悟司の『父さん』はかわいい。挨拶がてらちょっとばかり気合を入れた手土産を持って来た途端、この反応だった。
「どうやったらクッキーでうさぎ作れるの!? 表情描いてある器用ー! 嘘ー、かーわいー!」
悟司がご両親に俺が作った菓子をちょろまかされていたことが切っ掛けで、悟司の父である志陽さんは、俺がお菓子を持っていく、と言うと手作りであるものだと思うらしい。
一度、有名な洋菓子店のお菓子を持参した時、俺の持っている包装紙に対してしょんぼりと尻尾が垂れ下がった。
きっと洋菓子店の菓子の方が美味しいのだが、美味しいものを食べ慣れている人は、そういう味に飽きてしまうものなのかもしれない。
しかもデコペンやチョコスプレーを使ってごてごてにデコったようなそれに異様に食い付きが良い。
外見も若い……実際に若いらしい……志陽さんが語尾を上げた口調を使うと、学生時代に戻ったように錯覚する。
部屋着を着て寛いだ様子の志陽さんは、使用人さんに並べてもらったお茶のカップを放置して、携帯電話のレンズを持参した菓子に向けている。
その様子に後で写真送ってもらおう、と俺はのんびりお茶を啜った。
「うさぎが好きなの?」
「うさぎっぽいじゃないですか、志陽さん」
「……イノシシじゃなくて?」
志陽さんの口から出てきた動物名に、俺は首を振る。
「自分ではイノシシだと思ってるんですか?」
「うん。かなぁって思う」
志陽さんはぱくりとクッキーを口に含んだ。
片思いが長かったんだよねえ、と語られた志陽さんの馴れ初め話は、悟司との俺の一件を容易に思い出す代物だった。
お互い相手への思い入れが深い両親から育てられた息子がこうなるのはさもありなん、といったところだ。
「猪突、って言うくらい突っ込んできてくれるなら、逆にやりやすいんですけど。悟司は突っ込む前に勝手にブレーキ掛けるんで……、志陽さんもじゃないですか?」
「うーん……、言われたら、そうかも……」
会話の合間に美味しい、さくさくしてる、と感想が差し挟まれる。
悟司におつかいを頼むと材料のグレードが上がるので、自然と美味しいものができるようになった、という事は黙っておいた。
お茶も美味しく、菓子も上等なものに思えてくるから不思議なものだ。
「突っ込むなら突っ込んできてくれた方が楽でいいですよ。今日だって『仕事忙しくなければ』とか『悟司と過ごすのに飽きたら』とか、予定立てるのにそういうのいいですから」
こうして今日を迎えるまでに予定を立てる段階で、志陽さんはしきりに俺の予定を気にしていた。
鬱陶しくないように、という気遣いを感じる割には、忙しい合間に会うこと自体は譲らないのだから携帯の文面を前に笑ってしまったほどだ。
「僕も気を遣うの!」
「俺は遣いませんから。自分のほうが忙しいんですから、空いてる日さっさと指定して下さーい。駄目なら駄目って言いますー」
きゃんきゃんとひどいー、とクッキーを片手に鳴いている志陽さんは、じゃあ次はね、とスケジュール帳から休日を指定する。
びっちりと埋まったそのスケジュール帳に空きは少なく、やっぱり気を遣われていたのだと頬を掻く。
距離を詰めるつもりは存分にあるのだが、家族になるには、まだ時間が必要そうだ。ふかふかしたソファに身を埋める。
「そっか。うさぎ、うさぎかぁ……うさぎは『かわいい』?」
「へ? かわいいじゃないですか」
俺が反射的に答えると、志陽さんはへにゃりと表情を崩した。
嬉しそうにクッキーを齧っている姿は微笑ましいが、謎の質問に俺は首を傾げる。まあ、ほわほわ笑っている志陽さんはかわいかったので、眼福とばかりに黙って堪能しておく。
帰宅後、父さんと二人で仲良くお茶してずるい……! と騒ぎ出した悟司は鬱陶しかったが、かわいいものはかわいいので、ソファに引っ張り込んで宥めた。