺と一緒に感想を言い合って、またざらざらと口の中に放り込んだ。
いやそうじゃなくて、余韻が、と。何度もバレンタインデーをやり直すうち、俺は数キロ太った。
▽魔法使いと養い子と暁空に咲く花(アリー×リィガ)
光の燦々と降り注ぐ午後、厨房に立つアレイズの足元で、妖精たちがちょろころとしていた。
邪魔にならないよう近寄り、背後からその小さな身体をつつく。
「妖精くん。アリーの邪魔になってしまうよ」
『とちゅうでおこぼれをくれるのだ』
『ちかくにおらぬともらえぬのだ』
私の言葉などには耳も貸さず、つぶらな瞳はアレイズの手元で作られていく菓子を追っている。
こちらを振り返った料理人は、仕方ない、と呟いて手早く果物を切り分けた。
「ほら、おやつ」
『そっちのあかいのはくれないのか』
「数が少ないから駄目だ。出来上がったやつもやるから待てって」
大きな掌から橙色の果実を貰うと、妖精たちは踏まれない場所に移動して実を囓り始める。
最後に一番大きな一切れは、私に向けて差し出された。
「リィガも、もう少し待っててくれ」
私の分はいい、と断る前に、唇に押し当てられる。果実を口に入れると、甘酸っぱくて美味しかった。
▽僕は眼鏡越しに恋ができない(虎目佐紀×生州晶)
「うそ! バレンタイン受け取ってもらえなかった……!」
ゲーム画面を覗き込みながら、頬に手を当てる。この恋愛シミュレーションゲームは、特定のパラメータに育成が届かない場合、お相手にバレンタインチョコを受け取って貰えない仕組みなのだ。
育成不足にショックを受けていると、横から、綺麗にラッピングされた箱が差し出される。
「……パラメータ、足りてる?」
少し不安そうな瞳に、くすりと笑ってしまった。今日は二月十四日だ。
「カンストしてる!」
コントローラを放り出し、その首筋にしがみつく。首元に顔を擦り付け、腕の中に収まった。
手ずから与えられたチョコの味は、また格別だった。
▽君の番にしてください(明月悟司×昼川三岳)
朝から用意しておいた材料をキッチンに並べ、チョコレートの湯煎を始める。数年前よりも、一気に贈り先が増えてしまった義理チョコは、義理の親へのチョコもあった。
「本命以外がすべて義理といえば、義理なんだが……」
うーむ、と思いつつ、チョコを溶かし、粉をふるう。できあがったブラウニーにはチョコレートのプレートを添える。
デコペンで飾ったそれは、贈り先の人をイメージしたものだ。うさぎの絵を描き終えると、用意しておいた包装をする。このまま、午後に渡しにいく予定だった。
「三岳さん……、俺のぶんは……?」
仕事に出る前の悟司に、片手間に用意した朝食を出す。パジャマ姿の番は、俺がチョコのことについて黙っているのを不安そうに、朝食に手を付けている。
「オムレツに、ケチャップでハート描いてほしい」
ぽそり、と呟かれた言葉に立ち上がり、ケチャップで丸こいハートを描いてやる。ほんの少し、気分が浮上した様子だった。
食後のコーヒーを両手で抱え、しょんぼりとした悟司が俺をちらちらと見る。
「今年は、本命チョコ、ありま、す、か……?」
あえて視線を逸らしてやると、視界の端に肩を落とした姿が見えた。あまり、いじめすぎるのもよろしくはない。
「夕食の後で食べようと、用意して待ってますよ」
ぱぁっと笑顔になった彼が置いたコーヒーに、ミルクを入れ、ざらざらと砂糖を放り込む。
向かい側から混ぜてやると、嬉しそうにしている。
「父さんの分は、義理、だよね!」
「いや。あげたくてあげてる」
可愛らしくできたうさぎのプレートを恨みがましく見る番だが、これを渡す相手はその番の父親だ。
アルファの独占欲を難儀に思いながら、ブラックコーヒーを啜った。試食しすぎて甘くなった口内には丁度よかった。
▽明くる朝、名前を呼んでくれたら
学校から帰宅すると、弟が珍しくキッチンを駆け回っていた。母は雑誌を片手にリビングで寛いでいる。
鞄を下ろし、僕もキッチンへと向かう。
「おかえり、兄ちゃん」
「ただいま。脩二がキッチンにいるなんて珍しいな」
手を洗って隣に立ち、溶かしかけのチョコレートを滑らかになるまで掻き混ぜる。弟は慣れない手つきでボウルを持ち、生地を作っているところだった。
「ガトーショコラ作成キット売ってて、買っちゃった」
「誰にあげるの?」
「兄ちゃん! と、ついでに支永くらい、かなあ」
リビングから『お母さんの分は?』と声がかかり、弟が『あるよ!』と叫び返す。くすりと笑って、粉だらけになった半身の頬を指で払った。
にへら、と脩二が笑った。弟は、日向みたいだ。
「支永には兄ちゃんが渡してやってよ」
「いいけど。なんで?」
「ほら……。……オレは時間合わないし」
翌日、弟の指示で作り上げたガトーショコラを眞来に渡すと、やたら動揺しつつ受け取られる。
義理なのにそこまで嬉しがられると、困ってしまうくらいの反応だった。