宰相閣下と魔術師さんと朝の犬

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※「宰相閣下と結婚することになった魔術師さん6」を先にお読みください。

 

 

 朝からぺろぺろと、指先が舐められている感触がする。俺はそろりと瞼を開け、星の犬のご尊顔を拝んだ。

 ガウナーはまだ眠っているようで、閉じた目と長い瞼から視線を外す。絡んでいた腕を解き、そろりと床に足をつけた。

「散歩いくか」

 盛んに振られるようになった尻尾を眺め、二人して外に出た。

 ニコの中には、ガウナーを寝かせなければ、という意識があるようで、朝から散歩に行きたい気分の時にひっそり起こされるのは俺の方だ。

 早朝だからいいだろう、と首輪は持参だけして、気の向くままに朝の道を歩かせた。ニコが飛び出していく時は、人が堀に落ちた、とか、一刻を争う時くらいだ。

 一日でとてつもない運動量をこなす星の犬は、俺と朝から散歩をし、門番相手に遊んでもらい、防衛課と訓練をして、魔装課の貯め込んだ本を運搬した上で、時おり紛れ込んでくる酔っ払いや観光客の相手をして、夕方も帰り道に寄り道したがる。

 リベリオの身の安全が確保されてからは、魔構の前を陣取っている時間も減り、使用人の手伝いのため、雪車を引いて王宮内を走り回っているようだ。

 付き合わされる俺も、釣られて運動量が増えるものである。

「ニコ。そろそろ帰らないと」

 俺の言葉に、ニコはあからさまに聞こえないふりをした。以前はもっと聞き分けが良かった気がするのだが、最近はこうやって駄々を捏ねる。

 近づいてその首元を抱え込み、視線を合わせた。

「俺はさ。仕事ってのがあってな────」

 できるだけ丁寧に仕事をしなければならない理由を語ると、次第に犬の尻が浮く。くるん、と俺の周囲を回ると、屋敷に鼻先を向けた。

「ありがとな」

「ワゥ」

 頭を撫でると、瞳を閉じて耳を揺らす。

 行きよりもゆっくり家に帰り、玄関先でニコの脚を洗う。乾いた布で脚を拭って家に入ると、食卓に人の気配があり、アカシャが朝食を並べているところだった。

「おはよう、アカシャ」

「おはようございます、ロア様。そろそろ、ガウナー様を起こしてきていただけますか?」

「任せとけ。朝食なに?」

「炭火で炙った鶏肉に特製ソースを絡め、野菜と一緒にパンに挟んだそうですよ」

「イワ最高! すぐ起こしてくる」

 俺よりも先に動いたのはニコだった。

 料理のお零れは、俺たちが食べないと貰えないことを知っている。そして、犬と味覚が似ているのか、炙った鶏肉は好きらしい。

 階段を最高速で駆け上がり、開いていた扉から寝室に飛び込んでいく。

「…………うわ、何を!? …………ぐっ」

 珍しくガウナーの困惑したような声と、呻き声が上がる。

 ようやく追いつき、部屋に視線を向けると、寝台に飛び乗った犬がガウナーの腹を踏みしめたところだった。

 おそらく、助走を付けて寝台に飛び乗ったのだろう。俺は口元に手を当て、布団の中で丸くなっているガウナーを見守る。

 よろり、と痛みを抱えながら寝台から身を起こした伴侶は、いいことをした、と瞳を輝かせる犬に複雑そうな視線を向ける。

「…………起こしてくれてありがとう。……ただ、寝ている人に大きなニコが飛び乗ると、怪我をするかもしれないから、今後は他の方法で起こしてほしい」

「ウォ?」

 分からない、と首を傾げるニコに、この部分が痛い、とガウナーは腹を抱えつつ説明する。最終的には、なんとか分かってもらえたようだ。

「ガウナー。朝飯ができてるって」

「ああ、ありがとう。私は、君に起こされたいな」

「俺も一番に起こしたかったんだけど、今日、ニコが好きな朝食だったんだ。流石に犬の脚には勝てない」

 寝台に近づいて腰掛け、痛みが残っていそうな腹に触れる。彼とは魔力的によく繋がっているから、勝手知ったる他人の身体であった。

 魔力を沿わせて、治癒魔術を流す。

「ああ、痛みが消えた」

「良かった。あんたの魔力の波形は、あんたの次によく知ってるからな」

 お礼にちゅうして、と頬を出すと、軽く相手の唇が触れた。ついでに、何故か反対側から近づいてきたニコからも、片頬を舐められた。

「はは、両手に花だなぁ」

 二人して寝台から降り、ちょろちょろと纏わり付く犬を捌きながら食卓へと向かう。

 一仕事終え、やりとげた感のある犬の背中は、ただ笑みを誘った。

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