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※「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん6」のネタバレを含みます。
「え？ 俺、いつもニコに毛布掛けられてんの？」
昼食を摂り、読書を進めつつ魔術を試していたら魔力が尽き、寝椅子に転がった俺にガウナーが教えてくれたのがその事実だった。
時にはガウナーが毛布を掛けてくれることもあるそうだが、結婚式の一件で俺を守ることを自分に課した様子のニコが、最近は毛布を取りに駆けていくらしい。
私の出る幕が、と苦笑しているガウナーは部屋の隅に転がっている毛玉に視線をやった。ぴくり、ぴくりと耳が動き、こちらを窺っている。
「犬ならともかく。未来の神が、毛布を？」
「未来のニコを信ずる徒からすれば、とんでもない話だろうな」
渋い顔をした俺に、ガウナーは口元に拳を当てて笑う。
「あ。ちょっと思いついた事が」
俺は放ってあった手帳を引き寄せると、雑に頁を選んだ。筆記具を手繰り寄せ、雑な字を綴る。
『寝たふりしたら、持ってきてくれるとこ見られるかな？』
筆記具を渡すと、ガウナーは俺の隣に座り直す。
大きな手が、素早く綺麗な文字を成した。
『見破られるかもしれないが、試してみたらどうだ？』
『やってみる』
俺は、ふあ、と欠伸をすると、眠気に任せてガウナーの太股の上に頭を預けた。
掌が額を撫で、散らばっていた髪を肌と擦らない位置へ逃がす。撫でられていると本当に眠くなるのだが、別のことを考えて耐えた。
意識的に、呼吸を長くする。目元を覆った掌の下で薄目を開けていると、すっと部屋の隅に丸まっていた毛玉が起き上がって伸びをした。
たったった、と軽快に床を駆けたニコは、前脚を持ち上げて部屋の扉を開け、出て行く。
「毛布取りに行った？」
掌を持ち上げ、小さく声を上げると、にっと笑ったガウナーが頷く。
俺はまた彼の掌を持ち上げ、自分の目元を覆った。駆けてくる足音は速く、金糸雀色の毛布を銜えたニコが戻ってくる。
畳んだ上での噛み位置がいいのか、床を引き摺らずに器用に運んでいた。
必死で笑いを堪え、薄目を開けて様子を窺う。
「毛布を持ってきてくれたのか？ ありがとう」
伴侶の声に対し、返事は早かった。
「ワゥ」
小さく鳴くと、毛布をぽすんと俺の腹に投げ遣った。
毛布の端を銜えると、これまた器用に身体を覆うよう広げていく。身体の大部分が覆われ、柔らかい感触に包まれた。
ニコはガウナーの前にお座りをして、首を伸ばす。何かを要求しているような仕草を見て、ガウナーの掌はそちらへと向かった。
大きな両手が、わしわしと顔を挟んで撫でる。
「いい子だ。よく気づいた」
ニコは目を細め、小さく声を上げながら手を受け入れる。
俺に毛布を掛けることと、ガウナーに褒めて貰えることの、どちらがニコにとって嬉しいことなんだろうか。
「…………ワウ？」
うっすらと目を開けていた俺に気づいてしまったのか、ニコはこちらを見て鼻先をくいくいと動かす。
指示に従ってその方向を見たガウナーも、企みが露呈したことに気づいたようだ。
「まだ寝てなかったな」
「ウゥ……」
ちょっと肩を落としてしまったニコに、毛布を持ち上げて手招きする。
「ほらニコ。一緒に寝よ」
「寝椅子だとふたりは乗りきれないだろう」
寝椅子に乗り上がったニコは、俺の胸を跨ぐようにのっしりと体を丸くする。ずしんと重さが掛かった。
救いの視線を伴侶に向ける。
「ほんとだ。流石に重い」
「ほらニコ。ロアが潰れるそうだ」
俺が急に身を起こすと、ニコは面白そうに口の端を上げる。持ち上がった前脚が俺の肩に乗ると、重い体重が掛かり、伴侶を巻き込むようにして寝椅子に転がった。
掛けてもらった金糸雀色が視界の端へ跳ね、部屋には種類の違う笑い声だけが響いた。
