番を持ったアルファは、今日も兄上に振り回されている

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※「番を持ちたがらないはずのアルファは、何故かいつも距離が近い」を先にお読みください。

 

 

 オースティン様と和解したリカルドは、兄にめっぽう弱くなった。

 元々、兄から弟へ猫可愛がりの空気はあったのだが、弟が受け入れるようになって、兄は見つけるたび弟に構いにいっている。

 僕に対しても同じだ。

 君も弟、とお土産を買ったり、廊下で出会えば頭を撫でられたりする。

 そんなオースティン様が僕を自室に呼び出したのは、陽光が暖かい日の午後のことだった。

「え、雷管石の更新を考えているんですか?」

 雷管石に詰めた魔力は、基本的には込めた当時のものがそのまま残る。

 だが、魔力の波は性格を反映する部分が多く、特定の時期の魔力に対し、拒否感を示すオメガもいるそうだ。

 鑑定士の判断に齟齬が出るほどの変化はない。とはいえ、資金力のあるアルファの中には、魔力の変化が起きる一定期間ごとに雷管石を更新する者もいる。

 全ては、出逢った瞬間、相手に好印象を与えたいが為に、だ。

「そうなんだ。それで、次に魔力を込める雷管石をいくつかリカルドに見繕ってもらったんだけど……」

 机の上に広げられたのは、三つの石だった。

 透明で大きいもの、透明で形が綺麗なもの。そして、最後の一つは薄青に色付いてはいるが、小さいものだ。

 三つの石を見下ろして、彼は腕組みをする。

「ロシュは石の好みはある?」

「いいえ。僕の石は、合うようにリカルドが選んでくれたものですから。好み、は考えたことがなかったです」

「この三つだったら、どれを選ぶ?」

 差し出された三つの石を、じっくりと眺めても判断が付かない。

 無言で首を横に振ると、オースティン様は、そうだよね、と呟いて紅茶を口に含んだ。

「ロシュに決めてもらうつもりはないんだけれど、私ひとりでも決めきれなくてね」

「リカルドは、何か言っていましたか?」

「自分で選べ、って」

「そう、ですか…………」

 進展がない事に気づいたのか、彼は近くに置いていた菓子箱を開ける。

 好きなものを、という言葉に甘えて好みの味を摘まみ上げた。話題を変え、近況報告がてらリカルドの話をしていると、廊下から足音が響く。

 早足な間隔には聞き覚えがあり、菓子を咥えたまま扉に視線を向けた。

「兄貴。ロシュがここに……」

 扉が開くなりそう言ったリカルドは、手を揚げた僕に視線を向ける。ふう、と息が吐き出された。

「来てたな」

 それから、机の上の雷管石を見ると、歩を進めてどかりと僕の隣に腰を下ろす。

 菓子箱の中身を勝手に摘まみ上げる弟を、兄はにこにこと笑って見つめていた。

「どの雷管石を選ぶか、ロシュに相談してたんじゃないだろうな」

「そのまさか」

「自分で選べ、って言ったろ」

「はは。相談はしてみたけれど、ロシュには選べないそうだよ。だからここからはお茶会だね」

「いっつもロシュを捕まえるな。弟の番だぞ」

「そうだね。二人とも、私の大事な弟たちだよ」

 結局、オースティン様に丸め込まれて、三人でお茶会が始まる。昔よりも穏やかに、兄弟は会話を積み上げる。

 ほんの少し前、あんなにすれ違っていたのが嘘のようだ。

 

 

 

 オースティン様の部屋から出ると、リカルドと共に新居へと戻る。新しく割り当てられた別棟は、少しずつ僕の選んだ物が増えてきた。

 番の髪色である灰色、そして瞳の色である琥珀色。番うまでは何でもない色が愛おしく思えて、少しずつ買い集めている。

 仕事から帰宅してすぐ僕を探していたらしい番は、上着を脱ぎ、襟元を寛げる。歩きっぱなしで疲れているのか、兄の部屋と同じように直ぐに長椅子に腰を下ろした。

「飲み物もってこようか?」

「さっき飲んだからいいよ」

 おいで、と隣の席を叩かれ、招かれるままに腰掛ける。伸びてきた腕が肩を抱いた。

 近くに寄ると、ふわりと相手の匂いに包まれる。発情期でない今は特に、番の匂いには安堵するものだ。

「兄貴。意味分かってないんだな」

「もしかして、リカルドには選んでほしい石があったの?」

 僕がそう言うと、番はむっつりと口を噤んだ。

 相手の太股に手を置き、ぽんぽんと叩く。

「ロシュは、……分からなかったか?」

「ええと。大きくて透明な石と、透明で綺麗な形をした石と、うっすら青みがかった……」

 青。

 そう呟いた時、オースティン様の瞳の色を思い出す。

 髪の色は同じでも、兄の瞳の色は青、弟の瞳の色は琥珀だ。もし、オースティン様の番であるオメガが雷管石を受け取るとしたら、番であるアルファの瞳の色を受け取れる事は嬉しく思うんじゃないだろうか。

「そっか。リカルド、オースティン様の番のために、瞳の色をした石をあげたかったんだ」

「…………。ほら、普通気づくよな。一個だけ目立つように青なのに」

 僕を引き寄せると、大きな掌が頭を撫でた。ついでとばかりに抱き込まれ、頬に唇が触れる。

 ふふ、と頬を染めながら、相手の腕の中で爛漫の季節を味わう。

「素直に教えてあげたら?」

「別に。俺も押しつけがましい気がするからさ。透明な石が選ばれるんならそれでいいよ」

 リカルドは僕の身体を長椅子に押し倒すと、服の裾から掌を忍ばせる。

 求められれば、直ぐに体温は上がっていく。相手の背を抱きながら、次の発情期はいつだっけ、と心の中で指を折った。

 

 

 

 それから長いこと、オースティン様はどの石を選ぶか結論を出さなかった。僕が部屋を訪れるたび、三つの石を仕舞った小箱が机に置かれている。

 少しずつ位置を変える箱から、その人が真剣に中身を選んでいる事が分かった。

 いつまで悩むのだろう、とリカルドと話していたのだが、唐突に二人揃っての呼び出しを受ける。

「────実は、更新する雷管石をどれにするか決めたんだよ」

 オースティン様の向かいに二人並んで腰掛けた僕たちに向けて、彼は一つの箱を開く。

 中には、青みを帯びた石が入っていた。

 ちらりとリカルドを見て、ほっと息を吐く。

「どうして、この石を選んだんですか?」

「その前にね。…………リカルド、この石を私に選ばせたかったんだよね?」

 視線を向けられた弟は、口を曲げて頷く。

 兄はふわりと花のように笑うと、箱の中身が自分にも見えるように位置を変える。

「私の瞳の色を考慮してくれたんだ、って分かってはいたんだけれど」

「じゃあ、なんでずっと悩んでたんだ?」

 オースティン様は眉を下げると、自分の目尻を、とん、と指した。

「私はね。自分の瞳の色があんまり好きにはなれないんだ。リカルドとお揃いの色じゃないし、偶然、おんなじ色だったらな、って今でも思ってしまう」

 リカルドの肩が、萎んでいくのが分かった。オースティン様の生みの母は、リカルドと因縁がある。

 兄が自分の瞳の色を好きになれない理由の一つが、生みの母が弟を罵ったからだ、と知っている。

「だから、自分の番に渡す石が、自分の瞳の色を帯びた石でいいのか、って。ずっと、それだけを悩んでいた。でも────」

 オースティン様は立ち上がると、古びた箱を持って戻ってくる。

 机の上で開かれた箱の中には、いくつもの石が入っていた。そのどれもが、一部に青い鉱石の混ざった、丸い石ばかりだ。

 リカルドは覚えがあるようで、目を丸くする。

「これは、リカルドが川で拾ってくれた石なんだけれど。弟はね、私の瞳の色が入った石を殊更好んで拾ってくれていたんだよ」

「まだ持ってたのかよ!?」

「大事な弟からの贈り物を捨てるなんて、できなかったんだ」

 そうっと宝物を隠すように、オースティン様は蓋を閉じる。

 掠れて色褪せた箱からは、何度も開け閉めされた事が窺えた。

「石を見ていて分かった。私を大切にしてくれている弟は、私の瞳の色を好いてくれている。それなら、未来に出逢う私の番も、きっと好きになってくれるんだろう。だから私は、この石を選ぶよ」

 兄は首を傾げると、弟へ微笑みかけた。

 答えが合っているか探るような眼差しに、リカルドは両手を挙げて息を吐く。

「兄貴がそれでいいなら、いいよ」

「ロシュも、相談を受けてくれてありがとう。付き合わせて悪かったね」

「いいえ。あの、僕も、番の瞳の色をしたものを集めてしまうので、お相手の方もそのほうが嬉しいと思います」

 オースティン様は眉を上げると、ありがとう、と呟いた。

 くしゃりと髪を乱して頬を赤くしている番を見つめ、くすりと笑う。

「リカルド。昔っからオースティン様のこと大好きだったんですね。この前も、雷管石は青色のがいいと思うのに本人が選んでくれない、って拗ねてたんですよ」

「ロシュ……!」

 口を塞ごうとする番だが、もう遅いと悟ったのかがっくりと項垂れる。

 そんな弟を見る兄は、目を細めて嬉しそうにしている。綺麗な指が小箱を持ち上げ、中身を愛おしそうに眺めた。

「また綺麗な石が見つかったら頂戴。約束だよ」

「青いのだけな。橙色のはロシュにやりたいから」

「ふふ。待ってるね」

 番に寄りかかると、弱り切ったリカルドはこくんと頷く。

 それから綺麗な石を見つけるたび、彼は目を輝かせながら僕たちに持ち帰るようになった。

 

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