龍一家捕る猫は爪仕舞う

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※「龍捕る猫は爪隠す」の番外編です。
本編のネタバレを含みます。

 


 春休みが始まってすぐ、成海の家に行く予定が決まった。

 実家は新幹線の距離で、僕たちは旅行がてら彼の実家に滞在する。当初は成海はまだしも僕はホテルを借りようとしていたのだが、僕さえ良ければ、と実家に泊まることになった。

 蛇神の加護が厚い、と猫の小豆ちゃんに言われただけあって、成海のご家族は昔から不思議体験には慣れっこだそうだ。僕をすんなり受け入れすぎた成海に違和感はあったが、彼自身も説明の付かない現象に遭遇することがあったようだった。

「まあ、最たるものが玲音なんだけどな」

 しかし、これまでの有象無象の不思議体験よりも、僕の方が未知数らしい。

 そんなご家族相手だから、猫神の一族についても説明されれば受け入れるだろうと成海は言う。

 僕は秘密を明かすにしても今回にするか悩んだし、今回は伏せておいて猫と人の姿それぞれで彼の家族に会えないかと思ったのだが、上手い案は出なかった。

 そして、悩みすぎて悩むのに猫特有の飽きがきてしまい、秘密を明かすことに決めたのだった。

 僕の家族にも了承を取りに連絡をしたのだが、始祖様も含めて、まあいいんじゃない、との一族特有のぶん投げ気味な返事が届いた。

 始祖様は話してもいないことを知っていることがあるが、今回も事情を知った上での返答に違いない。

 

 

 僕と成海は春休みが始まるなり新幹線に揺られ、電車に乗り換えて彼の地元に降り立った。

 地方都市にしては栄えた街並みで、大学の周辺よりも暮らしやすそうだ。建て替えられてすぐの駅から成海の家までは徒歩で近いらしく、見慣れない街を二人で歩く。

 旅行鞄片手にあちこちに視線を向けると、この土地をよく見知った成海が説明を加えてくれる。完全に旅行気分で、色んなものに視線を巡らせた。

 成海の実家は住宅街の一角にあり、周囲の家よりも敷地が広い。建物も彼の子どもの頃に建てたにしては、年月は感じつつも綺麗に保たれていた。花壇もきちんと手入れがされており、彼の几帳面さは両親からの遺伝であることが窺える。

 門を開けて二人して敷地に入り、玄関のチャイムを成海が押す。

「ただいま、俺」

『名前くらい名乗りなさいよ』

 チャイム越しに会話をしたのは女性のはずだったが、玄関を開けたのは成海が数年歳を取ったような姿をした青年だった。

「いらっしゃい」

「玲音。これが兄貴」

 成海に掌を向けられた青年は、僕に手を差し伸べる。

「ちゃんと紹介してよ。……成海の兄です」

「初めまして。花苗です」

 差し出された手を取ると、何度も上下に振られる。長くなってきて僕が狼狽え始めると、成海がお兄さんの手を引き剥がした。

 そのまま兄の身体を反転させ、家の中へと押し戻している。

「てか、なんで兄貴がいるんだ」

「猫連れてくるって言ってたから来た」

 どうやら成海の長兄は近場に就職しており、少し離れた場所で一人暮らしをしているようだ。いつもは実家にいるはずがないのだが、今日は猫目当てで来たようだ。

 あれ、とお兄さんは声を上げる。

「猫いなくない?」

「あとで説明するからまず家入れてくれ……」

 げんなりとしたような成海の声と対照的に、彼の兄は軽い言葉で家へ上がるように促す。僕が成海の後にちょこちょこ付いていくと、居間では彼の両親が待っていた。

 成海の父らしき壮年の男性は、息子二人と変わらないほどの長身で、僕は怯んでその人を見上げる。

「……あれ、父さんもいんの? 俺、母さんだけかと思ってたんだけど」

「猫を連れてくるって言ってたから、仕事切り上げてきた」

 むすりと怒っていたように見えていた表情が、その一瞬和らぐ。

 横から成海のお母さんが口を挟んだ。体格のいい家族達の中ではただ一人小柄で、かつ表情も声色も豊かだ。

「猫ちゃんに怖がられる男が三人雁首揃えてたんじゃ、猫ちゃんだって心が安まらないんじゃない。って言ったんだけど……隠れて見るから、って聞かなくって。隠れてたって逃げられるでしょうに」

 猫にとって蛇神の加護が怖い、という感覚は、隠れたくらいではどうにもならないはずだ。

 話を聞くと成海のお母さんは嫁入りした人で、猫に嫌われる性質は男性陣よりも薄いらしい。とはいえ、あまり猫を見かけることがない、という習慣は共通しているようだ。

 期待の眼差しが揃っていることに、僕は予定を繰り上げるべきだと察した。

「こんにちは、花苗玲音です。え……っと、急で申し訳ないんですが、脱衣所とか、借りてもいいですか?」

「ああ……。こっち」

 成海は僕の意図を察したのか、風呂の脱衣所まで案内する。僕は扉を閉めると手早く服を脱ぎ、猫の姿に転じた。

『あけて』 

 脱衣所の引き戸をすりすりと爪の出ていない前脚で擦ると、音を聞いた成海が戸を開け、僕を抱き上げる。

 猫を抱いたまま廊下を抜け、彼は居間へと戻った。

「ほら、猫ちゃん連れてきたぞ」

 成海が一言発した途端、部屋中の眼差しが僕に集まった。

 僕が大人しく成海に抱かれていると、お母さんの口がぽかんと開く。

「ほんとに猫ちゃん……、久しぶりに見たわ。猫型のぬいぐるみとか、冗談だとばかり……」

 お兄さんはうわあ、と目を輝かせているが、お父さんはこぼれ落ちんばかりに目を剥いていた。口元も戦慄いており、信じられない、という感情が表情にありありと出ている。

 成海もそんな父の様子を疑問に思ったのか、声を掛けるべく口を開く。

「父さん?」

「……お前にもかなり前に話したが、うちの家系は先祖が助けた蛇に守られている」

 ああ、と成海は納得したように頷く。

「だから、猫に嫌われるんだろ。猫たちは、蛇が怖いから」

「ああ、察していたか。今の時代では眉唾な話で誤魔化してはいたが、代々うちではそう言い伝えられている。だから、猫に嫌われるのは、個体差の例外はなく……と思っていたんだが。その子は……」

 お父さんの視線が、また僕に向けられる。

 僕はにゃあ、とひと鳴きして、くいくいと手招きした。

『この姿では初めまして。あの、僕……。花苗です』

 みゃ、みゃ、と説明をする声と、人としての声の波が彼らの頭には流れ込んでいるはずだった。

 三人ともきょろきょろと周囲を見回し、人としての僕の姿を探している。

「父さんって先祖のこととか詳しいんだっけ。だったら知らないか? 猫と人との両方の姿を持つ一族の話」

「……話そのものではないが、そういった存在がいることは、幼い頃やんわりと聞かされている。じゃあ、今の声は?」

「この猫が玲音で、今のも玲音の声だ。人と猫の姿になれる。もちろん俺たちを怖がることもない」

 ほら、と成海が僕を床に下ろすと、僕はとと、と歩いて行って、成海のお父さんに近付いた。

 しゃがみ込んで手を伸ばしてくる掌に、ぽんと前脚を乗せ、にゃあ、と鳴いて小首を傾げる。

『変な一族ですけど、僕、引っ掻いたりしません。貴方たちが、怖くもないです』

 指先にすり、と頭を擦り付け、柔らかい毛並みを押し付ける。成海ならめろめろになるであろう仕草の三点セットだ。

 しかし、反応が返ってこない。不安になって見上げると、そっと身体が抱き上げられた。

「…………」

 僕を太腿に乗せて優しく背を撫でる指先は、まだぎこちない。僕はごろりと身体を回転させ、ふかふかの腹を見せた。攻撃するつもりもなく、急所を晒して警戒を解くように努める。

 お父さんの声で、部屋中の空気が止まる。

「………………ぐす」

 突然泣き出したお父さんと、想定外の出来事が起きすぎて固まったお兄さんと、自分も触れないかと近付いてくるお母さんと。

 それら全てを眺めつつどうしようか悩んでいる成海に挟まれて、僕は困ってか細い鳴き声を上げた。

 

 

 

 事情の説明が一段落すると、その場は即席の猫カフェに変わった。

 お父さんが物置から昔に買った猫じゃらしを引っ張り出してくると、僕の本能はそのふさふさの物体を全力で追いかけ回した。

 運動に疲れて寝転がろうとすると、どの膝に乗るのか興味津々に見守られる。交代で膝に乗っていくと、ぎこちない手つきで撫でられた。

 お母さんはひたすら優しかったし、お父さんはあまりにも泣くのでもう怖くなくなったし、お兄さんはひたすらテンションが高かった。あと、成海はお兄さんが撫ですぎると僕をその度に奪い返す。

 人としての夕食はお寿司で、猫の僕に対してもペット用おやつが与えられた。食後に丹念に顔を洗っていると、その仕草さえもじいっと見守られる。

 僕はたぷたぷになったお腹を揺らし、成海の膝の上に伸びた。

「美味かった?」

『美味しかったー』

 ごろごろとやっていると、羨ましそうな視線が成海の膝の上に向けられる。

 おもむろにお父さんが猫じゃらしを振ると、僕の身体は起き上がり、ひょいひょいと家具を飛び越えて猫じゃらしに前脚を伸ばす。

 お父さんの膝の上に転がって、ぱしぱしぱしと猫じゃらしを叩いた。叩くのに飽きると、そのまま膝の上で丸まる。

「猫が……膝の上で…………」

 うっと目元を押さえるお父さんの姿に、家族は眉を下げている。

「お父さん、あんまり湿っぽいと玲音くんが困っちゃうわよ」

「そうだよ。数十年来の想いをぶつけられても困るだろ」

 数十年、と聞かされれば同情心も湧く。

 くるりと身体を反転させ、Uの字を描きながらこしこしと顔を洗ってみせる。上目遣いのおまけ付きだ。

 成海が素直に反応を返してくるので、ファンサには慣れつつある。

 そして、対成海に効果抜群な仕草は、その父にも刺さったようだ。

「玲音くん、うちの子になるかい……?」

「ダメ。ぜったい連れ帰るからな」

 父の言葉を成海はばっさりと切り捨て、はあ、と息を吐いた。

 もう連れて来ない、という言葉は滞在中の成海の口癖になり、僕は運動不足の解消と過剰なほどのブラッシングによって、つやつやぴかぴかの毛皮と共に帰省を終えるのだった。

 

 

 

 後日、龍屋家のメッセージグループには猫の僕の写真を共有するアルバムができたらしい。

 猫の僕を撮るという新しい趣味を見つけた恋人は、その写真の画角から故意に外れる、という趣味を見つけた僕によってしばらくの間、弄ばれることになる。

動物の魂を持つ一族の話
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坂みち // さか【傘路さか】
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