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呪いの、と冠を被った品々たちは普通の品に戻り、新しい主を得ていったのだが、なかなか出て行かない品もあった。
私たちは休暇ついでに、一定期間おきに倉庫の整理をしている。
どんな品があるかも帳面に記録しているのだが、その日、大きな箱の下に埋もれるように、小さな箱を見つけた。
クランツに確認したが、彼の記憶にもない小箱だったようだ。埃を払い、蓋を開けると、中から出てきたのは透明な石をあしらった首飾りだった。
いっそ清純な気配すらある一品で、呪いどうこうとは縁遠く見える。
「これ、呪いの品?」
「以前はそうだったのかも。ただ、大神官様が祓ってくれた後だから、呪いはもう消えてるはずだけどな」
石は宝石ではなく、天然石のように見える。非常に高価な品という訳ではないが、社会に出てすぐの人間が、気合いを入れて買い求めるような価格帯の品ではあった。
箱を調べていると、黄ばんだ紙が添えられているのに気づいた。書かれていたのは首飾りの来歴とも呼べるような文章で、読み進めていくと倉庫に運ばれるようになった理由も分かった。
「『元は幼くして死んだ少女の持ち物だった。家に置いておくと玩具が動くようになったため、両親が少女のことを思い出して悩むようになり、手放すことにした。幾人かの手を渡り、倉庫に保管されるようになった』ってことみたいだね」
クランツも一緒に紙を覗き込むと、ぎゅっと眉を寄せる。
「こんな暗いとこに置かなくてもなぁ……」
そう言い、私から小箱を受け取った恋人は、石を窓辺に持っていった。石はきらきらと輝いていたが、その煌めきは涙を思わせる。
クランツはそっと蓋を閉じると、顎に手を当てる。
「これ、うちの倉庫から貰ってくれる人いるかな……?」
「黒い犬が夢を渡って、然るべき人を連れてきてくれるから。もう少し待っていればいいんじゃない?」
隣に近寄っていくと、そっと肩に寄りかかる温度がある。近づいてきた頭を撫で、彼の記録していた帳面を見下ろした。
この倉庫が空になるまで、彼の心配は続きそうだった。
倉庫の中で品物の調査を進めていると、倉庫の扉が開く。顔を出したのは、別荘の管理人であるジョンだ。
彼の背後には、小さな少年が負ぶわれている。
「こんにちは。うちの甥っ子が暇してたので連れてきました」
「…………ちは」
少年は消え入りそうな声で呟くと、ジョンの背から降りた。
彼はドゥと名乗った。
まだ教育を受け始めるくらいの年齢だったが、クランツに対してどう挨拶していいか躊躇う姿は、慎重でかつ控えめだ。
「倉庫のことは昔から周囲で噂になっていたんです。ドゥも怖がってたので、大神官様が解呪した後の現状を見せようかと思って」
クランツは少年に近寄っていくと、その場に屈み込んだ。よろしく、と朗らかに握手を求められ、強ばっていた少年の肩が解ける。
小さな手が倉庫の主と握手をして、離れた。
「何が見たい?」
「……きれいな石」
ジョンに話を聞くと、少年は山や河原で石を集めるのを趣味にしているそうだ。別荘の敷地内の石も拾いたがっており、クランツが笑いながら許可をする。
帳面を捲り、大きな石の飾り物だとか、石を掘って作られた花瓶などの近くに案内する。少年は最初こそおっかなびっくりしていたが、品物から呪いが消えていることが伝わったのか、段々と構えも解けてくる。
ただ、奇妙なこともあった。私はずっと少年を観察していたのだが、きょろきょろと周囲を見回し、何かを探しているような素振りを見せるのだ。
「他に、見たいものある? 私も探そうか?」
声を掛けると、両手を繋ぎ合わせ、躊躇うように視線を下げる。私がじっと答えを待っていると、時間を置いてようやく雪が溶けた。
「首飾り、ない?」
「首飾り……」
倉庫内で首飾り、と呼べそうな品は、先ほど見つけたばかりのそれしかない。私から視線を受けたクランツは小箱を持ってくると、蓋を開けた。
あ、と少年の口がまるく開く。
「これ」
「…………。探してたの?」
尋ねると、少年はこくんと頷いた。探していた、倉庫にこの品があることを知っていた、というのは本来なら有り得ない事なのだが、直近で同様の事が何度も起きている。
「夢でみたの?」
「……うん。どうして分かるの? 黒い犬が、きれいな石のついた首飾りがあるよ、って教えてくれたんだ」
「そっか。黒い犬に、倉庫の中の品物を持っていくよう言われた人たちが他にもいるんだよ。犬は倉庫の品物を、大事に使ってくれる人に持って行ってほしいみたいでね」
少年は箱を握り締めたまま、こちらへ返そうとしない。じっと中を、特に透明な石を熱心に眺めている。
ジョンはどうしたものかと躊躇っているが、クランツはのんびりと管理人に声を掛ける。
「ジョン、どうしよっか。黒い犬は首飾りの持ち主をドゥに定めたいらしい」
「はぁ……。うぅん、呪いは解けた後ですし。ドゥの両親が承諾すれば問題ない、と思います。夕方なら姉たちも戻っていると思いますし、話しに行ってきましょうか」
「俺も行くよ。うちの持ち物だし」
「私も同行する。魔術師が呪いが解けている、と言う方が説得力がありそうだし」
ジョンは私たちを見ると、頼みます、と言って甥を見る。ドゥは話し合う私たちの事は見えていないようで、首飾りを光に当てては石が跳ね返す煌めきを目で追っている。
結局、少年は別荘内で茶菓子を出されても、大人たちと会話する以外は首飾りばかりを眺めていた。
夕方になると、ドゥの家に向かうべく馬車を出した。
別荘地からはそう離れていない住宅地にある家で、馬車から降りたドゥは慣れた様子で家に入っていく。
私たちが家に向かう前に、ジョンが先に家に入り、軽く事情を説明して戻ってきた。来訪の許可は出たようで、クランツと揃って馬車から降りる。
ドゥの両親は、僅かに緊張した様子で私たちを出迎えてくれた。ドゥの母からすれば弟の雇用主が家に来たようなもので、仕事と無関係なのが申し訳なく思える。
居間に通され、お茶を出してもらった。この地域でよく飲まれている茶葉は香ばしくてすっと喉を潤す。
クランツも余裕のある所作でお茶を一口飲むと、器を受け皿へ戻した。
「ジョンから軽く聞いてはいると思うのですが、うちの別荘の敷地内に倉庫がありまして────」
元は呪いの品々を保管していた場所であること、大神官の力によって呪いは解けていること。その後、呪いから解放された黒犬が、品物の持ち主になってほしい、と人間の夢へ渡るようになったことを話した。
両親はじっと話を聞いていたが、クランツが首飾りの来歴を説明するために紙を出すと、母親の表情が変わる。
白い指が伸び、紙に書かれていた名を差した。首飾りの元の持ち主を指す箇所だ。
「この子。子どもの頃、私の友達だった子です」
「え? ご存じなんですか?」
私が訪ねると、ドゥの母は口元を震わせながら頷いた。
「元々、……身体が強い子ではなかったんです。病に伏せることも多く、彼女の家を訪れて、室内で遊ばせてもらうことが多かった。亡くなったのは、冬のことでした」
風邪を拗らせ、元々体力も少なかった少女は亡くなってしまい、首飾りが玩具を動かす様を見て、気に病んだ彼女の両親は首飾りを手放した。
首飾りは巡りめぐって、呪いの、と集められた品々に加わった。
「彼女が亡くなった時、形見分けのように頂いた品がありました。首飾りもその中にあって……確か、持っていってもいいと言われたけれど、当時は宝石と天然石の違いも分からなかったから、高価なものを貰ってはいけない、って断ったんだったかしら」
首飾りは未だにドゥが持つ箱の中にある。大人たちの言葉を拾って、一部は理解しているだろうに、少年は箱を頑として手放そうとはしなかった。
何となく、黒い犬が彼を選んだ理由が分かった気がする。
「首飾りはカフマー商会の倉庫に保管されており、大神官様の手で呪いを祓って頂いています。私は魔術師で、その場にも立ち会いましたが、霧が晴れるような、というか一瞬で空気が変わって、その後、物が動くようなことは起きていません」
言葉を切り、家族の表情を窺う。元は呪いの品だったものを引き取ってほしい、とは受け容れづらい話だろう。
「もし、よろしければ。一晩、首飾りを預かって、何も起きないことを確かめていただけませんか? その上で、新しい持ち主になっていだけるのなら、首飾りはお譲りします」
私の言葉を、クランツが引き継ぐ。
「石自体は高価なものではありませんが、鎖の部分は鍍ではなく、純粋な銀のように見えます。首飾り自体も流行廃りがあまりない形状で、良い品物です。ただ捨てるには忍びないような気がします」
ドゥは箱を握ると、父母へ交互に視線を向ける。何も言わずとも、意図は察せられた。お願い、と声が聞こえてきそうだった。
父親が口を開く。
「分かりました。何かが起きるかもしれない、と疑うことは大神官様のお力を疑うことでもある。一晩、お預かりします。ちょうど明日は私も休みにしておりますので、一晩くらい息子を眺めて夜を明かしましょう」
「ふふ。付き合うわ」
母親は、息子の手に自らの手のひらを重ねると、首飾りを眺めて目を細める。長い睫が動き、瞳がこちらを向いた。
「おそらく、もう何も起きないんでしょうが……。玩具が動くくらいなら。息子が傷つけられなければ、共存できそうな気はします」
ぴんと伸びた背は力強く、瞳の奥に巡る記憶を垣間見る。私たちは礼を言ってドゥの家を出ると、別荘へと戻った。
ジョンは別荘の仕事を終えて帰り、私たちも用意された食事をとった。風呂には一人で入ろうと思っていたが、恋人がねだるので一緒に入った。
ほこほこになった恋人の髪を魔術で乾かしていると、無駄に頭を押しつけられる。水分が吹き飛ぶまで、邪魔を入れられながら髪を乾かした。
ソファに並んで座ると、開け放たれた居間の窓から夜の景色が見える。少しの風が木々を揺らすも、嵐というほどもない。
虫の鳴き声と葉の擦れる音しかない、落ち着いた田舎の夜だった。
「サザンカは、首飾りが何かを起こすと思う?」
「ううん。時間が経ちすぎてるのか、あの首飾りに強い力は残ってないみたいに見えた。周囲の物を動かすのはもう無理だと思う」
そっか、とクランツは呟くと、私の肩に寄りかかってくる。柔らかい髪に手を埋めて、その感触を楽しむ。
「ただ、何もない、って訳でもない気がする」
「というと?」
「分かんないけど。光を受けて瞬くとき、石がちかちか、ってしてたでしょう」
手を結んで、開いて、と動かしてみせると、隣にいる恋人も頷く。
「遠くの人への合図、みたいに感じたよね」
「そう。まだ意思、みたいなものが残ってるんだと思う。ただ、もう弱くて他に干渉できるほどじゃない。……から、安全ではあるんじゃないかな」
恋人は安堵の息を吐くと、私の首に手を掛けた。引き寄せられて、唇を重ねる。いつもならそのままお誘いにかかっていたのだろうが、今日はそれだけで離れた。
クランツは立ち上がると、本棚から大量の本を抱えてくる。居間にある机に積み上げると、机の表面が、どすん、と音を立てた。
彼の行動の意図はすぐに分かって、唇が緩む。
「珈琲でも淹れようか?」
「嬉しいな。サザンカが淹れた珈琲、大好きなんだ」
どうやら、恋人もまた、起きたまま一晩を明かすつもりらしい。
もし、ドゥの家で何かが起きて、助けを求められたら手を差し伸べられるように。言わなくとも意識を共有できたことに、込み上がる嬉しさがある。
珈琲を運ぶついでに頬にキスをすると、クランツは顔をでれでれに崩していた。
翌日、ジョンが朝からドゥの家を訪ねたが、特に何も起きなかったことを教えられた。
別荘の滞在期間中は頻繁に様子を見ていてくれたようで、管理人として会う度に甥の無事が報告される、という妙な習慣ができていた。
私たちの滞在を終える日に、ドゥの家を訪れ、正式に首飾りを譲ることが決まった。
鎖が切れた時のために修理ができる店……以前、市で出会った店を伝え、神殿への連絡先、カフマー商会の連絡先を渡す。
同席したドゥは首飾りを身につけており、父母が言うには、起きている間はずっと手放そうとはしないようだった。
「あと、首飾りについて不思議なことがありまして────」
父親の話によると、ドゥが友人たちと山へ石を拾いに行こうとしたとき、首飾りの石が熱を持ったのだという。
ドゥが混乱し、肌が熱い、と言うと、友人たちはすわ火傷か虫刺されか、と慌てて彼を家まで送り返してくれたという。両親が調べると、首飾りが熱を帯びていただけで、火傷などはなかった。
その日は石好きなドゥがいないのに石拾いに行くのもな、という話になったようで、友人たちは山に行かず、そのまま近所で遊んだそうだ。
後日わかったのだが、父親がその話を聞いた日、山では落石があった。少年たちが石拾いに向かう、川辺で起こったそうだ。
「同じような事がまた起こるかは分かりませんが、息子には石が熱く感じたら、できるだけ家に帰ってくるよう。近くの大人に行動を相談するように伝えてあります」
私たちが石に視線を向けると、意味ありげにちかちかと光を反射させる。少女が、偉いでしょう、と胸を張っているような、弾むような光だった。
ドゥは、ぎゅ、と石を握り込む。
「本人もこうやって首飾りを気に入ってしまって。……いつ鎖を引きちぎることになるやら」
父親は修理店の連絡先を指でなぞると、苦笑していた。隣で笑った母親も、顔を上げ、私たちの方を向く。
「元々、呪いの品ですらなかったのかもしれません。玩具を動かしていた頃に出逢えていたら…………あの時、譲り受けていれば、と少し残念に思います」
黄ばんだ紙に書かれていた少女の享年を思い出す。ドゥよりも少し年上のお姉さんだった。
少年が歳を追い越すまでくらいは、年上として近くで見守っていてくれるのかもしれない。
クランツは新しい輝きを見送ると、その場で背筋を正した。
「何かあれば気軽にご相談ください。その首飾りを、────よろしくお願いします」
その日、帳面に書かれた首飾りの項目には、打ち消しのために一本、線が引かれた。
