同人誌:宰相閣下と結婚することになった魔術師さん 番外編集

宰相閣下と結婚することになった魔術師さん
この文章はだいたい8100文字くらい、約14分で読めます
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収録内容

BL、ファンタジー、過去作「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん」シリーズのweb再録+書き下ろしです。

A5二段組で172ページ分、文字数にすると一冊全部で14万字分を収録しております。

【目次】

◇ スピンオフ/◆ 別世界線の話/☆ 書き下ろし

宰相閣下と魔術師さんと置いてけぼりの恋愛小説
宰相閣下と魔術師さんの贈り物
宰相閣下と魔術師さんと嘘が許される日
宰相閣下と魔術師さんの部下と部下
◇人見知り魔装技師さんと人見知り魔術師さんと酒の過ち
◇人見知り魔装技師さんと人見知り魔術師さんの夜の過ごし方
◇世話焼き魔装技師さんと世話焼かれ魔術師さんと猫とねこ
◇世話焼き魔装技師さんと世話焼かれ魔術師さん、犬を預かる
魔術師さんと部下達と目まぐるしい朝
宰相閣下が最近鬱陶しい宰相補佐さん―ふたたび―
◇隊長と元相棒の魔術師さんと代わり映えしない朝
宰相閣下と魔術師さんとキスの真相
宰相閣下と魔術師さんと朝の犬
宰相閣下と魔術師さんと午後の犬
宰相閣下と魔術師さんと『お散歩いこ!』
魔術師さんたちと炬燵語り
宰相閣下と魔術師さんと飲み会までの長い道のり
宰相閣下と魔術師さんと星の犬と宝石箱
魔術師さんと宰相閣下の体調不良
宰相閣下と魔術師さんと名警備犬ニコの事件簿
宰相閣下と魔術師さんとくっつきむし
◆宰相閣下と魔術師さんと夢で良かった日
◆耳付きオメガに白い花の恩寵が引き継げなくなった理由
◆星夜を統べる神と緑の目をした大神官さんとふわふわ毛布
宰相閣下と魔術師さんとお菓子の日
宰相閣下と魔術師さんと寄り道の花
☆宰相閣下と魔術師さんと魔術布開発(R18)(1.1万字)
☆宰相閣下と魔術師さんと××しないと出られない屋敷(2.4万字)

 web再録分は、web版から大きな変更はありません。同人誌収録時の修正箇所はwebに適用済です。

通販について

紙版(とらのあな)→発行され次第追加します。(1~2ヶ月程度かかる見込みです)

電子書籍版(楽天Kobo電子書籍)→https://books.rakuten.co.jp/rk/a94037229cec359d94b47f226f7baf42/

電子書籍版(BOOK☆WALKER)→https://r18.bookwalker.jp/de9f1a5d8b-37d9-4d42-a2da-b4985365ae68/

電子書籍版(メロンブックス)→https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2962786

電子書籍版(BOOTH)→https://sakamichi31.booth.pm/items/6883191
・BOOSTについては電子だとお礼のペーパー同封したりもできないので、基本的に支援のお気持ちだけで十分です。
頂いた分は普段の小説執筆のための事務用品やソフト代、参考書籍代などに有難く使わせていただきます。

pixivでの新刊紹介・サンプルページはこちら

[R-18] #17 【新刊/電子書籍】宰相閣下と結婚することになった魔術師さん 番外編集 | 宰相閣下と結婚すること - pixiv
新刊です。BL、ファンタジー、過去作「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん」シリーズのweb再録+書き下ろしです。宰相×魔術師の固定CPです。A5二段組で172ページ分、文字数にすると一冊全部で14万字分を収録しております。【目次】◇ ...

書き下ろし「宰相閣下と魔術師さんと魔術布開発」サンプル

 職場で声を掛けられる時、身構える必要のある人間が存在する。

 一人は、上司であるサーシ課長。たまの無茶振りがあるからだ。そしてもう一人は部下でありながら、課員全員からある意味で警戒されている人物。

「代理。少し、お時間よろしいですか?」

 丁寧な言葉ながら、声には逃がさないという妙な圧がある。俺はそろそろと相手を振り返り、椅子に座りながら、膝の上で手を組んだ。

「ヘルメス…………いいよ。打ち合わせ机に行くか?」

「外で話がしたいです。あと、宰相閣下も同席していただけたら助かる案件なんですが」

 案件、というからには日頃から研究している魔術に関する話なのだろう。

 ただ、伴侶であるガウナーを同席させてほしい、との言は珍しく感じる。数度まばたきをし、部下であるヘルメスを見つめた。

「ガウナーをか?」

「はい。宰相閣下、という立場ではなく、代理の伴侶として依頼したいことがあります」

 部下の言葉に意図を察することはできなかったが、今日は伴侶と昼休憩を一緒にとる予定にしていた。

「じゃあ昼飯、一緒にどうだ?」

「奢りですか! 行きます」

「奢りだけど、圧かけて自分から言う……? じゃあ、その時に話をしてくれ」

 政策企画課に持っていく書類を探していると、シフが顔を輝かせて紙の束を差し出してくる。書類を受け取り、席を立った。

 魔術式構築課を出ると、急な日差しが目を眩ませる。視界の端から、俺を見つけた黒い毛玉が走り寄ってきた。

 朝から防衛課の演習に付き合っていたようで、朝より毛が解れている。ただ、口をぱっかり開けた表情は明るく、演習は楽しかったようだ。

「ニコ。ガウナーんとこ付いてくるか?」

「アオ」

 最近、ニコが鳴き声を選び始めたからか、声での意思疎通ができるようになってきた。今のは多分『行く』だ。

 くるりと俺の周囲を一回りすると、政策企画課に向かって一緒に歩き始める。

 王宮内を歩いていると、俺よりもニコに声がかかる。犬は全員に愛嬌を振りまき、近寄ってきた全員に無駄に勢いのあるお手をしていた。

 王宮の中枢を守る門番も、ニコの毛の下に何かないか探ってはいたが、犬はただ気持ちよさそうだった。律儀に毎度なでてくれる人、と思っているかもしれない。

「おはようございます。書類を届けに来ました」

「ありがとうございます」

 書類は宰相補佐が率先して受け取ってくれたのだが、俺が彼の背後にいるガウナーを話したそうに見ていると、話を繋いでくれる。

 部屋の外で話せないか、と手を振って示すと、忙しくはなかったのか、立ち上がって一緒に外に出てくれた。

「悪い。昼休憩さ、三人になってもいい?」

 ヘルメスがガウナーを交えて話したいことがあるそうだ、と手短に用件を話すと、ガウナーはあっさり受け入れてくれる。

「席は四人席の筈だから大丈夫だ。君の部下か……私を含めて三人は気まずくはないだろうか。若手をもう一人呼ぼうか?」

「いや。ヘルメスはそうしてくれ、って言わなかったんだよな……。戻ったら聞いてみる。四人になってもいいのか?」

「ああ。店自体は予約無しの客も受け入れているから、席さえあれば問題ない」

 ありがとう、と周囲に誰もいないのをいいことに彼に抱き付くと、相手も二人きりなのをいいことに俺を力いっぱい抱き返した。

 この歳になって職場恋愛をすることになるとは、不思議な感覚だ。足元を構ってかまってとニコが歩き回り、ガウナーは屈み込んで犬も撫でる。

「あと、ヘルメスはうちの中でも…………えっと、社会的常識より魔術の発展を優先しすぎる奴だから、あんまり言動は気にしないでくれ」

「はは。まだ付き合いは浅いが、分かっているよ。それに、彼も含めての社会だ」

 ガウナーは犬を撫でて立ち上がると、最後に俺の頬に口付けて仕事場に戻っていった。頬に手のひらを当て、余韻を味わう。

 暫くその場に佇んでいたが、ニコがちょろちょろし始めて我に返る。犬を引き連れ、魔術式構築課への帰り道を歩き出した。

 窓のカーテンが揺れ、吹いた風が伸びた髪を跳ね上げる。髪を切り忘れている事に気づいたが、それも歩いている間に忘れた。

書き下ろし「宰相閣下と魔術師さんと××しないと出られない屋敷」サンプル

 昨日は、結婚式の後処理が一段落した日だった。

 日々の労働に疲れ切っていた俺もガウナーも、二人して手を取って喜び、ほんの少しだけ酒を入れて気持ちよく眠った。

 眠りは深く、珍しくニコから朝の散歩にも誘われず、伴侶と変わらない時間に目を覚ました、筈だった。

 ぱちり、と目を覚ますと、カーテンの隙間から光が漏れていない。あれ、と不思議に思って窓辺に近づき、両手でカーテンを開くと、広がっていたのは満天の星々だった。

 たっぷり数十秒、固まった後で、ひとり首を傾げる。

「酒が入ってた……から。長く寝たんだと勘違いしたかな?」

 深夜ならもう一眠り、と寝台へ戻ると、揺れによって隣で眠っていたガウナーが目を覚ましてしまった。

 開いてしまいそうな目元を手のひらで覆って、暗闇を齎す。

「まだ深夜だよ。寝ていい」

 普段ならそうすれば大人しく眠る伴侶なのだが、躊躇いがちに手のひらを外された。不思議に思って見ていると、彼は身を起こして布団を退ける。

 ガウナーは落ちた前髪を片手で掻き上げ、訝しげに周囲を見る。ぱらり、と髪が揺れて数本が落下した。

「こんなに眠ったのに、深夜……?」

 さっきの俺と同じようにカーテンを開け、星空を眺めて立ち竦む。少しの時間を置いて、動き出した手が窓の錠を外し、枠に掛かった。

 力を込め、続けて首を傾げている。

「ロア。この窓の建て付けは、こんなに悪かったか?」

「え? 開かないの?」

 こくん、と頷くガウナーの動作に不思議に思いながら立ち上がり、同じように窓枠に手を掛ける。

 普段のように力を込めるが、窓は開かない。錠の部分を見るが、解錠された状態に間違いはなかった。

 顔を見合わせると、お互いに釈然としない顔をしている。

「結界魔術が不具合を起こしてんのかな。外、見てくるよ」

 そう言って歩き出そうとすると、はし、と手首が掴まれた。振り返った先にいる伴侶の顔色は悪く、瞳には不安の色が滲む。

 首がゆっくりと横に振られた。

「私も行こう。深夜に君ひとりで出歩くのは不安だ」

「ああ。ただ……どうせニコもいるし、平気だと思うけど」

 外套を羽織ると、二人揃って寝室を出る。不思議だったのは、ニコが飛び込んでこないことだった。

 どちらかが目を覚ますと、耳聡く気づき、散歩に行こう、とはしゃぐ犬の姿が今日はどこにもなかった。

 屋敷の廊下を歩き、玄関へと近寄る。外は異様に静かで、虫の音さえしなかった。玄関近くの窓から見上げる空は、やはり多くの星が瞬いている。

 瞬いている。なのに、何らかの群体が蠢いているようにも見えて、冷えていない腕を擦った。

「攻撃を受けたりしてなきゃいいけど……────って、あれ?」

 玄関扉に手を掛け、解錠した状態で、押しても引いても扉が動かない。俺の動作に察したガウナーが立ち位置を代わり、同じように扉を動かす。だが、動かない。

 俺は彼を下がらせると、指先で魔術式を紡ぐ。だが、発動させた魔術は扉に吸い込まれ、起こした式は消え失せる。

「何……。が起きてんだ……?」

 力任せに扉に身体を打ち付けてみても、ぶつかった時に起きる建造物として当然の揺れさえ起こらない。

 俺がその違和感を言葉に出すと、伴侶は口元に手を当てて考え込んだ。

「ロア。そういえば、ニコはどうした……?」

「昨晩は、屋敷の中にいた……と思うけど」

「探してみよう。妙に静かで、変な感じがする」

 手分けして片っ端から屋敷の扉を開け、大きな体躯を探す。自分の担当であろう部屋はすべて見終わったかという頃、伴侶の声に呼ばれる。

 俺が早足で声の出所へ向かうと、ガウナーは書庫の前に立っていた。普段は閉じられている扉は、開かれたままだ。

「…………どうした?」

「中を、見てみてくれ」

 妙に静かに呟く様子を訝しみながら、書庫の扉の先を覗き込む。

 書庫らしく、本棚は存在した。棚には本も並んでいる。だが、書庫として屋敷内にある部屋として考えると、間取りを無視して異様に広かった。

 腹の底に怯えを抱きつつ、書庫の中へと足を踏み入れる。昨日は存在しなかったであろう高い棚。複雑に入り組むような棚の配置。本の背表紙に視線を向けてみると、見覚えはあるものの、読めない文字で題名が書かれていた。

「これ、神術で使われてる文字じゃないか……?」

「そうなのか?」

「神殿で見た文字の形に似てる」

 後に続いたガウナーを伴って、軽く書庫内を歩き回る。明らかに昨日とは棚の位置が変わっているし、本も見覚えのない本が増えている。

 棚と棚が通路のように複雑に入り組み、迷路のように奥へ奥へと広がっていた。少し辿った時点で、深入りは危ないと道順を覚えている入り口まで戻る。

 きゅ、と伴侶の服を掴む。彼も同じように不安だろう、あまりにも奇妙な気配ばかりがある。

「ニコは、書庫の奥へ行ってしまったんだろうか」

「そうだとしたら、探してやらないと。……だけど、道が分からなくなるのが怖いな。軽い食事と、長い紐、みたいなのを持って目印にして行かないか?」

「ああ。家にある紐を片っ端から持ってきてみよう」

 俺たちは籠に、手軽に食べられる食事と水、手当たり次第に持ち込んだ毛糸や紐を突っ込んだ。入り口の扉に紐の片方を結び付け、改めて書庫へと入る。

 先ほど見た時と、書庫内の棚の配置に変化はなかった。俺が先導する形で、紐を床に垂らし、目印にしながら奥へと進む。

 天井を見上げると、光源はある。ただ、照明器具のようなものは見当たらず、何故かぼんやりと天井自体が発光している。

 天井や床へ魔術式を走らせても、やはり術式が成立せず、魔術が発動しない。伴侶を守る手段が減っていることは、ただ不安を掻き立てた。

「ニコー! いないのか!?」

 声を上げながら奥へ進むが、聞き慣れた鳴き声は返ってこない。歩いている内に時間感覚を失い、本当に迷宮にでも足を踏み入れているかのように思った。糸を垂らし、足を動かし、また糸を垂らす。

 どれだけ歩いたのか分からなくなった頃、伴侶が足を止める。

「音が……」

「え?」

「あちらから、音がする」

 ガウナーが指さしたのは、俺たちから見て右手側だ。目の前の通路は二叉に分かれており、右側に伸びている道もあった。

 通路を指さすと、頷き返される。右へ曲がり、また歩き始めた。二人分の足音が不気味に反響する。

「音ってどんな?」

「紙の擦れるような……」

 道を進んでいくと、前方にひときわ明るい場所がある。俺はガウナーを庇うように前方を塞ぐと、足音を立てないようにその場所へと近づく。

 光っているのは、本棚に隠れた場所だ。棚を盾にしつつ、ゆっくりと顔を奥へと向ける。

「え…………?」

 座っていたのは、白い服を身に纏った一人の子どもだった。

 俺の顔を見ると、大きな目を更に見開き、慌てたように膝の上に載せていた本を取り落とした。ごとり、と頑丈な本が落ちた音がする。

 俺は両手を挙げ、敵意がないことを示す。

「ど、どこから来たんだ……?」

 柔らかく聞こえるように努めつつ尋ねると、逃げ出そうとしていた子どもは、ぱちぱちと瞬きをする。

 戸惑うように服の裾を掴み、俺と、背後から顔を出したガウナーを見て、ぱあっと表情を明るくした。

 とと、と俺たちに駆け寄り、ぎゅう、と脚に抱きついてくる。敵意はない様子に、ほっと息を吐いた。

「ガウナー。この子に見覚えは?」

「いや。ないが……」

 赤子ではないが、学び舎に通い始める歳には届かない年齢に見える。ぼさぼさの黒髪に癖はなく、邪魔にならない程度の長さに整えられていた。

 肌は白く、瞳は夜闇のようで、照明の光を反射して星屑を浮かび上がらせる。白い服は造りが簡素で、貫頭衣、と呼ばれる服の造りに似ていた。

 俺は子どもを抱き上げると、視線を合わせる。

「どこから来たんだ?」

 子どもは少し考え、分からない、というように首を傾げる。俺が次の質問を迷っていると、俺の胸元にしがみつき、頭を肩に預けてきた。

 重たいが、許容範囲内だ。あやすように揺らしていると、ガウナーが口を開いた。

「お名前は?」

 伴侶の声音も優しく、柔らかい。

 子どもはうれしそうに笑って、口を開くが、めちゃくちゃな音だけを発して黙った。俺たちは顔を見合わせる。

「もう一回」

 子どもは律儀にまた口を開くのだが、他国の言葉ともまた違う、声というより音だ。まるで初めて言葉を発するような、文字に起こせないような音を発する。

 俺たちは子どもの名前が分からないまま、その場で立ち尽くした。

「ご両親は?」

 尋ねると、子どもはまた分からない、というように首を傾げる。質問が分からないのか、回答を伝えられないのか、判別できないのが困りものだ。

 ガウナーは子どもが座っていた場所まで歩いて行くと、膝の上に載せていた本を拾い上げる。本は、表題こそ文字が変わっているが、ケルテ国の画家が描いた大判の画集だった。

 伴侶は本を抱えると、俺たちの元に戻ってくる。

「取りあえず、一旦、入り口まで戻ろう。繋げられる紐の長さも減ってきた」

「そうだな。歩き疲れたし、戻って休憩するか」

 俺が、疲れた、という言葉を発すると、子どもは慌てたように俺の腕を叩く。そして、下ろして、というように床を指さした。

 俺がその性急さに圧されて指示に従うと、床に立ち、自らの両手をしげしげと眺めてから俺の指を握った。

「歩こうとしてくれるのは有り難いが、歩幅も違うし大変だろ」

「じゃあ。私がおんぶしようか」

 ガウナーは俺に本を預けると、その場にしゃがみ込む。子どもはおずおずと広い背中に近づき、首筋へと抱きついた。

 長い腕が身体を支え、おんぶした状態で立ち上がる。

「軽いな」

 子どもは嬉しそうに背中に凭れる。警戒心は薄いようで、俺にもガウナーにもなつっこい態度だった。

 俺たちは途中でおんぶの担当を交代しつつ、書庫の入り口まで戻る。紐は入り口まで問題なく繋がっており、書庫の扉を閉じた時には、どちらからともなく安堵の息を吐いた。

 背中から降りた子どもは、また律儀に俺と手を繋ぐ。握り返すと、ぱあっと表情が明るくなった。

「ニコ。どこに行ったんだろうな」

「外に出ていて、この奇妙な現象に巻き込まれていないのならいいんだが……」

 不安を抱えつつも、物事が一段落すると空腹を自覚する。籠の中に入れていた食べ物は、まだ食べずじまいだ。

 つい腹を押さえ、眉を下げる。

「ガウナー。家の中も大体探し終えたし、脚の休憩がてら飯にしないか。ニコも、滅多なことにはなっていないだろうしさ」

「ああ。…………何となく普通の犬のように捉えてしまうが、あのクロノ神の系譜だものな」

 俺たちが会話しているのを、子どもはうれしそうに聞いている。見下ろすと視線が合い、きゅ、と指先が握りしめられた。

「行こっか」

 こくん、と頷き、ゆっくりと廊下を歩き始める。最初はよろり、と不安定な足取りだったが、腕を引いて支えていると、次第に歩みも安定してくる。足元は裸足で、手のひらはつるりとしていた。

 髪は跳ねているが、肌は異様なほどに整っている。普通に暮らしていたら、傷のひとつもあるだろうに、日焼けの跡も、傷跡も見当たらない。

 外に出られなくなった事と、この子どもは関係しているんだろうか。

 空いた指先を動かして通信魔術を起動しようとしてみるが、儚く空中に溶け消えた。

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