
※fanboxに先行公開し、現在はムーンライトノベルズにも追加公開中の「崖下で謎の美形アルファを拾ってしまった魔術師オメガさん」の完結後の番外編です。いずれ個人サイトにも掲載予定です
山の別荘から俺にくっ付いてきた妖精だが、屋敷に元々住んでいた妖精たちの集団に入り、屋敷全体の維持管理も担っている。
屋敷の使用人たちは妖精の存在を意識して生活しており、彼らの意図しない場所が片付けられていたら、こっそりと動物の乳を温めて器に入れておく。器が干されれば、何も気づかないふりをして回収する。そういった均衡があった。
だが、俺の存在によって、その均衡は脆くも崩れ去った。
別荘から連れてきた個体がぷくぷく体型を危険視されるほど菓子を食べるあたり、彼らは甘いものを好む。
『まほうつかい、そうだんがあるのだが』
今までは動物の乳を与えられる事に慣れていたが、別荘出身の妖精が菓子を食べているのを見て、俺にこっそりと菓子を食べてみたい、と言うようになった。
『まほうつかい、そうだんがある』
しかも複数個体が、だった。
別棟の主であるラピスに相談したところ、菓子を用意することを快諾される。俺の歓迎会と称して、二人と妖精たちだけのお茶会を開いてくれることになった。
不公平にならないよう、別棟のみならず、屋敷の敷地内にいる妖精たちがお茶会の招待を受けたその日。
家中のありとあらゆる埃が消え、物置は整理され、植物たちは輝きを取り戻し、竈からは煤が払われた。ラピスのみならず、ラピスの両親すらも、建物が時を巻き戻したような気がしたそうだ。
ただ、これだけ働いてもらったのだから、しょっぱい菓子など用意した暁には、俺たちは妖精たちから屋敷をぼっこぼこに荒らされかねない。
料理長と細かく相談をし、別荘の妖精が好んでいた細工が入った菓子を用意してもらった。
妖精相手に、この世の終わりのような顔で最高の菓子を検討している俺を見て、料理長は首を傾げていた。
「────ということで、本日はお日柄もよく」
『はやくたべさせろー』
お茶会の挨拶をしようとしたラピスは、あっさりと下がらせられた。
人が少ないほうが心置きなく食べられるかな、という配慮をした為、用意した茶器には俺たちが茶を注ぐことになる。
俺は見様見真似だったが、番は生来の器用さからか、手早くお茶を注いでいった。魔術装置の眼鏡をしている今、妖精たちの容姿もよく分かる。
昔から妖精と親しくしていた家だからか、貰った端切れは年代も様々で、服の造りも多種多様だ。
別荘の妖精はラピスの肩に乗り、配膳の連絡の為なのか、耳元でやいやい言っていた。
「じゃあ、準備が整ったので。召し上がれ」
お茶会の主がそう言うと、妖精たちは配膳された焼き菓子を持ち上げる。口へ運ぶことを躊躇っている妖精たちの横で、別荘の妖精は平然と焼き菓子を囓る。
ぱりぱりと景気のいい音が響き始めると、後に続くように屋敷の妖精たちも焼き菓子を咀嚼し始めた。
行儀がよかったのは、その時までだった。我先にと手を伸ばし、菓子を喰らい始める妖精たちに、段階を踏む形で菓子を分けておいたのは正解だったと息を吐く。
「コノシェ。僕たちも食べようか」
「そうだな」
別荘を出てからは、基本的に配膳は使用人がやってくれる。ただ、今日だけは番の手ずから用意された茶を口に運んだ。
いつもより、一段と美味しいような気がする。
俺たちが配膳しつつ、自分たちもお零れに預かっていると、とことこと別荘の妖精が近づいてくる。今は妖精たちの中でも特にふっくらしているので、見分けが付きやすい。
『ようせいが、たりない』
数秒のあいだ考え込んで、ようやく意図に気づいた。
「来てない妖精がいるのか?」
『そうだ。あおいふくをきている』
こうでこう、とちいさい手を動かして説明してくれるが、服や帽子の差は細かすぎてよく分からなかった。
俺はカップを干し、ソーサーに戻すと椅子から立ち上がる。
「本邸の方の妖精だよな。俺、ざっと見てくるよ」
「僕も行く」
俺たちは残る妖精たちの皿へと多めに菓子を配り、少し席を外す、と言い置いて部屋を出る。気づかないうちに、俺の肩には別荘の妖精が乗っていた。
指先を伸ばし頬を擽ると、ラピスの肩へと飛び移る。
『ようせいであそぶな』
「俺で遊んでるのはそっちだろ」
「まあまあ」
ラピスに仲裁されながら、本邸へと入る。別荘の妖精へ『青い服をよく着ている妖精』がどこにいるのか尋ねたが、首を傾げて返された。
仕方なく、端から一つずつ部屋を回っていく。妖精たちのいない屋敷は、なんだか静かに思えてしまうのが不思議だった。
見回った部屋には、青い服を着た妖精は見当たらない。残っているのはラピスの父母の部屋と、使用人たちの私室くらいのものだった。
「父上は不在だけど、母上は執務室にいるはずだから、母上の私室に入っていいか聞いてみるよ」
「え。こんな用事で?」
「両親の寝室は、許可が貰えるか分からないけど。母上の私室は、婚約中の両親の仲が深まるまで母上が暮らしていた部屋で、今では個人の持ち物を置くくらいしか使っていないんだ。だから特に何も言われないと思うよ」
ラピスはそう言うと、俺と妖精を伴って母のいる執務室へと向かった。扉を叩いて呼びかけると、朗らかな声音で入室の許可が出る。
「失礼します、母上」
「……あら、今日は妖精さんたちとお茶会ではなかったの?」
出迎えてくれた彼の母君は、俺ごとまとめて抱擁する。距離感の近い彼の両親には気恥ずかしさもあるが、最近では少し慣れてきた。
彼女は長い髪を丁寧に結い上げ、落ち着いた色味の服を身に纏っている。視力が落ちた、と仕事中は眼鏡を掛けており、今もその例に漏れない。
「母上。招待した妖精たちの中に来ていただけていない方がいて、今、探し回っているところなんだ。母上の私室も探したいんだけど、いいかな?」
「ええ。構わないけれど、……別荘から来ていただいた方?」
丁寧に個体を示す言葉を告げられると、別荘の妖精は機嫌が良さそうに、ぴょい、とラピスの母君の頭に飛び乗り、少しだけほつれていた髪の乱れを直した。
そうしてまた、ぴょい、と息子の肩へと戻ってくる。
「ええと。そうではなくて『青い服を着た妖精』で」
「青い服を…………」
ラピスの母君は、息子と同じ色の瞳を大きく見開いた。何か心当たりがあるような反応に、俺たちは顔を見合わせる。
「母上。青い服を来た妖精、知ってるの?」
「そうね。昔のことなのだけれど──────」
彼の母が語るには、こうだ。
ずいぶん昔、婚約中の、主に彼女が私室で暮らしていた時のことだった。急に現在のラピスの父が帰宅し、慌てて服を着替えて出ようとした時のこと、お気に入りの服の端に、ほつれを見つけた。
いずれ番になる相手に対し、おめかしした姿を見せたかった彼女が困っていると、声が聞こえた。
『……なおそうか?』
「ええ、お願いしたいのだけれど」
つい彼女はそう言い、振り返ると、その場には誰もいなかった。あれ、あれ、と混乱していると、ふわりと裾が浮いた。何処からか針と糸が現れ、くるくると器用にほつれを直す。
『おわった』
彼女はぽかんとして、それでも、婚約者を待たせるまい、と服を着て部屋を飛び出した。
数日後、このことを婚約者に話すと、彼は屋敷には妖精が棲んでいるのだと言った。使用人たちは人知の及ばない何かあると、礼に動物の乳を差し出すのだとも教えてもらった。
だが彼女は、それでは足りない、と考えた。
古い文献をあたると、妖精たちは精密な作りの芸術品や宝石、甘いものを好み、人間から礼として与えられた布地で服を仕立てる、と書かれていた。
彼女は当時の料理長に相談し、焼き菓子の表面に溶かした砂糖に色を付けたもので、彼女の一番好きな花、釣鐘草を描いてもらった。
お茶とお菓子に加え、妖精たちが新しい服を仕立てるための、真新しい青の布地を枕元に置いて眠ると、朝には夢のようにすべてが消えていたそうだ。
「あの方、まだあの時の布地で作った服を着ていらっしゃるのね。悪いことをしてしまったわ」
「母上は、その後は青い服の妖精とあまり話をしていなかったの?」
「いいえ。いくらか助けてもらったけれど。布地を渡したのはその時だけだったの」
彼女は、行きましょうか、と言って、俺たちを先導する。向かう先は彼女の私室だろう、と想像が付き、黙って従う。
ゆっくりと廊下を歩く姿は、貴族らしく優美だ。こんな人が、布のほつれに慌てた過去があることが、ただ微笑ましく映った。
年季を感じる扉の前に立ち、彼女は扉を開く。
「こんにちは。いるかしら、妖精さん」
その瞳に妖精たちの姿は映っていないだろうに、こそり、と花瓶の奥から小さい姿が現れた方向へ、視線が向く。
くるり、とラピスの母君は楽しげに振り返ると、俺たちへと微笑みかける。
「ね。いるでしょう?」
やあ、とでも言いたげに別荘の妖精が肩の上から手を挙げて挨拶をすると、青い服を着た妖精もおずおずと手を挙げる。
彼らは『妖精という全』だとたびたび主張するのだが、長く付き合う人間の目には個体差があるように見えてしまうのが不思議なものだった。
「こんにちは。お茶会に来ていなかったようだが、招待は届かなかったか?」
俺が尋ねると、青い服を着た妖精は首を横に振る。どうして、と考えたのが伝わってしまったのか、俺が問うよりも先に答えがあった。
『ようせいは、この”へや”につかえるときめている。”やしきのようせい”へのしょうたいは、うけられない』
妖精の青い服は、何度も繕った跡がある。一枚の布地を、大事に着ていた様子だった。
「部屋に仕える……。普段、部屋の維持だけをしている、ってことか?」
『そうだ。”へや”のそとにはでない』
ラピスの母は、不思議そうに耳へと手を当てる。最近は、あまり話していなかったのだろうか、新鮮な反応だ。
「あの、妖精さん。どうして、そこまで親切にしていただけるの?」
妖精は、ラピスの母をじっと見つめる。ぱちり、ぱちりと目が動いて、気恥ずかしそうに小さな手が服の裾を握った。
『ほうしゅうをもらいすぎた』
「報酬? ……焼き菓子と、布地をあげたことかしら?」
『そうだ』
俺たちは顔を見合わせ、お互いの感覚を確かめる。こくこく、と顔を上下に振るラピスの反応を見るに、俺の感覚とそう外れてはいないようだ。
菓子と布地だけで、おそらく二十年そこら、部屋に仕えるというのは過剰に思える。
「そう、律儀な方なのね。けれど、この部屋だけで暮らしていたら、つまらなくならないの?」
『ようせいは”きこう”である。おもしろいも、つまらないもない』
ラピスの母は、俺に視線を向ける。機構、という言葉が飲み込めなかったようだった。
「機構。妖精はよく、自分たちは世界にとっての歯車、部品であるというような言葉を口にするので。その事を言っているのでは、と」
「ああ、そういうことね」
彼女は俺の言葉を聞いて、寂しそうに目を細める。視線の先には、見えないはずの妖精がいた。
ラピスは俺の隣でううん、と唸ると、何事か思いついたようで、母の耳元で何事かを囁く。囁かれた側も、いい案、というように明るい表情で頷いた。
並ぶと、顔貌が本当によく似ている。
「妖精さん。お願いがあるのだけれど」
『……なんだ』
「この部屋が保たれている為には、屋敷が綺麗でないといけないと思わない? だって、誰かが埃を肩に載せてしまって、その人が部屋に入れば、部屋も埃まみれになってしまうでしょう?」
『それは…………そうだ』
「だから考えたの。私たちもたくさん報酬を払うから、この部屋と、ほんの少しだけ屋敷にも仕えてくれないかしら。この部屋のために、ね?」
彼女は可憐に小首を傾げる。おそらく、少女の時から変わらない仕草だろう。
妖精が絆されたのは、報酬に対してではない。一生懸命、妖精のことを調べ、好物を用意しようとした彼女の姿勢にだ。
彼らは、美しいものを好む。あの円らな瞳には、彼女の差し出した報酬はどれだけの重さに映ったのだろう。
『……いいだろう。”へや”をうつくしくたもち、”やしき”にもきをくばろう』
「本当……!? ありがとう、妖精さん。私ね、貴方の服を────」
普段から息子に似てお喋り好きな性格が転がり出たのか、これまでの感謝を全てぶつけるように彼女は語る。語る。
外れたはずの釦が気がついたら付いていたこと。枯れそうな花を惜しんでいたら翌日に復活していたこと。栞も挟まずに本を閉じて眠ってしまった翌日、読みかけの場所に栞が挟まれていたこと。
彼女が語る古い記憶を、青い服の妖精は大人しく聞いていた。
放っておけばいつまでも続きそうなそれは、ラピスが慣れた様子で押し留める。
「母上、そのあたりで。……妖精さん、まだ我々のお茶会は途中なのですが、いらっしゃいませんか?」
『そうだな。ようせいは、これから”やしきのようせい”でもある。おじゃましよう』
俺たちは手を打ち鳴らすと、善は急げ、と青い服の妖精に俺の肩へ移ってもらった。その様子をにこにこと見守ったラピスの母は、ぽん、と手を打ち鳴らす。
「お茶会。私も参加して構わないかしら? まだお話ししたいことが沢山あるし。ちょうど、仕事も片付いたところなの」
「うん。おいでよ。……確か、その釣鐘草が描かれた焼き菓子も作ってもらっていたんだ。料理長が、妖精が好む、と覚えていてね」
青い花弁を纏った釣鐘草。料理長も少女の恩返しに荷担した記憶を忘れていなかったのか、俺たちの提案の外で、用意された菓子だった。
「ふふ。あの方も妖精さんたちと同じく、屋敷に仕えて長いものね」
行きましょうか、と彼女は部屋の扉を閉じると、俺たちの先へと歩き出そうとする。その瞬間、俺の肩にいた青い服を着た妖精は、ぴょい、と彼女の肩へと飛び乗った。
彼女は僅かに目を見開くと、唇を持ち上げ、足を踏み出す。その足音は普段の静かなそれではなく、飛び跳ねんばかりのご機嫌な色だった。
後日、真新しい青い布地の服を纏った妖精を、屋敷中で見るようになった。
そして、青い服を着た妖精は、別荘から来た妖精とよく一緒にいる。
人にお菓子を強請りまくるぷくぷく妖精と、一途に部屋を守り続けた妖精との間で気が合うようには思えないのだが、それを本人に告げると、分かっていない、というようにどつかれる。
「ラピスもそう思わないか? だって、性格ぜんぜん違うし」
俺が番にそう零すと、彼は首を傾げた。
「似てると思うよ」
「どこが?」
「コノシェを気に入って、住処まで変えちゃうとこが」
俺がやっぱり分からない、というような顔をしていると、隙あり、と唇を盗まれる。突然のことに面食らっていると、ラピスは楽しそうに青い目を細めていた。