年明けの初出勤日、俺は正月太りでふっくらとした腹を抱えつつ出勤した。
撮影まで時間があり、事務室を訪れる。正月明けの挨拶をしていると、一人のスタッフに捕まった。
「あけましておめでとう。瓜生さん、よければ荷物を運ぶのを手伝ってくれないか」
「おめでと。龍屋の頼みなら喜んで」
「助かる。が……、何だその返事は」
承諾して段ボールのうちの一個を抱えると、先導している龍屋は撮影室へと入っていった。隅の空きスペースに段ボールを積み、撮影している動物へついでに視線をやる。
ウサ耳カチューシャを着けたポメラニアンが、クッションの上に寝そべっている所だった。
「くっ……」
思わず噴き出してしまい、口元を押さえる。スタッフには届かないくらいの小さな音だが、敏感な耳には届いてしまったらしい。
ポメラニアンの目が僅かに眇められ、こちらを睨み付けたような気がした。
「睨まれちゃったな」
「撮影してるの、戌澄か。可愛いことで」
龍屋の言葉も聞こえたらしく、更に眦が吊り上がった。
撮影スタッフの指示が入り、可愛らしさを取り戻したが、俺達の感想は届いてしまったに違いない。
俺は逃げるように自分の撮影へと入り、順調に撮影を終えた。人の姿に戻り、服を着て休憩スペースの近くを通りかかる。
「瓜生サーン、あけましておめでとうゴザイマスー!」
側方からバネのきいた身体に飛びかかられる。傾いだ身体を立て直すと、眉を上げた戌澄がいた。
彼は魂が犬だ。そして、白ポメラニアンという可愛らしい姿をしている。先程は、白いウサ耳を着けて撮影をしていた。
「……ンだよ!」
「なんだよ、はこっちの台詞だ。ウサ耳をこっそり笑いやがって!」
目の前の青年にウサ耳を着けている姿を幻視してしまって、俺はまた口元を押さえた。
「そりゃ……可愛かったから、戌澄がウサ耳で。なぁ?」
龍屋に助けを求めるが、視線を逸らされた。
「龍屋にはもう文句言った。ジュースも奢らせた」
「じゃあ、俺はお菓子にするか」
鞄から、元々あげる予定だった菓子を取り出す。
はい、と手渡した。戌澄がパッケージを見下ろす。
「骨ガム……? なんで?」
「晴雨と調子に乗ってペットショップで福袋買ったら出てきた。三つあったから戌澄にもお裾分け」
「へえ、いいな。これ美味いんだよ」
俺は続いて花苗の元に近づくと、猫用のおやつが入った袋を渡した。猫向けのおやつはあまり口に合わないというか、好みの匂いの類いではないのだ。
「花苗の方が量多くないか?」
追ってきた戌澄が隣で文句を言う。
「これ間違って猫用の袋も買っちゃってさ。食べられるもんは食べたけど、あんま……好みじゃなかったな」
「へえ、僕は好きな味ばっかり。ありがとう」
花苗はお礼にジュースを奢ってくれるという。
この時期しか飲みたくならないであろう、甘酒のボタンを押した。プルタブを引いて、休憩スペースのソファに腰を下ろす。
戌澄に花苗、そして龍屋もそれぞれ缶を握っていた。
「なんでウサ耳だったんだ?」
「兎の人が急病で、スケジュールギリの案件があったんだと。なんとか白ポメにウサ耳で妥協してもらった感じ」
戌澄の手元はコーンポタージュ缶だった。撮影後で腹が減っていることを察し、ポケットに入れていたチョコバーを渡す。
「そりゃ戌澄も災難だな」
「そうだよ。いちおう犬なのに兎を求められてさぁ」
べりべり、とチョコバーの包装が剥かれた。この勢いでは、すぐに無くなってしまいそうだ。
「でも干支だもん。仕方ないよ。僕は猫だし、干支のお仕事ぜったい無いから羨ましいな」
「俺も狐だし、無いな。龍屋はあるけど」
「俺は化けられないから」
そりゃそうだ、と皆でくすくすと笑う。含んだ甘酒は、温かくて口当たりが良かった。
こんなにのんびりとした正月も、年明けも初めてだ。眩しすぎて目を細める。
「いい年になるといいね。うさぎ年」
唯一、干支に含まれている戌は、棒に齧り付いていた。