バレンタインbox2023

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※のちに他のエピソードと併せて短編になったりするかもしれません。ご了承ください。

 

 

あまい番との幸せな等分(絡居俊哉×丹波時雨)

 以前から、バレンタインは一緒に何か作りたいね、と話をしていた。

 バレンタインフェアにかこつけて、二人して日々何かしら買って帰って食べては、太る、と言いつつ運動を繰り返している。

 お互いに贈りたい甘味も多ければ、自分が食べたい甘味も多すぎたのだ。仕事先でもチョコレートを使った和菓子の余りを貰ったり、と、あまあまな期間が過ぎた。

「やっぱり、僕は家で作るとしたら、温かさ重視のお菓子がいいと思う」

「確かに。じゃあ……」

「「フォンダンショコラ!」」

 お互いに人差し指を立て、似た仕草で同じ言葉を発する。俊哉さんは案が揃った事を嬉しそうに、僕の唇をついばんだ。

 

宰相閣下と結婚することになった魔術師さん(ガウナー×ロア)

 

 今日は世話になった人や、恋人に菓子を贈る日だ。

「別に代理に世話になったりしてませんけど!」

「ありがと。美味そう」

「これ。ロアくんにだけ用意したんだよ?」

「笑いながら言ってるんで、冗談でしょうけどやめてください。妙な火種を点すな」

 昼には魔構の連中と持ち寄った菓子を食べ、王宮を歩いていると、ちょくちょく小振りの包みを貰う。こちらも用意しておいた包みを渡し、いい午後を、と言って別れた。

 集まった菓子は袋いっぱいになり、帰宅すると、食卓に近い位置に置いておいた。

 その日のガウナーは、帰りが早かった。

 普段より念入りにちゅうをやり、普段よりも少し豪華な食卓へ招く。イワさんからは料理が贈り物らしい。

「あの袋は、君が貰った分、かい?」

「そう。ガウナーも大量だな」

「ああ。会議に行く途中に渡されるから、ずっとお返しの包みを持ち歩いていたよ」

 袋をじい、と見やると、伴侶は顎に手を当てた。

「私から君へ、だが……」

「うん」

「週末に、菓子を焼こうと思っているんだ。少し、遅れてもいいかな」

 これは今日の分、と小ぶりの菓子箱を渡され、ぱちぱちと目を瞬かせる。ふわり、と思わず唇が綻んだ。

「待ってる」

 

堅物な書記官さんは人懐こい魔術師さんに合鍵ごと渡したい(ヴァレリー×リジェ)

「さーむーい!」

 雪国の氷はまだ溶けず、帰りの遅い恋人を震えながら待つ。朝から燃料が切れ、帰りに買ってくる、とヴァレリーが言ったのだ。

 任せる、と頼んだのに、僕の方が早く帰ってきてしまって、予想外に彼の方が残業になってしまった。今日は仕事で魔力が尽き、魔術で身体を暖めることもできない。

 ぶるりと身体を震わせ、毛布を被って酒を煽る。ようやく指先が動くようになった所で、厨房に立って夕食の準備を始めた。

 燃料が来たのは、缶詰を開け終わってずいぶん経った頃だった。

「ありがと。燃料がない、魔力もない、だとこんなに困るんだね」

「通信魔術で言ってくれれば、直ぐに帰ったのに」

「魔力切れだったんだもん……。今日おおきな手術があって……」

 広げられた腕に飛び込み、暖まっていく室内への有り難みを噛み締める。食卓に並んでいるのは火を使わない料理ばかりだったが、二人とも腹が減っていてすぐに消えた。

 食後の酒でも、と瓶を用意しようとすると、ヴァレリーに止められる。僕の代わりに、彼が厨房に立った。

「どうぞ」

 カップに入っていたのは、どろりとした甘ったるい飲み物だ。口をつけ、飲み込み、ほう、と息を吐く。

「あったかい……」

「直ぐに帰ってこれなくて悪かった」

「ううん。今あったかいから、何でもいいや」

 おかわり、と二杯目をねだると、もう材料がない、と言われた。

 じゃあ、これでいいよ、と唇に残った甘さだけを奪うと、彼はちょっと照れているようだった。

 

宇宙人は自称猫の顔をしている(ホノマガ×兎毛松汰)

 バレンタインデーは憂鬱だ。食べられもしないものが持て囃され、雑誌もテレビもチョコレートの宣伝一色である。

 しかも、主人であるホノマガも普段よりも浮かれている。宇宙人が何故に、日本のバレンタインデーにそわそわとしているのだろうか。

 バレンタイン当日、冷蔵庫を開けるとチョコレートの箱が入っていた。

「何これ」

 べちょべちょした溶けたチョコレートみたいな猫の形状をしていたホノマガは、床から身を起こして俺を見た。ような気がした。

「チョコレートです」

「食べたかったのか?」

「松汰が食べたそうにしていたので、私が食べようかと」

 それでは味わえないのだが。怪訝そうな顔をした俺に、床をのそのそと這ってくる。触手が伸び、箱を取り上げた。

 器用に蓋を開き、ざららら、と中身が虚空のような体内に飲み込まれる。

「綺麗なチョコだったのに、ありがたみも何もないな」

「…………そういう、ものでしたか。成程。次はもっと上手くやります」

 するすると脚を上った身体は、臍に触手を伸ばす。栄養としてチョコレートの成分が送られてきたようだが、どうにも実感がなかった。

「まあ……。うん。気持ちだけ、受け取っておくよ」

「それは、断り文句の常套では?」

 翌日、ホノマガはまた新しいチョコレートの箱を買ってきて、今度は蓋を開けてしげしげと眺め、俺と一緒に感想を言い合って、またざらざらと口の中に放り込んだ。

 いやそうじゃなくて、余韻が、と。何度もバレンタインデーをやり直すうち、俺は数キロ太った。

 

魔法使いと養い子と暁空に咲く花(アリー×リィガ)

 光の燦々と降り注ぐ午後、厨房に立つアレイズの足元で、妖精たちがちょろころとしていた。

 邪魔にならないよう近寄り、背後からその小さな身体をつつく。

「妖精くん。アリーの邪魔になってしまうよ」

『とちゅうでおこぼれをくれるのだ』

『ちかくにおらぬともらえぬのだ』

 私の言葉などには耳も貸さず、つぶらな瞳はアレイズの手元で作られていく菓子を追っている。

 こちらを振り返った料理人は、仕方ない、と呟いて手早く果物を切り分けた。

「ほら、おやつ」

『そっちのあかいのはくれないのか』

「数が少ないから駄目だ。出来上がったやつもやるから待てって」

 大きな掌から橙色の果実を貰うと、妖精たちは踏まれない場所に移動して実を囓り始める。

 最後に一番大きな一切れは、私に向けて差し出された。

「リィガも、もう少し待っててくれ」

 私の分はいい、と断る前に、唇に押し当てられる。果実を口に入れると、甘酸っぱくて美味しかった。

 

僕は眼鏡越しに恋ができない(虎目佐紀×生州晶)

「うそ! バレンタイン受け取ってもらえなかった……!」

 ゲーム画面を覗き込みながら、頬に手を当てる。この恋愛シミュレーションゲームは、特定のパラメータに育成が届かない場合、お相手にバレンタインチョコを受け取って貰えない仕組みなのだ。

 育成不足にショックを受けていると、横から、綺麗にラッピングされた箱が差し出される。

「……パラメータ、足りてる?」

 少し不安そうな瞳に、くすりと笑ってしまった。今日は二月十四日だ。

「カンストしてる!」

 コントローラを放り出し、その首筋にしがみつく。首元に顔を擦り付け、腕の中に収まった。

 手ずから与えられたチョコの味は、また格別だった。

 

君の番にしてください(明月悟司×昼川三岳)

 朝から用意しておいた材料をキッチンに並べ、チョコレートの湯煎を始める。数年前よりも、一気に贈り先が増えてしまった義理チョコは、義理の親へのチョコもあった。

「本命以外がすべて義理といえば、義理なんだが……」

 うーむ、と思いつつ、チョコを溶かし、粉をふるう。できあがったブラウニーにはチョコレートのプレートを添える。

 デコペンで飾ったそれは、贈り先の人をイメージしたものだ。うさぎの絵を描き終えると、用意しておいた包装をする。このまま、午後に渡しにいく予定だった。

「三岳さん……、俺のぶんは……?」

 仕事に出る前の悟司に、片手間に用意した朝食を出す。パジャマ姿の番は、俺がチョコのことについて黙っているのを不安そうに、朝食に手を付けている。

「オムレツに、ケチャップでハート描いてほしい」

 ぽそり、と呟かれた言葉に立ち上がり、ケチャップで丸こいハートを描いてやる。ほんの少し、気分が浮上した様子だった。

 食後のコーヒーを両手で抱え、しょんぼりとした悟司が俺をちらちらと見る。

「今年は、本命チョコ、ありま、す、か……?」

 あえて視線を逸らしてやると、視界の端に肩を落とした姿が見えた。あまり、いじめすぎるのもよろしくはない。

「夕食の後で食べようと、用意して待ってますよ」

 ぱぁっと笑顔になった彼が置いたコーヒーに、ミルクを入れ、ざらざらと砂糖を放り込む。

 向かい側から混ぜてやると、嬉しそうにしている。

「父さんの分は、義理、だよね!」

「いや。あげたくてあげてる」

 可愛らしくできたうさぎのプレートを恨みがましく見る番だが、これを渡す相手はその番の父親だ。

 アルファの独占欲を難儀に思いながら、ブラックコーヒーを啜った。試食しすぎて甘くなった口内には丁度よかった。

 

明くる朝、名前を呼んでくれたら

 学校から帰宅すると、弟が珍しくキッチンを駆け回っていた。母は雑誌を片手にリビングで寛いでいる。

 鞄を下ろし、僕もキッチンへと向かう。

「おかえり、兄ちゃん」

「ただいま。脩二がキッチンにいるなんて珍しいな」

 手を洗って隣に立ち、溶かしかけのチョコレートを滑らかになるまで掻き混ぜる。弟は慣れない手つきでボウルを持ち、生地を作っているところだった。

「ガトーショコラ作成キット売ってて、買っちゃった」

「誰にあげるの?」

「兄ちゃん! と、ついでに支永くらい、かなあ」

 リビングから『お母さんの分は?』と声がかかり、弟が『あるよ!』と叫び返す。くすりと笑って、粉だらけになった半身の頬を指で払った。

 にへら、と脩二が笑った。弟は、日向みたいだ。

「支永には兄ちゃんが渡してやってよ」

「いいけど。なんで?」

「ほら……。……オレは時間合わないし」

 翌日、弟の指示で作り上げたガトーショコラを眞来に渡すと、やたら動揺しつつ受け取られる。

 義理なのにそこまで嬉しがられると、困ってしまうくらいの反応だった。

 

 

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